今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても、平易に読み通せます。
いま多くのBtoC企業が「自社製品のファンはいても、会社そのもののファンがいない」という点に頭を悩ませています。ユーザーがファン化する企業とそうでない企業にはどんな違いがあるのでしょうか? 今週も入山先生が独自視点で考察します。
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「製品のファンはいても、会社そのもののファンがいない」
こんにちは、入山章栄です。
今回はいつもこの連載をまとめてくれている、ライターの長山清子さんからの質問について考えてみましょう。
ライター・長山
もう20年以上、某男性アイドルグループを応援している知人がいます。彼女はいわゆる「推し」のためなら、どんな出費も惜しまないし、たぶん彼らが引退するまでファンであることをやめないでしょう。
もしも一般企業が、こんなファンをつかめたら最強ですよね。「こうすれば顧客をファンにできる」という経営理論はありませんか?
そういう「ファンづくり」に特化した経営理論はありませんが、強いて言えば、この連載にもよく出てくる「センスメイキング理論」や、野中郁次郎先生の「SECIモデル」などが近いと思います。
「顧客をファンにする」のは、経営の重要なポイントだと僕も思います。そして、その際のキーワードは、「共感」と「エンゲージメント」です。この2つの視点は、いま多くの民間企業の課題となっています。
実際、僕はいろいろなBtoC企業のマーケティングや広報の方とお話しする機会がありますが、彼らがいま一番悩んでいることの一つは、「自社製品のファンはいても、会社そのもののファンがいない」ということです。
例えば思いついた社名を挙げると(この会社がそうだということではありません)、花王やP&Gのような消費財メーカーには、ロングセラー商品がたくさんありますよね。P&Gなら消臭剤のファブリーズ、花王なら洗剤のアタックなど。アタックは汚れがよく落ちるというユーザーの声もよく耳にしますから、「我が家では洗剤はいつもアタック」と決めている人も多いと思います。アタックという商品のファンになっているわけです。
ではアタックの発売元である、花王についてはどうでしょう。花王の方にはたいへん申し訳ありませんが、「私は花王が好きで好きで仕方がない」という「花王ファン」は、僕の周りにはいません。「アタック」という商品のファンに比べると多くないのではないでしょうか。
会社からすれば、もちろんアタックのファンになってほしい。しかし一番ありがたいのは、店頭で、「あっ、花王だ!」と思ったら無条件で即座に買ってくれることです。
企業のファンになってもらえるかどうかは、ブランディングの問題でもあります。例えばヨーロッパのいわゆる「ブランドもの」をつくっている企業は、自社のファンをつくるのが非常にうまい。
第49回でもお話ししましたが、2020年の世界の富豪の1位はアマゾンのジェフ・ベゾス、2位はマイクロソフトのビル・ゲイツで、3位がルイ・ヴィトン・ヘネシーグループのベルナール・アルノーです。つまりブランドを極めれば、世界3位の富豪になれる。
これからの時代はどんなビジネスであっても、自社そのもののファンをつくっていくことが重要になるはずなのです。
「ファン×サブスクモデル」は好相性
ファン相手のビジネスの究極的なモデルが、有名人のオンラインサロンでしょう。堀江貴文さん、キングコングの西野亮廣さんさんなどが、大勢の人たちを集客しています。
西野さんやホリエモンのオンラインサロンでは、いつも必ず本人が登場するわけではありません。それでもファンが集まって「あの人はすごいよね」などと言い合っている。そうこうしているうちに、グループの中に自然とリーダーが生まれ、自主的に「今度こういう企画やろうぜ」と盛り上がっているようです。
このようなサロンはほとんどが会員制のサブスクリプション(定額制)で、放っておいても1人あたり月数千円のお金が入ってくるようになっています。1人あたりは仮に月2000円でも、会員が1万人いれば2000万円になる。
このような会費を喜んで払うのがファン心理ですから、ファンとサブスクモデルは相性が良いといえます。しかもサブスクリプションというのは、一度契約して料金を払い始めると、解約手続きが面倒なので簡単に退会しない。
もし花王がサブスクリプションを始めるとすれば、「花王の商品が定期的にあなたのところに送られます。毎月○○円払ってくださいね」というようなスタイルが考えられます。このようなビジネスが成功するかどうかは、商品のよさも大事ですが、「この会社には頑張ってもらいたい」「この会社が好きだから応援したい」と思ってもらえるかどうかにかかっているでしょう。
社員が自社のファンでなければ、人材を引き留められない
消費者にファンになってもらうだけではありません。いまは会社に魅力がなければ、社員を引き留めておけない時代です。
少し前まで日本は終身雇用制でしたが、今後はますます人材の流動化が進むでしょう。優秀な人材を引き留めておくには、もちろん給料などの条件も大事だけれど、一番大事なのは、本人がその会社を好きかどうか。
したがって従業員のリテンション(維持)という意味でも、多くの方々に安定的に商品を買ってもらうという意味でも、企業にはファンづくり、いわば会社が“アイドル”になることが求められていると言えるのです。
自社のファンづくりに徹底的に取り組んでいる企業は、例えば格安メガネのオンデーズです。オンデーズはまさにアイドルのイベントのような、オンデーズファンのイベントを開催していて、毎回熱狂的な盛り上がりを見せている。そうすることでオンデーズという会社のコアファンを育てているのです。
他にも社内でファンが多い会社といえば、ソフトウェア開発のサイボウズもそうでしょう。サイボウズの社員は会うたびに、「うちの会社は面白いんですよ」と言うし、僕が社外取締役を務めているロート製薬も同様かもしれません。社員が自社のファンであれば、すぐ辞めないどころか、喜んで働いてくれるのは間違いない。
いま、企業のファンづくりを担う、その名もファンベースカンパニーという会社が注目を集めています。これも「いかにして自社のファンをつくるか」という問題意識が高まっていることの表れでしょう。
背後のストーリーへの共感でファンになる
BIJ編集部・常盤
世界的に愛される企業といえば、アップルの名前がよく挙がります。私もMac製品を愛用していますが、それはスティーブ・ジョブズに惹かれるところが大きいわけで、現CEOのティム・クックを愛しているかというと、それほどではありません。やはりジョブズがたどった波乱万丈のストーリーに少なからず共感するからこそ、一時的に業績が悪化しても、ユーザーであり続けてきたところがあります。
僕もアップルのファンですが、やはりティム・クックはその感覚がやや弱い気がしますよね。彼は機能については強調するけれど、その背後にあるストーリーはそれほど伝えない印象です。
実際、僕もジョブズ・ファンだったのでアップルを使っていますが、現在の僕はパソコン、スマホ、タブレットなどアップル製品を買いまくった結果、いわゆるアップルの「エコシステム」に入ってしまったので、その惰性で使っているだけで、あまりアップルに強いブランドロイヤリティを持たなくなってきています。他に、アップルよりはるに優れた機能の製品群があるなら、そちらに移ってしまうかもしれない。
やはり商品の背後にあるストーリーに共感するからこそ、ファンになるわけですね。
ジャニーズもそうでしょう。ジャニーズJr.時代に見どころのある少年を見つけて、成長過程を見守りながら、ずっと応援していくところに醍醐味がある。やがてその「推し」が人気アイドルになったとき、「この子は私が育てた」と思うのがこたえられないわけです。
大胆に言えば、これからは日本中の会社が、いかに愛される“アイドル”になれるかが問われています。それにはストーリー性を意識した、上手な情報発信が大事になるのは間違いないでしょう。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。