フィッシャーマン・ジャパン(FJ)のホームページでメンバーの経歴を見ると、地元の漁師以外にも多彩な人材が関わっていることが分かる。
前回までに紹介した事務局長の長谷川琢也(43)や「担い手チーム」の島本幸奈(29)以外にも、大手小売業で店舗運営を担当していた人、商社でエネルギー事業に従事していた人……。彼らが元の職を辞して東北で水産業の再興という夢に人生を賭けるきっかけとなったのもまた、東日本大震災だった。
地元漁師以外の視点も絶対に必要だった
2014年立ち上げ当時のフィッシャーマン・ジャパン。
提供:フィッシャーマン・ジャパン
FJには設立から10年間で、水産業に関わる人を新たに1000人増やす、という目標がある。漁師やFJのメンバーだけでなく、行政やボランティア、漁師の家族なども含めると、「もう1000人は超えているんじゃないか」(長谷川)という。
例えば冒頭のホームページにはウェブデザイナーや音楽プロデューサー、カメラマンなどのクリエイターやITエンジニアなどが参加した。長谷川はこれだけ多くの人たちが巻き込まれてきた背景を「多様性がさらなる多様性を呼び込んでいる」と話した。
「曖昧で緩い関わり方だけど、得意分野が違う自律した一人ひとりが同じ方向に向かっている。FJのあり方は組織としてもめちゃくちゃ新しいんじゃないかと思っています。コレクティブとかティール組織とか言われる前に、それを実践していたので。このチームの力が僕らの力だと思っています」
代表理事の阿部勝太(35)も水産業に関わる人以外を巻き込むことは当初から強く意識してきた。
「漁師だけで団体をつくっても、自分たちの発想だけでは正直できることが限られている気がして。だから地元のメンバー以外に外からの視点も絶対必要だと思っていました」
阿部はワカメ漁師を続けながら、FJなどいくつもの活動に関わっている。
今ではメンバーの元商社社員が民営化した仙台空港にできた輸出事業部の事務局長を兼務し、海外販路の開拓も模索する。
働き方に関しても、それぞれが漁師やヤフー社員という本業を持ちながら活動するという意味では、兼業・副業がこれだけ注目される前から自然と実践してきた。震災から10年が経ち、ヤフーはこの3月で復興支援室を閉じるが、長谷川はこのまま石巻に残り、東京のヤフーの仕事をリモートでしながら、FJ事務局長も続ける予定だ。
コロナで活動に制約。問い合わせは増えた
新型コロナウイルスはFJの活動にも影響を及ぼしている。
FJでは魚を身近に感じて食べてもらおうとさまざまな形で消費者との接点をつくってきた。
東京・中野に開いた「宮城漁師酒場 魚谷屋」という居酒屋もその一つの試みだ。宮城の海産物を食べてもらう場という他、月に1度の「漁師ナイト」には、FJのメンバーが訪れ、その日に自分が獲ったものだけで作るメニューを供する。生産者の話を直に聞くことで、水産業に関心を持ってもらいたいと始めたが、今はコロナでテイクアウト中心になっている。
魚谷屋のメニューには石巻港直送の海の幸が並ぶ。
宮城漁師酒場 魚谷屋公式サイト
逆に地方で働いてみたいという若者からの問い合わせは増えた。だが、コロナは受け入れ側の気持ちには大きくのしかかる。高齢化が進み、医療資源も乏しい地方ではコロナに対する警戒感は根強く、それが新たな就労者の受け入れに二の足を踏ませる。
国内の豊かな水産資源に目を向けてほしい
提供:フィッシャーマン・ジャパン
それでも阿部たちは、希望を感じている。気候変動など環境問題、食糧問題は日本だけの問題ではない。どこで誰がどんな方法でつくり、獲ったものを私たちは食べていくのか。それは過度に地球に負荷をかけていないか。その問題に対する関心はこれまでにないほど高まっているからだ。
「FJのオンライン販売も、食べチョクやポケットマルシェ(ポケマル)などの産直ECもコロナ禍で売り上げを伸ばしていて、消費者側の意識の変化は感じます。でも流通量の多いスーパーやコンビニ、飲食業が変わらなければ大きな変革は起きないとも思っています」(阿部)
売り上げは「数量×単価」で決まるが、水産業の場合、自然相手なので数量が読みにくい。コロナ禍など有事には飲食店の営業自粛などで流通量も変わる。生産者に価格の決定権がないのは第1次産業の共通点で、これが収入が安定しない大きな要因にもなっている。
「結局市場の理由や買い手の都合で毎年価格は変動します。前の年に1万円で売れていたものが今年は5000円になるなんてザラ。数量か価格、どちらかを安定させなければ続けていけない。毎年、しっかりした単価がつけられよう、少し高くても環境にいいものを消費者が選べるような仕組みを作ってほしい」
海外では当たり前に見られる海のエコラベル、MSC、ASCといった認証制度も日本ではまだまだ普及していない。このマークはいつまでも海産物を食べ続けることができるよう、海の自然環境や水産資源を守って獲られたり、養殖されたものにつく。ラベル取得には数百万円かかるとも言われているが、それだけ投資してでも漁師たちがこのマークを取得するかどうかは、最終的には消費者がそのマークの商品を選ぶかどうかという意識に大きく依っている。
前出の宮城漁師酒場 魚谷屋も2019年、MSC.ASC認証を取得。「環境や水産資源に配慮したサスティナブルシーフード」を掲げる。
宮城漁師酒場 魚谷屋公式サイト
海外から安く海産物を輸入するのでなく、国内にこれだけある豊かな海の資源にもっと興味を持って欲しい。
阿部が今一番力を入れているのは、学校給食を通じて魚食文化を伝えることだ。2020年には東京・目黒区の小学校7校と提携、青森、岩手、宮城から10種類の海産物を給食に提供している。管理栄養士向けの講演会で阿部の話を聞いた栄養士たちから、「おいしい魚を子どもたちに食べさせたい」と相談を受けた。
「子どもたちの食生活を変える意味でも、給食の果たす役割は大きい。そして発信力のある東京の給食が変われば全国への影響も大きい。将来的には200校、300校ぐらいまで広げていきたいと思っています。
先日は目黒区の五本木小学校で授業もさせてもらったんです。その子どもたちが大人になった時に、たまには魚を食べようかなとか、食べ物を無駄にしないようにしようとか、少しでも考えてくれればといいなと思って」
未来の消費者を育てること、それが漁業だけでなく、地球環境も食も守ることにつながる。阿部とFJはそう確信している。
(敬称略・完)
(文・浜田敬子、写真・伊藤圭)