年金制度は、おおむね共働きか片働きかによって不公平が生じない制度となっている。
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日本では同じ世帯年収で比べると、片働き世帯よりも共働き世帯の方が税負担は軽くなっていることを解説した前回の記事(※)に対して、「税制はそうだとしても、年金制度では第3号被保険者制度があるから、片働き世帯(専業主婦世帯)が優遇されている」との声を多数いただいた。
確かに、本人の収入がゼロか一定以下であり、配偶者が厚生年金に加入している場合、自らの分の年金保険料を支払わなくてよい「第3号被保険者制度」により、片働き世帯(専業主婦世帯)は優遇されているようにも見える。
だが、実は年金制度は、原則として世帯収入が同じなら、支払う保険料も受け取る年金額も同じ、 共働きか片働きかにより不公平がおおむね生じない制度となっていることをご存じだろうか。
世帯収入が同じなら保険料は全く同じ
次の表は、前回の記事でも紹介した、同じ世帯年収1000万円の3人世帯(夫婦と4歳の子ども1人)同士の手取り収入を比較した表である。
出典:法令などをもとに大和総研が試算
前回の記事では、所得税や住民税の違いについて着目したが、社会保険料に着目すると、片働きの世帯A(夫が年収1000万円、妻が専業主婦)と共働きの世帯B(夫婦とも年収500万円)のいずれも、世帯で145万円と全く同じになっている。
これは、社会保険料は給与や賞与に対して同じ割合で徴収されているためである(※)。
(※)厳密には、健康保険料は勤務先の都道府県や加入する健康保険組合などにより若干保険料率が異なる。試算では協会けんぽにおける全国平均値を用いている。また、社会保険料(と年金の給付額)には上限があるが、個人単位の年収が1,000万円程度までであれば、保険料が年収に対しほぼ同率で課されるものといえる。
社会保険料のうち、厚生年金保険料は、2017年9月以後、18.3%で固定され、これを労使折半で負担するので従業員の負担分は9.15%である。
このため、片働きの世帯Aでは夫の年収1000万円に9.15%をかけた91.5万円を支払う。
共働きの世帯Bでは夫婦それぞれ年収500万円に9.15%をかけた45.75万円ずつ、合計91.5万円を支払う。
世帯Aでは妻の分の保険料が0円であるため、一見優遇されているように思えるが、世帯収入が同じ2つの世帯で負担する保険料は91.5万円で全く変わらない。
世帯年収が同じなら、受け取る年金も全く同じ
それでは、年金を受け取る時はどうかというと、これも全く変わらない。
年金の受給額は、(年金制度にきちんと加入している限り)原則として全員が定額で受け取る「老齢基礎年金」と、厚生年金に加入している期間の生涯賃金(≒支払った保険料総額)に比例して受け取れる「老齢厚生年金」の2つからなる。
2020年度現在、老齢基礎年金は満額で年間78万円、老齢厚生年金は生涯賃金の0.53%である。
「老齢基礎年金」は世帯A・世帯Bともに一人約78万円ずつ、計156万円で変わらない。
「老齢厚生年金」については、世帯A・世帯Bともに同じ年収で40年働いたものと仮定すると、世帯Aは夫の生涯賃金4億円に0.53%をかけて年間212万円。世帯Bは夫と妻それぞれの生涯賃金2億円に約0.53%をかけて約106万円の年間計212万円となる。
こちらも世帯A・世帯Bで受け取る年金額は全く変わらない。
出典:法令などをもとに大和総研が試算
年金額は毎年経済状況に応じて改定が行われているが、その際も、老齢基礎年金の金額や生涯賃金に対する掛け目(0.53%)を変更する仕組みであるため、世帯年収が同じである世帯同士の1年あたりの年金額が同じであることは変わらないのである。
崩れゆく「130万円の壁」問題
もっとも、妻の収入がゼロの「専業主婦」世帯と共働き世帯を比べれば世帯年収が同じならば、保険料が同じだとしても、妻がパート等で働いている世帯と比べれば違うという指摘があるかもしれない。
年収がゼロではなく、パート等で100万円程度の年収があっても、配偶者の扶養の範囲として「第3号被保険者」に留まることができる。
この場合、100万円程度の年収にはなんら保険料負担が求められない(税負担も求められない)こととなり、給与の全額を手取り収入とすることができる。
この点が魅力的である一方、年収が基準を超えた途端に社会保険料の負担が急激に増え、かえって手取り収入が減少する場合もあることから、その基準が「130万円の壁(あるいは、税制の基準をもって103万円の壁)」などと呼ばれ、女性を低収入に留めることが問題とされてきた。
しかし「扶養の範囲内」という働き方を選ぶ人は減少傾向にあり 「130万円の壁」の問題は解消に向かっている。
1つは国が、パート労働者への厚生年金の適用拡大を進めていることだ。
「第3号被保険者」に留まる限り、社会保険料負担は求められないが、その分、パート等の収入があってもそれは将来の厚生年金には反映されない。
このため、パートで働く人(のいる世帯)は将来、現役時代の世帯収入に比して年金額が少なくなることとなる。
崩れゆく「130万円の壁」。パートで家計を支える女性も多いはずだ。
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国は、原則として年収106万円(正確には月収8.8万円)以上で週20時間以上働くパート労働者につき、企業規模の大きい企業から厚生年金に加入するよう制度改正を進めている。
まず2016年10月から従業員501人以上の企業において(前述の条件を満たす)パート労働者が厚生年金に加入することとなり、今後は、2022年10月からは101人以上、2024年10月からは51人以上の企業へと対象が拡大されていく。
2016年10月の制度改正当時、対象となった企業の多くはパート労働者に対して、勤務時間を延長して厚生年金に加入するか、勤務時間を短縮して扶養の範囲に留まるのか2つの選択肢を提示した。
パート労働者たちは、目先の保険料の負担を減らすことよりも、厚生年金に加入して年金額を増やすことを選んだ人が多く、結果として、厚生労働省の当時の見積もり(25万人)を大きく上回る50万人以上が厚生年金に新たに加入することとなった。
一度、厚生年金に加入すれば、その後は勤務時間を延ばしたり時給が上がったりして給与が増えれば、それに連れて手取り収入も着実に伸ばしていくことができる。
今後も厚生年金の適用拡大が進むにつれ、少しずつパート労働者が「壁」を越えて収入を伸ばしていくことが予想される。
結婚や出産を経ても仕事を続ける人増加
出典:厚生労働省「人口動体統計」、社会保障審議会安定文化会雇用保険部会資料をもとに大和総研作成。
もう1つの面は、若い世代は結婚や出産を経ても仕事を続け、そもそも「壁」に直面することがなくなってきていることが挙げられる。
「出生数に対する女性の育児休業取得者の割合」は、2003年度時点では9.2%に留まっており、子どもを産んだ女性のうち、育児休業を経て職場復帰する人は少数派であった。しかし、この割合は年々高まり、2019年度時点では41.0%に達している。
新卒で年収200〜300万円、あるいはそれ以上の収入を得て、結婚・出産を経ても働き続けている女性にとってみれば、いくら保険料がゼロになるといっても、あえて「130万円の壁」の手前まで大きく収入を減らし「扶養に入る」ことに魅力を感じないだろう。
「扶養の範囲内」という働き方を選ぶ人が減少していき(雇われて)働くならば厚生年金に加入することが前提となってくると、やはり年金制度は、世帯年収が同じなら保険料も年金額も同じ、おおむね「働き方の選択に中立」といえる。
「第3号被保険者制度」は不公平か?
意外にも、日本の税制や社会保障制度は「共働き世帯」に手厚く設計されている。
撮影:今村拓馬
「第3号被保険者制度」が不公平だという主張は、パートで年収が少なくともその金額に応じた保険料を負担し、年金も受け取れるようにするべきだという意味ならば、確かにその通りだろう。
しかし、専業主婦(夫)で収入がゼロでもいくらか保険料を負担すべきという主張は、同じ世帯年収の世帯であれば、専業主婦(夫)世帯の方が保険料を多く支払うべきという意味になる。
現状でも、同じ世帯年収1000万円でも税制や児童手当の違いにより、専業主婦(夫)世帯は共働き世帯よりも57万円「手取り」が少なくなっているが(図表1)、この差をさらに広げるべきだろうか。
これまで、日本の税制や社会保障制度は「専業主婦世帯」を優遇しているといわれてきた。「配偶者控除」や「第3号被保険者制度」はその象徴としてみられがちで、これらの制度があるがゆえに、共働き世帯は、専業主婦世帯(片働き世帯)と比べて多くの負担をしていると思ってきた人も少なくないだろう。
しかし、同じ世帯年収の世帯同士で比較してみると、税制面では専業主婦世帯(片働き世帯)は「配偶者控除」を受けていてもなお共働き世帯よりも税負担が重くなっているし、「第3号被保険者制度」は専業主婦世帯(片働き世帯)と共働き世帯の保険料負担をイコールにしているだけにすぎない。
現在の状況を踏まえて検証してみると、意外に日本の税制や社会保障制度は共働き世帯に手厚く設計されている実態が浮かび上がってくる。税や社会保障の負担と給付のあるべき姿を探るため、まずは現状の制度の正確な理解が必要ではないだろうか。
(文・是枝俊悟)
是枝俊悟:大和総研研究員。1985年生まれ、2008年に早稲田大学政治経済学部卒、大和総研入社。証券税制を中心とした金融制度や税財政の調査・分析を担当。Business Insider Japanでは、ミレニアル世代を中心とした男女の働き方や子育てへの関わり方についてレポートする。主な著書に『NISA、DCから一括贈与まで 税制優遇商品の選び方・すすめ方』『「逃げ恥」にみる結婚の経済学』(共著)など。