いきなり商品を開発しても売れない時代
「商品開発」と言うと、あなたの会社ではまず何から着手しますか?
「商品開発なのだから、商品づくりから着手するに決まっているじゃないか」と思われた方も多いでしょう。
それもそのはず、日本には“モノづくり神話”が根強くあることも影響してか(前回を参照)、商品開発といえばまず真っ先に製品から取りかかる企業が圧倒的です。
製品(Product)を作り、顧客の反応を見ながら価格(Price)を決める。並行してどこで売るか(Place)を検討し、最後に商品リリースの日までにプロモーション(Promotion)の仕方を考える——という順番は、日本企業の商品開発のいわば王道と言えるでしょう。
この4つの要素を、マーケティングでは「4P」と呼びます。もともと1960年にエドモンド・ジェローム・マッカーシーが提唱した用語で、やがてその友人だったフィリップ・コトラーらが使ったことで広く知られるようになった有名な分類です。
- Product(製品):製品、サービス、品質、デザイン、ブランド など
- Price(価格):価格、割引、支払条件、信用取引 など
- Promotion(プロモーション):広告宣伝、ダイレクトマーケティング など
- Place(流通):チャネル、輸送、流通範囲、立地、品揃え、在庫 など
実際に商品を開発して顧客に提供するためには、これら4つの整合性を考える必要があります。この考え方を、同じくマーケティング用語で「マーケティング・ミックス」と呼びます。
言われてみれば当たり前の話ですよね。高価格(Price)なラグジュアリーブランドの製品(Product)は、大都市の目抜き通りの店(Place)で販売をし、そのブランドイメージに合ったメディアを選択し、ふさわしいタレントを起用したCM(Promotion)を展開しています。
同様に、低価格(Price)の製品(Product)であれば、それに見合った流通(Place)とプロモーション(Promotion)を行っています。つまり、4つのPの整合性が重要だということです。
銀座の目抜き通りに店舗を構えるルイ・ヴィトン。「4P」の整合性が取れた王道のマーケティングだ。
cowardlion / Shutterstock.com
さて、本稿で問題提起したいのはここからです。
先ほど、Product→Price→Place→Promotionという順番で考えるのが「王道」だと述べました。たしかに今から20〜30年前のモノを作れば売れた時代なら、このようにProductから入る方法でも十分通用したでしょう。大ヒットはしなくても、そこそこは売れたはずです。
しかし今は、新商品を出せば黙っても売れるという時代ではありません。製品スペックは他社に見劣りしないはずなのに、いざリリースしても鳴かず飛ばずに終わるというケースもよく耳にします。
そこで今回私がご紹介したいのが、「新4P」という発想です。
参考にしたのは、アマゾンやリクルートの事例。すべて大企業の話だと思うかもしれませんが、今の時代に顧客にProductを届けるうえでの大事なエッセンスがすべて含まれていますから、ぜひ参考にしてみてください。
アマゾンが商品開発の前に必ずやっていること
アマゾンの会議で配布されるメモは、販売計画まで細かく記載することが求められる。執筆には時に1週間かかる時もあるそう。
REUTERS/Jason Redmond
アマゾンでは、商品開発をする前に、その商品のリリース文(広報文)を作成します。もちろん、この広報文をそのまま社外にリリースするわけではありません。そのリリース文を読んで、利用したくなる商品・サービスであれば開発し、そうでなければ再考・中止をするというものです。
「広告」ではなく「広報文」というのがポイントです。広告は、極端な話、お金を払えばメディアに掲載してもらえます。しかし広報文はそれとは違って、中身に見るべきものがなければ取り上げてもらえないのです。
広報文を書くには、例えば以下の内容が必要です。
- キャッチコピー
- リードコピー
- サマリ
- 顧客の課題
- 顧客の課題の解決策
- 商品開発者の声
- 利用開始の仕方
- 顧客の声
- まとめ
- 顧客にしてほしい次のアクション
これらの要素を広報文に盛り込もうとすると、Productだけでは書けないことに気づくはずです。顧客のこと、それも解決したい顧客の課題(前回の「JOB理論」を参照)を考えなければ書けません。
顧客の課題をどう解決するかを考え始めると、Priceについて言及しないわけにはいきません。さらに、顧客にしてほしい次のアクションを考えるには、顧客が商品を手に入れるためのPlaceについても書かなければいけません。
従来4Pでは一番最後に行っていた「Promotion」の作業を最初に行うことのメリットは、大きく2つあります。
1つは、無駄な開発をしなくてよくなること。従来の4PのProductから検討する手順では、何らかのProductを作るというステップが最初にありました。当然コストもかかりましたし、開発するエンジニアの手間もかかったわけです。
手間とコストをかけて作ったProductが、いざリリースしてみたらまったく売れなかったというのではダメージも相当なものです。しかしまずPromotionから着手して、これなら売れるという見込みが持てなければそもそもProductは作られないわけですから、これだけでもかなりのリスクを減らせるというメリットがあります。
しかしそれよりも重要なのが2つめのメリットです。それは、広報文には顧客の課題と解決の仕方が載っているということ。開発するエンジニアは、これを実現すればよいわけです。
優秀なエンジニアは、テクノロジーを使ってさまざまな解決策を考えてくれます。彼らに細かい仕様を伝えるのではなく、任せることができれば、優秀なエンジニアのモチベーションを高く保つことにもつながります。
このアマゾンの取り組みは、商品開発者に4Pすべてを最初に考えさせるよう促す仕組みになっている点が優れています。あなたの会社でも、ぜひ一度試してみてはいかがでしょうか。
リクルートの「売り方開発」
強い営業力で知られるリクルート。どうやって「売り方」の開発をしているのだろうか?
REUTERS/Yuya Shino
次にご紹介するのはリクルートの事例です。これは、どのように販売するのか(Place)を事前にシミュレーションしておくことの大切さを考えるうえで参考になります。
リクルートという会社は、法人向けに強い営業組織を持っています。ですから商品開発の担当者たちは、その営業組織を活用すれば開発した商品が容易に販売できると思いがちですが、実際にはそううまくはいかないケースも散見されます。なぜか。
それは営業の立場から考えると分かりやすいでしょう。その営業チームが現在いくつかの商品を販売しているケースを想像してみてください。
例えば商品A、B、Cという商品を売っているところに、新たに開発したDも販売することになったとしましょう。
営業担当にとって、商品A、B、Cはすでに販売実績があり、何度も販売している慣れ親しんだ商品です。そこに、まだ何の実績もない新商品Dがラインナップに加わったわけです。
人はたいてい保守的なものです。積極的に新しいことに取り組む人ばかりではありません。そうすると新商品Dの販売に拍車がかからず、売上が一向に上がらないのです。
ではどうすればよいのでしょうか?
極論すれば、その商品だけの専属営業部隊を作ればいいのです。彼らは専属ですから、一生懸命、新商品Dを販売してくれます。このようなケースでは、どうやって営業組織を調達するのか、どうやって彼らを育成するのかが課題になります。
では、専属部隊を作らずに、既存営業組織に併売してもらう場合はどうでしょうか。この場合に考慮すべきは、いかに彼らが売りやすい状況を作るか、いかに手離れのよい状態をつくるのか、といったことでしょう。あるいは、新商品Dを売ることで顧客や営業担当にどんなメリットがあるかを考え、それを彼らにうまく伝えることがポイントになります。
これらを考えるのは、手間も時間も案外かかるものです。このPlace(売り方)の開発も、早い段階から実施しておくことが大切です。
アマゾンの価格戦略の“泣き所”
アマゾンを創業したジェフ・ベゾスは、事業構想段階で相当数の成功企業を研究したそうです。その中の1社がアップル。ベゾスはアップルのような優れたプロダクトを作りたいと考えました。
iPhoneは、世界で最も美しいProductの1つです。実際、その価格(Price)は競合商品より高いプレミアム価格で販売ができるため、アップルは世界でも有数の高収益企業になっています。
iPhone 12 Proは最低容量でも10万円を超える高価格帯。だが、高価格であるがゆえの死角も……。
Ming Yeung/Getty Images
ところが、そんなアップルにも泣き所があります。iPhoneの価格が高いので、競合他社がその価格の下に入り込む余地を与えてしまっているのです。その隙を狙ってシェアを大きくとったのがサムスン(Samsung)です。
ここから学んだベゾス率いるアマゾンは、同業他社が入ってこられない価格体系を目指しました。
実際、アマゾンの有料サービス「プライム」では、ユーザーが登録すると最初の30日間は無料でお試しができ、有料会員と同じサービスを体験することができます。しかもひとたび有料会員になると、同じ年会費で次々にサービスが付加されていきます。これでは同業他社はとうてい太刀打ちできません。
このように、最初は無料で利用してもらい、その後一定の顧客割合を有料にするという「フリーミアム」戦略は近年注目を集めて、これこそがあるべき価格戦略だともてはやされる傾向にあります。たしかにこれも、一つの正解なのかもしれません。
しかしここで忘れてはならないのは、フリーミアム戦略では一定の資本が必要だということです。
その証拠に、アマゾンもこの価格戦略のせいで創業から25年以上も赤字続きでした。その経営手法に対して批判が出たのは1度や2度ではありません。あまりに赤字が続くので、ベゾスはCEOを追放されかけたこともあるほどです。
ソフトウェアなどのサービスに多いSaaSモデルも同じです。安価な価格で顧客数を増やし、それを増やす中でアップセリングするのは、かなり資本力が必要です。フリーミアムやSaaSモデルが流行りだからといって、であれば我が社もとPriceを決めるのは安易すぎます。
もともと価格は経営の専権事項でもあります。無料や安価なSaaSモデルでスタートする時は、その後の計画も描いたうえで実行に移すようにしてください。でないと絵に描いた餅になってしまうからです。
以上、今回は「新4P」についてお話ししてきました。
アマゾンの事例で見てきたように、従来はProduct→Price→Place→Promotionの順番で考えられることが圧倒的に多かった商品開発のプロセスも、逆にPromotion(広報文)から始めてみると、最初の段階で4Pすべてを考えなければ商品は作れないことに気づくはずです。
そして、商品がうまく展開できないのは、Place戦略(売ってくれるに違いない)、Price戦略(安すぎる)といったケースが往々にしてあることもお分かりいただけたのではないでしょうか。
あなたの会社にも「いい商品が作ったはずなのに売れない」という悩みがあるのなら、新4Pを意識してみてください。または、もし類似商品があれば、その商品の4Pと自社の4Pを比較するのもおすすめです。どこが差別化のポイントになるのかが明確になりますよ。
次回は、プロジェクトマネジメントを行う際に多くの企業がつまずきがちな「KPI・KGI」を適切に設定し、運用していくためのポイントについてお話ししたいと思います。
※本連載の第18回は、4月2日(金)を予定しています。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
この連載について
誰かから指示された「やらされ仕事」より、「裁量ある仕事」のほうがやる気は出るもの。しかもそれで結果を出せれば成長につながり、何より楽しい。では、裁量ある仕事を任されるためには何が必要でしょうか? 答えは「自分で考え、生産性高く成果を出すスキル」です。
このスキルを「自律思考」と呼ぶのは、リクルートグループに29年間勤務し、独立後はさまざまな企業に対して業績向上支援を行っている中尾隆一郎さん。連載「『自律思考』を鍛える」では、生産性高く成果を出すスキルを身につけるためのエッセンスを中尾さんに解説していただきます。
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。株式会社「旅工房」社外取締役、株式会社「LIFULL」社外取締役、「LiNKX」株式会社非常勤監査役も兼任。新著に『自分で考えて動く社員が育つOJTマネジメント』がある。