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全ての弱さは社会の伸びしろ、子どもの障害から世界の見え方変わった僕の8年

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大手広告代理店のコピーライターとしてヒットを連発してきた澤田さん。人生に大きな転機が訪れたのは子どもの誕生だ。

稲垣純也

「終わった、と思ってしまった」

大手広告代理店のクリエイターとしてヒットを連発、20代を駆け抜けたコピーライターの澤田智洋さん。「生後3カ月の子どもの目が見えていない」と知らされた瞬間の気持ちを、こう語る。

澤田さん32歳のときの出来事だった。

それから8年。澤田さんはコピーライターの活動を続けつつも福祉の世界へと軸足を移し、新たなライフワークに没頭していた。その名は『マイノリティデザイン』。マイノリティの悩みや課題を起点に、世界をより良い場所にする試みだ。

この3月に発売される同名の著書には、澤田さんが経験したパラダイム・シフト、そして、もがき続けた日々の中でつかんだ、これからの時代に価値を生み出すヒントが詰め込まれている。

「すべての弱さは、社会の伸びしろ」

それはマイノリティだけではなく、全ての人を明るく照らす発見だった。

目が見えないのなら、広告の仕事は“無”でしかない

出生前診断でも、1カ月検診でも、何の問題もなかった。それなのに──。

全く伏線のなかった「子どもが視覚障害者」という現実は、澤田さんにとって到底受け入れられるものではなかった。目が見えないって、どういうことなのか。どうやって育てたらいいのか。子どもは、幸せになれるのか。

とりわけ澤田さんに衝撃を与えたのは、「自分の仕事を子どもに見てもらえない」という事実だった。

「映像やグラフィックを駆使して美しい広告を作っても、目が見えないのなら、『これがお父さんの仕事だよ』と言っても“無”でしかない。子どもと接点の持てない仕事を続けていてもしょうがない、と思いました」

全ての仕事が手につかなくなった。

自分はこれから、一体何をすればいいのか。

「8年前はGoogleで『視覚障害者』『ロールモデル』と入れても、スティービー・ワンダーぐらいしか出てこなかった」という。

視覚障害者に関する情報があまりにも足りない。極端すぎる。

わらにもすがる思いで200人の障害者のもとに足を運び「情報」を求めて、ただ話を聞いた。そこで得られた障害者との出会いは「発見」に満ちていたと、澤田さんは朗らかに語る。

「マイノリティの人たちって、世界を見る『視力』が高いんです。例えば、腕が片方しかない方は、ペットボトルを開けられないし、消しゴムも使いづらい。障害者の方には生きる上でのもどかしさや憤りがあるから、そういう『世界の欠陥』がはっきりと見えるんです。でも、クリティカルな苦労のないマジョリティにはそれが見えません。

僕も今までぼんやりとしか世界を見ていなかったんだと気づかされました」

人類は「人」ではなく「社会」を変えて進化してきた

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本当に弱さは「克服されるべきもの」なのだろうか。澤田さんは問いかける。

「最初の頃は、子どもをいかに今の社会に適応できる人に育てるかと考えてしまっていたんです」

澤田さんは障害を知った当時の想いを吐露する。

「弱さは克服されるべきもの」という、誰もが小学生の頃から言われ続けてきた“常識”が、澤田さんの中にも根強くあったのだ。

しかし、「無理に子どもを社会に合わせようとする必要はない」という、ある障害者の言葉をきっかけに、澤田さんは「医学モデル」と「社会モデル」という、福祉業界の考え方を知ることになる。

「例えば、車椅子ユーザーが段差を乗り越えられない原因はその人にあるから、リハビリして歩けるようになってください、というのが『医学モデル』の考え方です。でも、これには限界がありますよね。一方、悪いのは段差なんだから、当人が変わる必要はない。社会を改善すればいいんだというのが『社会モデル』の考え方です」

この概念に感銘を受けた澤田さんは、どうにかして社会モデルの考え方を広めていけないかと考える中で、ある発見をした。

「人間の発明って、全部『社会モデル』を起点としているんです。進化の過程で毛を失った人間は、もう一度毛を生やすのではなく、服を作ることで生き延びてきた。人間はそのままでいいから、社会の方を変えてきたわけです。人類がそういう歴史を歩んできたのなら、『弱さを克服しろ』という発想は常識でもなんでもない。その考え自体が矛盾だったんです」

人間の魅力は「速さ、高さ、強さ」だけではない

子どもは現在、8歳になった。この間、澤田さんは、マイノリティの悩みや課題を起点とした数多くのプロジェクトを手掛けてきた。

義足をファッションアイテムに再解釈する「切断ヴィーナスショー」、ひとりの身体障害者の悩みから新しい服を作るレーベル「041(ALL FOR ONE)」など、マスをターゲットとする発想からは、生まれ得ない試みは大きく注目された。

社会に揺さぶりをかける一方で、澤田さん自身のマイノリティに対する考えも大きく変化していた。

「僕はいくつものプロジェクトを進めながら、マイノリティとは『今はまだ社会のメインストリームには乗っていない、次なる未来の主役』だと気づかされました。つまりマイノリティとは、『社会的弱者』という狭義の解釈ではなく『社会の伸びしろ』。人はみな、なにかの弱者・マイノリティである。僕も、もちろんあなたも」(著書『マイノリティデザイン』より)

健常者である自分自身の中にも、もし、マイノリティ性があるとしたら──。

そう思いを巡らせる中で行き着いたのは、スポーツだった。子どもの頃、この世からスポーツの消滅さえも願うほど、体育に苦手意識を抱いていたことを思い出した。

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あの頃の自分は「運動音痴」だった。でも、マイノリティデザインの考え方に当てはめれば、自分は「スポーツ弱者」と言えるのではないか?

ということは、社会を変えることで、自分と同じようにスポーツで苦しんでいた人を救えるはずだ。

そんな考えから澤田さんが立ち上げたのが「世界ゆるスポーツ協会」。スポーツ弱者を世界からなくすという目的のもと、年齢・性別・運動神経・障害の有無に関わらず、だれもが楽しめる新スポーツを提供しており、すでに20万人以上がゆるスポーツを体験している。

歩けない人が強くなる「イモムシラグビー」、やさしくボールを運べる人が有利な「ベビーバスケット」など。コロナ禍ではZoomを使って表情筋を鍛えられる「ARゆるスポーツ」の開発にも取り組んだ。

ゆるスポーツの意義は「強さの基準そのもの」を創造している点にあると、澤田さんは語る。

「オリンピック憲章には『より速く、より高く、より強く』という言葉が記されていますが、人間の魅力って、速さとか高さとか強さだけじゃないですよね。手で這って移動するのが得意な人もいれば、やさしく物を運ぶのが得意な人もいる。そうした人の多様な魅力が、そのまま強さになるスポーツを作っているんです。『苦手なことがあるのは、自分ではなく社会に問題があるからかもしれません』というメッセージを、楽しみながら受け取ってもらえればと思います」

たった一人を深掘りすると、多くの人に届く

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この3月に発売される、澤田智洋さんの著書『マイノリティデザイン』。そこには子どもの誕生をきっかけに大きく動き出した人生とキャリアが詰まっている。

澤田さんはマイノリティデザインの活動方針として、次の3つを掲げている。

「広告(本業)で得た力を、広告(本業)以外に生かす」

「マス(だれか)ではなく、ひとり(あなた)のために」

「使い捨てのファストアイデアではなく、持続可能なアイデアへ」

これらは、広告業界に限らず幅広い人に当てはまる「自分を大切にするための方針」だと、澤田さんは言う。

「本業で得た力を本業で生かそうとすると、競合が多いので、どうしても自分が“パーツ”になってしまいがちです。でも、他の領域にその力を持っていくと、すごく感謝されるし、大きな効果が出ます」

マスを対象とする従来のマーケティング手法に対しても、澤田さんは疑問を投げかけた。

「マスとは、効率的にマーケティングを考えるための、ある種思考停止するための『概念』でした。でも今は、マスを一言でくくるのが難しくなってきています。だったら、本当にいるのか分からないペルソナよりも、自分にとって大切なたった一人を深掘りして、その人が心の底から喜んでくれることを実現するのがいい。その方が、結果的により多くの人に届くんです」

本業での経験が歓迎される本業以外の領域で力を発揮する。心から助けたい人のために働く。使い捨てされない長く大切にされるアイデアを考える──。

これら3つの方針は、働く価値を見失いやすい現代において、空虚さを感じることなく、生き生きと働きたい全ての人に必要な方針と言えないだろうか。

最後に澤田さんは、これからの時代の働き方について、自身の経験を踏まえて次のように語った。

「みんなが自分自身のマイノリティ性や弱さをもっと自覚して、それを交換し合えるようになったらいいなと思います。今まで僕たちは、仕事をする上では強さのカードしか出していませんでした。でも、弱さは周りの人の本気や強さを引き出す大切なカードです。お互いの強さや弱さを掛け合わせられるようになると、仕事にやりがいを見出せるのではないかと思います」

(文・一本麻衣


一本麻衣:インタビューライター。一橋大学社会学部卒後、メガバンク、総合PR会社などを経て、2019年3月よりフリーランス。1987年生まれ。twitter:@Ichimai8

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