食料がない! 太平洋の島で打ち上げ準備を進めていたスペースXのエンジニアたちは、こうして「反乱」を起こした

イーロン・マスク

イーロン・マスク氏。

Susan Walsh/AP

  • イーロン・マスク氏率いるスペースXの初期のエンジニアたちは、ロケットの打ち上げ準備のために太平洋の島で生活していた。
  • 島での生活が始まった最初の1年は、食料の輸送がうまくいかないことが時々あった。
  • ある日、お腹を空かせたエンジニアたちはヘリがチキンとタバコを運んでくるまで働くのを拒否した。

スペースXの初期のロケット・エンジニアたちは太平洋の島で生活していた。そこでは度々、食料が不足したという。

「オメレク」と呼ばれるこの島で、チームは発射台とスペースXのロケット「ファルコン1」の準備を急いでいた。

こうした当時の様子を、ウェブメディア『Ars Technica』のシニアエディター(宇宙担当)であるエリック・バーガー(Eric Berger)氏が最新の著書『Liftoff』で伝えている。この本は、イーロン・マスク氏とポップタルト(Pop-Tart)との出会いやロケット打ち上げの試みが海水の飛沫によって阻止されたこと、お腹を空かせた従業員による反乱といった、これまでに報じられてきたさまざまな逸話でいっぱいだ。

本

Eric Berger著『Liftoff』。

HarperCollins Publishers

スペースXのエンジニアたちは、マーシャル諸島のクェゼリン環礁の一部であるオメレク島で働き、生活していた。ここは同社がアメリカ空軍から逃れるために自ら選んだ場所だ。空軍はスペースXのカリフォルニア州からの打ち上げをなかなか承認しなかった。だが、クェゼリン環礁を監督する陸軍はスペースXの計画に対し、友好的だったのだ。赤道に近いのも、軌道に到達させやすかった。

ただ、島で過ごした1年目は「物流が不十分だった」とバーガー氏は書いている。物資の輸送がしばしば遅れ、従業員たちは食料不足に陥ることもあった。

2005年の秋のある日、緊張は反乱へと発展した。従業員たちは緊急輸送を求めてストライキを決行し、最終的にチキンとタバコで落ち着いた。

「わたしたちはまるで食料を待つ、島の野生動物でした」

2002年にスペースXを立ち上げたイーロン・マスク氏は、同社が実際にロケットを飛ばせることを証明しなければならなかった。しかも、既存の打ち上げ事業者より早く、安く飛ばせることを、だ。

スペースXが4年間、ロケットの打ち上げにクェゼリン環礁の島を使ったのは、これを早く証明しなければならないという必要性に迫られていたからでもある。

しかし、当時スペースXで働いていたエンジニアのブレント・アルタン(Bulent Altan)氏はバーガー氏に対し、現地で働いていた従業員たちは「全ての力を奪われた、奴隷のような感じだった」と話している。

反乱が起きた日、スペースXのマネジャーらは、ロケットへの変更について十分な記録をしていないとして、オメレク島のエンジニアたちを叱責した。一部の従業員たちはこれまで以上にもっと早く働くよう無理を言われたと感じるのと同時に、マネジャーたちが突然、自分たちにこれまで求められてこなかった「書類仕事、伝票、チケット」の処理まで期待していると感じたと、バーガー氏は伝えている。

「わたしたちは叱りつけられました。ものすごく叱責されたんです」とアルタン氏は振り返った。

エンジニアたちは食料、ビール、タバコを乗せたボートの到着を待っていた。その船が来なかったことが、決定的な一撃となった。

「わたしたちは24時間待っていたんです」とオメレク島のチームを率いていたエンジニアのジェレミー・ホルマン(Jeremy Hollman)氏はバーガー氏に語った。

「ある時点で全員がうんざりして、自分たちもこのチームの一員であることを彼らに分からせる方法を見つけなければならないとわたしたちは心に決めました」

ロケット発射台

オメレク島のロナルド・レーガン弾道ミサイル防衛試験場にあるスペースXのロケット「ファルコン1」の発射台(2005年11月25日、マーシャル諸島)。

Tom Rogers/Reuters

ホルマン氏は打ち上げ責任者のティム・ブザ(Tim Buzza)氏に連絡し、オメレクのチームメンバーは食料とタバコの供給を受けるまで働かないと説明した。スペースXのエンジニアたちはストライキを決行した。

「事の重大さを認識していた」ブザ氏はその日の夜、オメレクに鶏の手羽肉とタバコを運ぶために陸軍のヘリを要請したとバーガー氏は書いている。

「わたしたちはまるで食料を待つ、島の野生動物でした」と当時スペースXの技術者だったエド・トーマス(Ed Thomas)氏はバーガー氏に語った。

ヘリによる輸送も初めは失敗するのではないかと思われた。パイロットは、従業員たちが発射台に作っていたタワーがヘリにとって危険だと言い、着地するのを拒否した。ブザ氏がパイロットに何杯かおごると約束すると、パイロットはヘリのドアから物資を投下した。

チキンを食べて、エンジニアたちは仕事に戻った。

スペースXは初めての打ち上げをこの次の春に試したが、ロケットは火に包まれ、海に落ちた。

士気を高めるため、マスク氏は30人あまりの従業員のために無重力飛行を手配し、宇宙飛行士が感じるような無重力状態を体験させた。

2007年3月、スペースXの初めてのロケットはついに宇宙に到達した。3度目の打ち上げを行った頃までに、オメレクの従業員たちは十分な食料を蓄えたキッチンを作り、当番制で料理をするようになっていた。彼らは大量のドリンクを積んだ「冷蔵機能を備えた海のバン」も持っていたと、バーガー氏は書いている。

「最初のフライトの頃に比べたら、全てが夢のように贅沢だったので、わたしたちはオメレクが気に入っていました」とアルタン氏は語った。

スペースXはもうマーシャル諸島に拠点を置いていない。同社は新しいロケットのプロトタイプをテキサス州ボカチカにある自社の施設でテストしている。

[原文:SpaceX once left its rocket engineers on an island without food, leading them to mutiny, according to a new book

(翻訳、編集:山口佳美)

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