シェアリングエコノミー協会は、ベビーシッターサービスを提供するキッズラインに会員資格の無期限停止処分を実施した(写真はイメージです)。
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シェアリングエコノミーの普及を目指して関係企業でつくるシェアリングエコノミー協会が、2月にキッズラインに対して会員資格の無期限停止処分を下した。
キッズラインをめぐっては、シッターわいせつ事件に始まり、法律で定められた届出をしていなかったシッターの登録が発覚するなど、2020年来、問題が続いている。
シェアリングエコノミーを推進する業界団体の立場としては、今回の処分は「かなり踏み込んだ措置」と、同協会の上田祐司代表理事(ガイアックス社長)は語る。
そこに到る背景には何があったのか。
当初は「自社にも起こり得る」という危機感
「2020年5月に(キッズラインのシッターによる)わいせつ事件が判明したときに、まず協会関係者で共有されたのは、自社にも起こり得るという危機感でした」
著者の取材に対し、シェアリングエコノミー協会の上田代表理事は、協会員であるキッズラインをめぐる事件について、そう振り返った。
シェアリングエコノミー協会の上田祐司代表理事(ガイアックス社長)はZoomインタビューに答えた。
撮影:滝川麻衣子
その時点で、会員企業に「何か問題が発生したときに、業界全体で対処するために情報提供をしてほしい」と協会自体の定款を変更。しかし、個社(キッズライン)に対し処分を行うという話は、議題に上がらなかったという。
それが今になり、会員資格の無期限停止に踏み切ったのはなぜなのか。
「行政処分(=自治体への届出未確認問題を受け、2021年1月に内閣府が出したもの)もありましたが、Business Insider Japanが記事にしたレビューの件(=オンラインで実施した研修を、あたかも子どもを対面で預かった実地研修のように記載していた)なども含めて、積み重ねがあって、その体質も含めて処分に至った」(上田代表理事)
会員資格自体をはく奪し、除名処分をする選択肢も当然あった。しかしそれをしてしまえば今後、協会としてキッズラインと業界全体の安全性向上のための対話をすることもできなくなる。
最終的な判断はかなり悩ましかったという。
「今回かなり踏み込んだ対応をしました。無期限停止ということで、いつか復活させる可能性はあるものの、すぐに資格を戻すつもりはないということです。
通りいっぺんの報告書が出て『これまでの問題は解消しました』というのが一般的な対応です。それをやっていただくことは大前提として、実際にマーケットとしての受け止め方、経営体制も含めてパブリック企業としてのガバナンスはあるのか。こうしたことが確認できてはじめて、資格を戻すという話になります」
キッズラインに対しては定期的なヒアリングをしていくほか、ベビーシッター関連のシェアリングエコノミー事業者の意見交換会や危機対応の勉強会などを今後開いていく。
協会はあくまでもアドバイザーという立場だが、有志企業の間で、問題のある顧客情報を記したブラックリストの共有などの議論も始まっているという。
浮き彫りになった認証制度の限界
シェアリングエコノミー協会は、新しい領域の産業を発展させようとする政府の動きとも連携している。
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シェアリングエコノミ—協会は「プラットフォーム事業者の健全なるビジネス環境と利用者保護体制の整備」などを目的に、2016年1月に設立された団体だ。新しい領域の産業を発展させようとする政府の動きとも連携している。
2016年、政府は内閣官房IT総合戦略室長(政府CIO)の下にシェアリングエコノミー検討会議を設置。各省庁関係者や弁護士、大学教授らが集まり、ここでシェアリングエコノミーのモデルガイドラインを作成した。
協会がこのガイドラインに対応した業界の自主規制をするという「共同規制」方式で、モニタリングをしながら業界を盛り上げていく方向性だ。この中で、モデルガイドラインをもとに、シェアエコ協会が事業者を審査し、審査を通過したものについては認証マークを与えるという枠組みもつくってきた。
認証に際しては、内閣官房の有識者会議の委員だった専門家らが審査委員を務め、その認証委員会を監視するための第三者委員会も設ける。
どんな企業でも通るということではなく、実際に過去審査を通らなかった企業がのちに不祥事を起こしたこともあったという。
問題は、協会に強力な権限がなく、認証マーク申請への強制力がないことだ。
認証マーク取得しようとしなかったキッズライン
認証マークの認知度が限られるため、事業者は取得のメリットを感じづらい。その結果、単に会費を払えばイベントなどに参加できる「会員企業」は300社にのぼるが、認証マーク取得企業は1割にも満たない、21社22サービスにとどまる。
そして、今回会員停止措置を受けたキッズラインも、認証マークを取得していなかった。審査に通らなかったのではなく、そもそも申請をしてこないから、審査ができなかったという。
ベビーシッターのシェアリングエコノミー事業者としては最大手であり、協会側としては申請をしてもらうようたびたび連絡をしてきたというが、キッズライン側の反応はなかった。
認証マークを取得していればそのはく奪などができるが、キッズラインは特に審査などを必要としない「会員」企業にとどまっていたため、協会側が切ることができるカードはそもそも限られていた。その結果の「無期限会員資格停止」というわけだ。
内閣府補助金事業は審査をしていたのか?
キッズラインはシェアエコ協会の認証マークを取得していない代わりに、内閣府のお墨付きを最大限利用してきた。2020年11月までホームページ上にあったマーク。
2020年11月以前のキッズラインホームページより
キッズラインはシェアエコ協会の認証マークを取得していない代わりに、内閣府のお墨付きを最大限利用してきた。
2020年11月まで、ホームページ上には「内閣府認定」と表示。不適切ではないかとの指摘があり、「内閣府割引券取扱事業対象者」に変更したという経緯もある。
もともと、協会が導入している認証マークの背景には、新たな形態であるCtoCのプラットフォームビジネスに、どう法の目をかけていくかという命題があったはずだ。
キッズラインで2020年12月に判明したシッターの自治体への届出提出未確認問題について、シェアエコ協会側は次のように語る。
「ベビーシッター業者は、厚労省のガイドラインでシッターに自治体への届出が義務付けられていて(シェアエコ協会の認証マーク取得に際し)協会側でもそこはチェックしています。
例えばベビーシッター業者ではキズナシッターが認証マークを取得済みです。キッズラインが仮にシェアエコ認証マークの申請をしていれば、協会としての審査はありました。自己申告で『(届出を)やっています』と言われていたら見抜くことができたかは分からないが、少なくとも注意喚起はできたはずです」(弁護士でシェアリングエコノミー協会認証制度担当の石原遥平氏)
あくまでCtoCのプラットフォームであるキッズラインは、ベビーシッター事業者として児童福祉法上の厚労省の直接の管轄ではない。シェアエコ協会の認証マークの申請をしていない以上、シェアリングエコノミー業界からも介入手段が限られる。いわば第三者が誰も触れない領域でキッズラインは拡大をしていたというわけだ。
ここで疑問がわくのは、内閣府や自治体は補助金対象を選ぶ上で十分な審査をしていたのかということだ。
実際、キッズラインについては、法律で定められた届出がなされていない実態が明らかになっている。本来は遵守しなければ補助金対象にならなかったはずの厚労省のガイドラインが、守られていなかったわけだ。
それでも、キッズラインは内閣府の補助金対象となっていく。これには協会関係者も首を傾げる。
内閣府が補助金対象を選定するときに、せめてマッチング型シッターに関してはシェアエコ協会の認証マークを取得していることを条件にすることができていたら、第三者の目が入りやすかったのではないか。
協会側は「そのような形での行政との連携やビルドインは要望しています」と話す。
シェアリングエコノミーの今後
上田代表理事は、「シェアリングエコノミーは(サービスユーザーもサービス提供者も)双方が消費者であり、ECのように場の提供に過ぎないという主張はもう通用しない。時代は変わってきている」とみる。
その中で、どこまで責任を負うのか。
配車や民泊など解禁されていないサービス領域も多く、諸外国に比べて大きく後れを取る中、どのように自分たちで利用者を保護し、その結果シェアリングエコノミーを発展させるのか。
キッズラインについて上田氏は「ベンチャーには尖った人が新たな領域を切り開いていく側面があるのは確かだが、子どもの領域においてはとりわけ慎重でなければならなかった」と指摘する。
一方、行政側は、保育とシェアリングエコノミーという2つの領域の狭間に「抜け穴」を作るのではなく、既存の枠組みをうまく利用して監督をすることもできるのではないか。
縦割りと、表に出てこない不透明なプロセスで事業者を選定することを行政はやめにして、利用者と働き手に資する事業者の運営を、協会とともに後押しして行ってもらいたい。
(文・中野円佳)