アップルが突如発表したプライバシーポリシーの変更により、デジタル広告が大きく変わろうとしている。
このポリシー変更は2021年3月に発効すると見られており、アプリ開発者はユーザーを追跡する前に、AppleのIDFA(広告用の端末識別ID)を介してユーザーに許可を求めることを義務付けられることになる。
こうした義務付けにより広告主は、特定のユーザーにピンポイントで広告を表示できる機能を制限されることになると見られ、広告効果にどのような影響が出るのかが不透明だとされる。
「これは我々の業界にとって、2000年問題に相当する出来事です」と、電通メディア・アメリカズ(Dentsu Media Americas)のダグ・ローゼンCEOは述べた。
ザッカーバーグ率いるフェイスブックは、アップルが発表したプライバシーポリシー変更について激しく批判している。
COMEO / Shutterstock.com
広告主が特に懸念しているのは、アップルのポリシー変更により、Facebookでのキャンペーンの効果測定や、アトリビューション分析(間接効果測定)がどのくらい制限されるのかということだ。広告効果測定のスタートアップ、メジャード(Measured)でCTOを務めるマダン・バラドワジは、「効果測定には大打撃」だとしている。
こうした変更がモバイルアプリのエコシステム全体に影響を与える一方で、Facebookとその巨大なユーザー基盤を利用して、独自のプラットフォームや他のサードパーティ製アプリでパーソナライズド広告(ターゲティング広告)を展開する広告主も多い。
フェイスブックは先ごろ掲載したブログ記事の中で、コンバージョンリフト(広告の有効性を図るテスト)の研究を終了すると発表した。
コンバージョンリフト研究では、ターゲット層を実験群(テストグループ)と対照群(コントロールグループ)に分け、広告キャンペーンによる収益増加率を測定する。プラットフォーム上で広告を見せた後に商品購買行動にどう影響するかを見る手法で、最近ではスポーツ用品小売のディックス・スポーティング・グッズ(Dick's Sporting Goods)やネットオークションのイーベイ(eBay)などを含む、さまざまな広告主の間で広く使われてきた。
しかしこのコンバージョンリフトテストがなくなることで、広告の効果測定は地域性対応型マーケティングテストのような、昔ながらの手法に戻っていくだろうと予想するバイヤーもいる。これは、テレビCMが放映された地域と放映されていない同条件の地域を比較してテレビCMの効果を測定する方法だ。
あるメディアバイヤーが(公的には発言を禁止されているため)匿名を条件に語ったところによると、フェイスブックでは、同様の広告測定ツールのベータテストを実施中であるという。
「マディソン・アベニューの広告マン『マッドメン』の時代に逆戻りするかのようです」とバラドワジは言う。「効果計測としてはこれが最高の方法ではないにしても、今ではかなりの部分が自動化できます」
広告効果をこと細かに測定できなくなることが必ずしも悪いことではない、という人もいる。
パフォーマンスマーケティング会社ティヌイティ(Tinuiti)の分析・マーケティングサイエンス担当上級副社長のアンドリュー・リチャードソンは、IDFAの変更によって大手の広告主は、Facebookのような単一のプラットフォームではなく、メディアミックスモデリングのようなアプローチを選択し、さまざまなソースからの情報を利用する傾向が強まると見ている。
この手法についてフェイスブックは広告主に対し、コンバージョンリフトテストと比較した効果計測効果について告知し、今回のようなポリシー変更に備えるためのアドバイスを提供し始めたと述べている。
フェイスブックによると、今回の変更は同社の事業にもマイナスの影響を及ぼすと見られているという。モバイルコンサルタントのエリック・スーファートによると、IDFAがなくなった場合、フェイスブックの2021年第2四半期の総売上の7%に相当する50億ドル(約5000億円)の減収が見込まれるという。
同社は、中小企業がパーソナライズド広告を出すのに役立つ手法だとして売り込み中の新しい広告キャンペーンも展開している。
アップルのポリシー変更はDTC広告主に打撃を与えるか
バイヤーらは、広告主がこうした打撃に対して備えることができるように、ファーストパーティデータの強化を促しているという。
アップルやグーグルが広告ターゲティングの規制を強化して、プライバシー規制が厳しくなっていくなか、ファーストパーティのデータを収集することでますますクリエイティブな広告活動を展開するブランドもある。
グーグルは2021年3月に入り、デジタル広告のターゲットとなるサードパーティのクッキーを廃止する動きの一環として、ウェブサイト閲覧時の個々のユーザーの追跡をやめると発表した。
2020年リリースのiOS14から、iPhoneユーザーは自分の情報をどのアプリにどれだけ渡すかを細かく選べるようになった。2021年3月のポリシー変更後、トラッキング許可に対してアプリが動機付けをしたり報酬を与えたりすることは禁止される。
Alexander Kirch / Shutterstock.com
アップルユーザーに選択肢が与えられたら、個人情報を追跡されることを許可する人がどれだけ残るのかは不明だ。モバイルアトリビューションプロバイダーのアップスフライヤー(AppsFlyer)とMMAグローバル(MMA Global)が2020年9月に実施した調査によると、モバイルマーケティング担当者の50%以上が、アップルのポリシー変更が発効したらIDFAの効果が50%以上減少すると予想している。
この影響は、パフォーマンスマーケティングやユーザー獲得のためにFacebookの広告エコシステムに大きく依存するDTC広告(直接消費者向け広告)などのダイレクトレスポンス型広告を利用する広告主など、一部の広告主にとっては特に壊滅的なものになる可能性がある、とInsiderの取材に応じたバイヤーらは語る。
例えば、マッチングアプリのバンブル(Bumble)は、アップルのポリシー変更により事業が阻害されるかもしれない、と述べている。そしてフェイスブックは、そのような広告主に広告収入の大部分を頼っている。前出のバラドワジは次のように語る。
「フェイスブックの広告効果計測とアトリビューションを頼りにしてユーザー獲得エンジン全体を構築してきた、パフォーマンス主導型のマーケティングモデルを採用するブランドは、いま崖っぷちにあります。
キャンペーンに50万ドルもかけて、すべてをこと細かに測定できないようなブランド広告を出す余裕のある企業はありません」
デジタル広告代理店のWプロモート(Wpromote)のデジタル・インテリジェンス担当副社長、サイモン・ポールトンによると、ユーザーが許可しなくなれば、Facebookなどのメディアチャネル全体をターゲットにしてターゲティングや追跡を行うことは難しくなり、プラットフォーム上での広告効果測定は難しくなるだろうという。
これによりフェイスブックの広告主の大部分を占める中小企業は、短期的に広告費を削減するようになるかもしれない。これはフェイスブックの成長を妨げることになるだろうと、同氏は語る。
「100万ドル規模の予算を扱うターゲティング広告で効果が低下するのは打撃が大きいですが、新しいターゲティング手法を模索することでその打撃をいくらか和らげることができます。
しかし小規模ブランドはたいてい予算がかなり小さいですから、利益を得られなければ同じ水準の投資は続けられないでしょうね」
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)