毎年、何十もの主要なウェブサイトが「スーパーボウルは何時から始まる?」 という、ほぼ同じ内容の記事を掲載し、大きな試合の前に検索エンジンからのトラフィックを集めようとしている。
しかし、2021年2月は意外なところからの参入があった。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)だ。
WSJは過去数カ月の間に、州ごとのコロナのワクチン接種に関する情報や、ビットコインに投資する前に知っておくべきことをまとめた記事など、サービス精神にあふれ、検索エンジンにも最適化された多くの記事を有料のペイウォール(課金用の壁)の外に掲載してきた。これは、インターネット上では当たり前のことなのかもしれないが、131年の歴史を持つ同社にとっては比較的新しい試みだった。
WSJのマット・マレー編集局長。
Paul Morigi/Getty Images
しかし、この取り組みは社内では賛否両論を持って迎えられたと、同紙のマット・マレー編集局長は言う。例えば、企業を担当する記者は、取材先の企業に関する速報性の高い記事を書くように言われており、記事を書く頻度も増えているという。
中にはトラフィックによって、より競争力をつけようとする動きを歓迎している者もいる。
マレー氏は、WSJはデジタル競争力を高めるために品質を犠牲にする必要はないのだと、社内の反発に対しては答えている。
「そこには多少の緊張関係がありますが、それは仕方のないことです。変化と成長にはつきものですから」とマレー氏は言う。「私たちは現実から目を逸して、まるで自分たちが経済紙のリーダーであり競争相手のいなかった1990年の時のように、やりたいことだけをやっている余裕はないのです」
同紙の新しいSEO戦略は、競合他社の中での自分たちの立ち位置を模索する中でつくられた。
2020年、BuzzFeed Newsにリークされた内部報告書には、この新聞社のデジタルビジネスの厳しい現状が記されていた。その報告書では、WSJは「ヘビー・リーダー」と呼ばれる、年配で裕福なビジネス界の購読者に焦点を当てすぎているが、成長するためにはもっと若くて多様性のある「ライト・リーダー」を取り込む必要があると結論づけている。
同紙のデジタル化を推進してきたのは、チーフニュースストラテジスト兼チーフプロダクト&テクノロジーオフィサーのルイーズ・ストーリーだ。ストーリー氏は、Digital Experience and Strategyチーム(DXS)と呼ばれる社内の技術・製品部門を統括しており、マレー氏をはじめとするニュース部門のトップたちと協力してデジタル戦略を練ってきた。
その戦略で、「Money Challenge」や「Fitness Challenge」などの自己啓発系のニュースレターの立ち上げなど新しい取り組みも行った。
ストーリー氏はInsiderに対し、コロナの流行によって読者がより役立つ情報を求めていることが明らかになったと言う。WSJは、2020年2月8日にコロナウイルスの情報を掲載した最初の記事を載せた。以来、職探しや失業についてのテーマなどの情報リストを掲載している。「これらはすべてペイウォールの外で無料にし、更新している」とストーリー氏は言う。
WSJの広報担当者によると、Googleからのトラフィックは2019年末から80%増加しており、SEOを駆使した記事の平均ページビューは、一般的な記事の10倍にもなるという。同紙は通常、SEOを駆使した記事を週に約4本と、2~3本のリスト記事(1週間で公開される全記事は約600本)を掲載しているという。
メディアマーケティングを手掛けるComscore社によると、WSJの月間ユニークビジター数は6380万人で、2020年1月の5290万人から増加している。
「業界のトップクラスの新聞社は、購読者確保を優先させすぎるため、普段多くの選択肢に囲まれている読者に対し、『購読するかやめるか』という二者択一を迫る危険があります。WSJはそのような二元論ではなく、優れたビジネスニュースはさまざまな方法で収益化できるということを証明しています」と、戦略コンサルタント会社Sparrow Advisersの共同創業者兼社長のアナ・ミルセヴィッチ氏は言う。
一方、WSJがデジタルに特化した戦略を強化する中で、社内では人員削減の噂が飛び交っている。マレー氏によると、最近、少数の「限定的な離職者や退職者」が出ているが、「広範囲に及ぶ退職金割り増しなどの特別な取り組みの話は出ていない」という。
若い読者層の獲得を目指す
WSJは若い読者獲得のため、デジタル戦略を模索している。
Robert Nickelsberg/Getty Images
2020年に流出した社内報告書の主な内容は、この新聞社が生き残るためには、新しい若い読者を見つける必要があるというものだった。
その報告書によると、「購読者数の減少、トラフィックやデジタル読者の増加が現在と同じ程度であれば、同紙の目標である550万人の購読者数を達成するには22年の歳月が必要になる」としている。親会社であるニューズ・コーポレーションの最新の収益報告書によると、同紙の購読者数は約322万人であり、デジタルのみの購読者数は約246万人だ。
新たな読者層を求める同紙は、これまで高所得者や退職者向けのコンテンツとして知られてきた個人金融の分野で、学生ローンなどの話題をより多く取り上げてきたが、そのような分野に若年層や若いキャリア層の刺激を与える方法を模索している。
「当社の個人金融関連の報道は、大まかに言って、人生のある時期や資産レベルの高い人を対象としていることが多かったと言えるでしょう」とマレーは言う。「私たちは、そのような読者に向けて記事を書くだけでなく、初めての仕事や銀行ローンを探している学生や、初めて家を購入する人にも役立つ情報を提供することができると確信しています」。
また、同紙はここ数年、紙の重要性を強調しないように努めてきた(2016年には専用の「紙面デスク」を設置)。「紙は今や末端に位置しており、私たちは紙面の一面に掲載されたことを自慢げに語る文化を積極的にやめるようにしました」とマレー氏は言う。
人種やジェンダーに関する報道も足りない?
また、社内の内部報告書によると、同紙の人種、アイデンティティ、ジェンダーに関する報道は不足しており、代表的な記事を調査したところ、引用された人物の3分の2近くが白人であったことが判明した。「記者たちは自らの判断で、そのような記事をあまり提案してきません。WSJの記事とはどのように書かれるべきなのかということについて、編集者がうるさく言ってくることを心配しているのです」と、ある編集者は報告書の中で述べている。
マレー氏は先ごろ、記事に引用される情報源の多様性を高めることについて、スタッフにメールを送った。Insiderが入手したそのメールには「WSJは、私たちの社会の多様性を適切に捉え、できるだけ多くの読者に語りかけるべきだ」と書かれていた。
また、マレー氏は、幹部の多様性についても改善する必要があると述べている。2020年夏、同紙はジャーナリストのブレント・ジョーンズを文化・トレーニング・アウトリーチ担当編集者に選んだ。
「これは、私が今年ずっと気にかけていることのひとつです。多様性という点では、私たちはまだまだです。その意味では、私は自分の仕事をやり遂げたとはまったく思っていません」とマレー氏は語った。
(翻訳・編集:大門小百合)