「技術の宝庫」パナソニックが挑む新規事業開発。カギは「意味のイノベーション」

ドイツ・ベルリン発テック・カンファレンスTOA(Tech Open Air)の日本版が2021年2月15〜16日にオンラインで開催された。世界中で新たな生活様式への転換が課題となるなか、日本の大手企業はそれをどのように捉えているのか。

パナソニックで新規事業を手掛けるゲームチェンジャー・カタパルト(以下、カタパルト)代表の深田昌則氏らが登壇したTOAのセッションから、カタパルトのチャレンジについて紹介する。

パナソニックが新規事業に注力する理由

パナソニックで新規事業を生み出すべく深田氏らがカタパルトを立ち上げたのは5年前。深田氏はカタパルトのミッションをこう説明する。

「カタパルトの意義は、日常生活における課題を、家電的な発想で展開していくことにあります」(深田氏)

深田氏のポートレイト

パナソニックで新規事業を手掛ける「ゲームチェンジャー・カタパルト」の取り組みについて語る深田昌則氏

「主婦を家事労働から解放する」 —— パナソニック創業者である松下幸之助は、主婦の家事労働の負担を課題と捉えて製品を開発し続けた。いま、カタパルトが目指すのは、メンバーそれぞれが身近に感じる社会課題を汲みとり、その解決策をサービスとして実現すること。そのためには社内に確立された既存の定義やシステムにとらわれないことが必要になる。

深田氏によると、カタパルトには大きく2つのアプローチがある。1つ目は、トップダウン型で戦略的なイノベーションの実現を目的に事業提案するアプローチ。2つ目は社内からオーディション形式でプロジェクトを募って事業化していく方法である。

その過程で重要なのは、社内と他者を巻き込んでいく点にあると深田氏は語る。

「社内のメンバーが一歩外に出ることで、企業や国をまたいだ偶発的な出会いが生まれます。そこには思わぬ刺激や好循環が起きるきっかけ、何が起こるか分からない可能性があるのです」(深田氏)

「家事代行のハードルを下げるには?」

カタパルトが手掛ける新規事業の一つが「minacena(ミナセナ)」。開発を担当する豊岡英里子氏は、自身の身近な問題意識からアイディアを生み出した。minacenaは「家族みんなで楽しめる夕食」という理想と、多忙な現実とのギャップに悩んだ豊岡氏自身の思いから生まれた、つくりおき料理代行プラットフォームだ。

「ワーキングマザーである私自身の経験から、家事のアウトソースにはまだまだ壁があり、自由に甘えられない文化があると感じています」(豊岡氏)

家事のアウトソースのハードルを高くしているのが、家事代行が持つ「なんとなく富裕層向け」というイメージだ。これを払拭し「DEWKs(デュークス)」と呼ばれる子持ちの共働き家庭が、抵抗なく活用できるサービスを目指している。

ワーキングマザーのイメージ写真

「家事負担を軽減して、家族と過ごす時間を充実させたい」。minacenaは、開発者である豊岡氏自身の悩みを反映したサービスだ。

GettyImages

minacenaが提供するサービスは、ユーザーがスマートフォンからメニューを選択して作り置きを依頼すると、提携するネットスーパーから食材が届く。家事代行スタッフは家庭に訪問して3時間で10品目の仕込み調理をするが、その際はminacenaのデータベースから調理の手順だけでなく効率的な段取りまで提供される。ユーザーはアプリに届いた簡単な仕上げ調理をするだけで豊富なメニューを食べることが可能。気に入ったメニューはレシピを確認して自分で作ることもできる。

minacenaが従来の家事代行と大きく異なるのは、独自に開発した「作り置き献立提供エンジン」を導入した点だ。これにより、調理を提供するスタッフへの属人化を防ぐことができるし、ある程度均一化されたサービスを提供できるようになる。顧客満足度を落とさずに、定期的に利用してもらうための仕組みだ。

「パナソニック創業当時から受け継がれてきた『家事労働から解放する』という考え方から、生み出された時間でよりクリエイティブになってもらえたらと思います」(豊岡氏)

よりカジュアルな家事代行の普及によって家族団欒の時間を作りたい —— 豊岡氏は、多忙な日常生活のなかで諦めがちだった理想の暮らしの実現を目指している。

「リアルの代替で終わらせない」オンライン活用でアートは時空を超える

セッションの視聴者から注目を集めたのが、パナソニックのデザイナーであり、作家としても活動する田上雅彦氏らが開発したオンラインギャラリーアプリ「Uttzs(うつす)」。田上氏も自身の原体験からサービスを開発した。

コロナ禍で展示会の開催中止に直面するなかで、リアルな展示を代替するオンライン・ギャラリーに何か欠けているものを感じていたという。

「ただでさえ少なかった展示会がさらに減り、Web展示では臨場感がなく味気ないと感じていました」(田上氏)

そこで田上氏が考案したのが360度観覧できるギャラリーアプリ「Uttzs」だ。作品を含む会場全体を高解像度で取り込むことで、ズームアップしても絵画の細かい筆致まではっきりと目視することが可能。クオリティの高いバーチャルギャラリーを実現した。

「ギャラリーを作るために必要なのは、一般に普及している3つの機材。PC、メーカー不問の360度カメラ、そして高解像度の一眼カメラかスマートフォンです」(田上氏)

Uttzsは、ギャラリーや作品を高解像度で取り込むことだけが目的ではない。ベルリンでは、人が立ち入れない廃工場で、Uttzsを使ったアートプロジェクトが進行している。

「多種多様なものづくりが広がることで、表現やカルチャーが進展していく未来に貢献していきたい」(田上氏)

場所や時間の限界を越え、現実では実現し得ない表現の可能性も広がっていく。

本セッションではこの他にも、糖質制限を無理なく継続するためのサービス「よりそいごはん」や、子どもたちのスポーツシーンを撮影し、家族に配信する「Spodit」といったカタパルトが開発した新規事業が紹介された。

「生活者は何に悩んでいるのか」

パナソニック創業以来の家電づくりのDNAは、カタパルトにも脈々と受け継がれている。社内には、世界に誇る技術がある。これからのパナソニックに必要なのは「利用者にとって意味のある体験を創出する」こと。そのためには日常生活のなかで抱える身近な課題と、それらを解決するためのリアルな声を反映させたアイディアが求められている。

「重要なのは『意味のイノベーション』です。新規事業にチャレンジする人が、社内だけでなく、個人SNS、取材などで語り、さまざまな角度からフィードバックを受ける場が必要となってきます。会社として1つの型にはまらず、スクラップアンドビルドで更新し続けていくことが大切なのです」(深田氏)

「5年目を迎えたカタパルトに、完成はない」と話す深田氏は、変化し続ける社会に対応しながらアップデートし続けていく考えだ。

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