オンラインで取材に応じた熊谷社長。
オンラインでの取材を編集部キャプチャ(左)、GMO決算説明資料よりキャプチャ(右)
コロナ禍で一気に注目を浴びた「脱ハンコ」。
「脱ハンコ」は河野太郎行政改革担当大臣が2020年9月、「すぐにハンコをなくしたい」などと発言し、行政手続きから不要な押印を廃止するとして注目された。
しかし、河野氏が行革大臣に就任する5カ月前の2020年4月、すでに「さよなら印鑑」を掲げた企業がある。電子契約サービス「GMOサイン」を運営するGMOインターネットグループだ。
「GMOサイン」は、2019年12月には約3700社だった導入企業数を、2021年2月には43倍の16万社にまで増やし、導入企業数では国内1位を誇る。また2021年度の開発予算は当初よりもさらに7億円追加し、開発に関わる人員も3~4倍の100人規模に増員し、さらに攻勢をかける。
ニーズが急拡大する一方で、競争も激化する電子契約の可能性をどう感じているのか、また競合とどう戦っていくのか?GMOインターネットグループを率いる熊谷正寿社長に聞いた。
電子契約:契約書をインターネット上で交換し、電子署名することで書類でのやり取りが不要になる。契約書はクラウド上や企業のサーバーなどで保管される。電子契約であっても書面での契約であっても、法的には有効性は変わらないとされるが、日本の商慣習としてに契約書への押印を求める文化は根強い。
契約以外にも、社内での稟議書や経費の請求などでハンコを必要とする会社も多い。行政手続きでは、河野行革相が2020年11月、認め印が必要な約1万5000の手続きのうち、実印などが必要な83をのぞき99%の押印を廃止すると発表するなど脱ハンコの流れは進んでいる。
Twitter巧みに利用「SNSでの伝播は共感呼ぶ」
GMOインターネットグループでは、Twitterなどで次々と「脱ハンコ」を打ち出した。
Twitterを編集部キャプチャ
「私がインターネットに巡り合ったのは約27年前。その時にインターネットは多くの人の生活を豊かにし、世界を変えると感じた。電子印鑑にも同じ可能性を感じている」
「GMOサイン」を運営する、GMOインターネットのグループ会社「GMOグローバルサイン・ホールディングス」 では、2015年からすでに電子契約サービスを開始。しかし、利用が進むきっかけになったのがコロナだった。
GMOインターネットグループでは、2020年1月27日、当時の国内で働く社員ら4600人のうち、4000人について在宅勤務を指示した。コロナ禍での大規模な在宅勤務としては、他の企業に先駆けた決定だった
「在宅勤務中も出社せざるをえないパートナー(社員ら従業員)もいたが、理由はハンコのせいだった。そして、我々は電子契約のサービスを持っていた。やっと宝物に気が付いた」
政府が当初、「脱ハンコ」について消極的な姿勢を示していたことも、熊谷氏の原動力になった。
竹本直一元IT政策担当大臣が4月14日、押印するために出社している現状に関して「民間企業の問題だ」と発言したことを受け、4月15日には自身のTwitterで「決めました。GMOは印鑑を廃止します」と宣言した。
翌日の4月16日には、電子契約の一部のプランを1年間無償で提供することを発表。また17日にも、グループの「GMOクリック証券」 などで、顧客の手続きにおける印鑑の廃止を進めるとした。
「私のTwitterは約20万人フォロワーがいるが、SNSでの伝播は一番共感を得やすい。Twitterでは『捺印“痛”勤』という言葉を使ったが、ハンコを押すために出社する例は、うちも含めて日本中にあった。キャンペーンのコンセプトが正しかったので、多くの共感を呼んだ」
40倍に急成長「全然満足していない」
「GMOサイン」は契約企業数で国内シェア1位だが、契約送信数では弁護士ドットコムが運営する「クラウドサイン」が国内では1位。
出典:GMOインターネット2020年12月期決算説明資料
一連のキャンペーンを経て、2020年12月末までの導入企業数は、前年の3700件から、43倍の16万件に急増。しかし熊谷氏は「この数字には全然満足していない。こんなの伸びのうちに入らない」と言う。
「日本の企業の数は法人・事業所含めて約600万だが、日本の人口は1億2000万人。子供とお年寄りを除くと、7000万から8000万人。私達が見ている印鑑の未来は、1スマホに必ず1つ印鑑が入っているイメージ。法人だけを見ているのではない」
2020年12月期のGMOインターネットグループ決算説明資料では、今後のビジョンとして「スマホでハンコが押せる世界」、「すべての人にGMOサイン」という言葉がおどった。
「スーツを着て会社でハンコを押すのではなく、釣りをしながらでも、別荘からでも、空を飛びながらでもハンコを押せる。いつでもどこでもワンプッシュを目指す。
例えば私の例だと、これまで海外の事業者などとやり取りする時には 、外国郵便の書留を使い、時間も手間もお金もかかっていた。それが電子契約を使ったら、瞬間で終わるようになっている」
この春以降に開始するプロジェクトは、より電子契約が身近になるサービスとして、高い期待を寄せる。
「具体的には言えないが、契約数の増加は今までの比でない伸びになる」
激化する競争、どう戦う?
シリコンバレー初の電子契約サービス「ドキュサイン」も日本でのシェア拡大を目指す。
shutterstock
ただし、コロナ禍で利用者を増やしているのは他の電子契約サービスも同じだ。
契約送信数では日本1位の「クラウドサイン」では、2021年中に、マイナンバーカードによる本人認証サービスを開始。クラウドサインを運営する弁護士ドットコムと三井住友フィナンシャルグループが設立した合弁会社「SMBCクラウドサイン」では、SMBCが全国に持つ販売網を生かした営業を仕掛けている。
グローバルでのシェア1位を誇る「ドキュサイン」も日本向けのサービスを強化しており、日本法人の社員も2倍にするとしている。
競合がひしめく現状でGMOはどう戦うのか?
熊谷氏が強調する「強み」は、グループが有する開発力だ。GMOインターネットグループは、現在、インターネットインフラ事業から、インターネット金融事業、暗号資産事業など上場10社を含む100社で構成され、社員ら従業員は約6200人いる。
「パートナー(社員ら従業員)の50%をエンジニアで構成することを目標としている。現状でも数千人規模のエンジニアがいることが強みになっている」
GMOのもう一つの強みは、電子契約で本人確認の際に必要な「電子認証局」も運営していること。メールなどで認証するタイプの契約(事業者署名型)だけでなく、より厳格さが求められる契約(当事者署名型)にも対応できる電子契約サービスの両方を展開するのは、現在は国内ではGMOだけだ。
「競合他社がいるのは極めて健全だと思っている。1社しかない状況ならば、真剣にサービスに取り組まないのはどの産業も同じ。電子契約のサービスは、今までの人が使っていた時間やお金を節約するサービス。1分でも1秒でも早く広めることでみんなの役に立てる。皆で競うことで、世の中を良くしていきたい。とは言え、競争では我々が勝つ」
(文・横山耕太郎)