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中国のIT界隈で「株価を上げる2つの方法」が共有されている。一つ目は自動車業界への参入を発表すること。もう一つは米テスラのイーロン・マスクCEOにTwitterで取り上げられることだという。
その法則は、大手スマホメーカーシャオミ(Xiaomi、小米科技)にも当てはまった。EV参入が報道された2月19日、報道に対して同社が「研究はしている」と含みを込めたコメントを出した22日のいずれも、株価が上昇した。成長市場にIT企業が次々と名乗りを上げる中で、シャオミの勝算はどう見られているのだろうか。
シャオミCEOは中国EV業界の「応援団」
シャオミの雷軍CEOは創業した翌年の2011年に第1号の格安スマホを発表、「中国のスティーブ・ジョブズ」として若者から熱狂的な支持を集めた。
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シャオミが22日に公表したリリースは、「(自動車参入について)研究はしているが、具体的な計画はない」という内容だった。だが、創業者でCEOの雷軍(レイ・ジュン)氏のこれまでの動きから、進出する可能性は非常に高いと考えられている。
中国のEVブームは2期に分けられる。中国政府が環境対策の一環としてエコカー補助金を導入したことと、テスラの「モデルS」発売でEVへの関心が一気に沸騰し、数百のEVメーカーが設立された2014~2015年が第一次EVブーム。だが補助金搾取を目的とした企業も多く、2018年~2020年にかけて大半が淘汰された。
第二次ブームは、テスラが上海工場で量産車種「モデル3」の生産を始め、ブランド力や品質が伴ったEVが高級ガソリン車並みの価格で買えるようになった2020年に起きた。前後して第一次ブームに設立され、生き残った複数の中国スタートアップが上場。鴻海精密工業、バイドゥ(Baidu、百度)といったメガITが参入を表明し、さらにはアップルのEV生産計画も明らかになり、ブームは今なお拡大の途にある。
シャオミは2010年創業で新興企業に分類されるが、ソフトウエア企業の経営者を経て起業し、エンジェル投資家としても知られる雷氏は、スタートアップ界隈の「兄貴」的存在でもある。2014年以降に設立された新興EVメーカーの中で、量産及び上場にこぎつけた3社のうち2社に対しても、設立時から熱心にサポートしてきた。
蔚来汽車(NIO)が2014年に設立されると、雷氏は自身が設立したVC「順為資本」を通じて出資、初期資金を提供した。NIOが2016年11月に最初のEV「EP9」を発表したときは、1億円超という価格にもかかわらず、テンセント(騰訊)やJD.com(京東集団)のCEOとともに、すぐに購入した。NIOは既存オーナーの口コミによってブランドを高めるファンマーケティングに力を入れているが、それもシャオミの手法を参考にしていると言われる。
2020年に上場した小鵬汽車の創業者とも長い付き合いで、Xiaomiとして複数回出資し、同年8月の上場セレモニーにも駆け付けた。
シャオミはスマホ以外にIoT家電の中国最大手としても知られ、IoT家電から延伸し車載製品をつくる関連会社もある。
さらに無線通信ネットワーク、デジタルデータ送信、交通制御システム、距離測量、ナビゲーションなど、自動車関連の特許を834件保有していることも最近明らかになった。2019年には長安マツダとマーケティング分野での提携も結んでいる。
経営者としてだけでなく、投資家としても抜群の才覚を持つ雷氏が、自国のEV業界を「応援する側」から「作る側」に回るための布石はいくつも打たれているのだ。
卓越したマーケティング、EVでも再現か
シャオミのイベントに参加するユーザー。2016年撮影。
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では、シャオミが実際にEVに参入した場合、発揮できる強みは何か。最も期待されているのは、雷氏がシャオミで見せつけた「若者を熱狂させるマーケティング手法」だろう。
中国の経営者をメディアや消費者の前に積極的に出てメッセージを発する「派手」派と、露出を極力控える「地味」派に分類すると、雷氏やアリババのジャック・マー氏、バイドゥの李彦宏氏は前者で、テンセントのポニー・マー(馬化騰)氏、ファーウェイの任正非氏は後者となる。
雷氏は2011年、「中国のスティーブ・ジョブズ」という立ち位置で、iPhoneを模倣した格安スマホを発表した。「ミーファン」と呼ばれるファンを招いての派手な発表会、ECを主体とした販売チャネルなどで技術不足、販売網不足を補い、iPhoneを買えない若年層に一気に浸透した。
スマホメーカーとしてのシャオミは、市場の成熟に伴って同じ中国メーカーのファーウェイ、OPPO、vivoとの競争にさらされ、ハイエンド製品でのブランド力強化が課題になっているが、成長初期にあるEV市場では、スマホで培ったマーケティングと価格戦略によって、未開拓の若者層を獲得し、独自のポジションを築く可能性がある。
もう一つ、他の中国企業にないシャオミの強みは、10年かけてつくりあげてきた「忠誠度の高いファン基盤」だ。2020年時点で、シャオミのスマホに搭載されている独自OS「MIUI」の月間アクティブユーザー(MAU)は3億6800万人。長安マツダもファン基盤を狙って、シャオミの店舗でキャンペーンを行っている。シャオミのスマホを使い続けてきたユーザーは、シャオミのEVが出れば高い関心を向けるだろう。
自社製造かプラットフォーマーか
2020年秋に配車サービス専用のコネクテッドカーを発表したDiDiは、車両製造をBYDに委託した。
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2020年後半から2021年初めにかけて、多くのIT企業がEV参戦を表明する中で、「研究している」と述べるにとどまるシャオミのEV進出動向が大きな話題になっているのは、前述したようにファン獲得において独自のノウハウと実績があることに加え、IT企業のEV進出で複数の「座組み」パターンが現れたからだ。シャオミはどれにもはまりうることから、その選択に注目が集まっている。
座組みは主に、以下の3パターンがある。
①自社設計・製造:
第一次EVブーム~第二次EVブーム前に参入した企業の多くは、資金調達を繰り返し、自社で生産ラインを整備する手法を採った。先駆者のテスラでさえ創業から黒字化までに15年以上かかったことを考えると、壮大で無謀な計画だが、それが「無謀」との認識が共有されるようになったのは、注目スタートアップが資金難でばたばたと倒れた2019年以降だった。今も自社製造路線を堅持しているのは、数年前から開発に着手し、2021年中に量産車が発表できそうな企業が大半だ。
②生産受託、プラットフォーム構築:
2020年以降目立つのは、自動車の生産ラインではなく、EVやコネクテッドカーのプラットフォームを構築し、次世代カー市場の主導権を握ろうとする動きだ。その代表は、民営自動車メーカーの吉利控股集団と提携し、他社からEVの受託製造を引き受けようとしている鴻海だ。バイドゥや配車サービスのDiDi(滴滴出行)も、自動運転や配車サービスといった領域で、既存自動車メーカーと連携しながらプラットフォーム構築を進めている。
③設計と製造の分業:
2020年後半から2021年にかけてEV参入を表明したIT企業の多くは、この方法を採っている。既に配車サービス専用車両のコンセプトカーを披露をしているDiDiは、民営自動車メーカーBYDに車両製造を委託しており、アリババも自動車メーカーと合弁企業を設立した。アップルは韓国や日本の自動車メーカーと協議を進めているとされる。
マーケティングに強みを持つシャオミは、3番目のモデルを選ぶ可能性が高いが、早期からEV業界に投資を続けていることもあり、生産について一定のノウハウが蓄積されているとの声もある。
後発、ミドルエンドのイメージなど懸念点も
シャオミは米政権によるファーウェイ規制の間に、海外でシェアを伸ばしている。日本市場にも2019年12月に進出した。
浦上早苗撮影
当然ながらシャオミにも「弱み」「懸念点」はある。むしろその多さも、話題の一つだと言ってよい。
まず、同社はスマホについては中国の先駆者だったが、EVでは完全な後発である。今から参入してもEVの発売には2~3年はかかるため、2021年に参入した企業のほとんどは、発売までの時間を最短化するために「設計と製造の分離」を選択している。
2015年に創業し、コロナ禍の2020年に成長期をつかんで上場した理想汽車の李想CEOは、ライバルが増えることを業界の活性化につながると歓迎しつつ、「新規参入企業が0から1を生み出す間に、私たちは1から10にできる」と自信を示す。
シャオミが良くも悪くも「ミドルエンド」「ローエンド」で顧客を獲得し、「そこそこのものを、大胆な値付けで売る」イメージが定着していることが、EV市場においてどう働くかも未知数だ。
テスラが上海での生産によってどんどん価格を下げ、ボリュームゾーンの顧客をカバーしつつあるのは、テスラをベンチマークとするどの企業にとっても脅威だ。吉利のような「中国自主ブランドメーカー」は、中国で自動車が急速に普及した2000年代にシェアを広げたものの、消費力が上がるとドイツ車や日本車に顧客を奪われ、壁にぶつかったが、EVでも同じことが起きる可能性がある。
スマホメーカーとしてのシャオミの好調の背景には、ファーウェイへの規制という「敵失」がある。ファーウェイも自動車産業とは関係を深めており、政治環境が変わりファーウェイが息を吹き返せば、シャオミはEV、スマホどちらでもファーウェイとの戦いに直面する。
細かく見ていけば、シャオミの勝算は現状では大きいとは言えない。しかし、同社の参入は今のEV市場にまだない新たな「仕掛け」をもたらし、業界を一段と盛り上げると期待されているようだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。