連載「プロティアン思考術」ではこれまで、この変化の時代にフレキシブルに適合しながら、自分らしいキャリアを形成していくうえで重要になるポイントについて、主に「個人」の視点から述べてきました。
今回は少し視点を変えて、プロティアンの知見から今、「組織」の側に求められていることについて考えていきたいと思います。
変わる必要があるのは組織も同じ
誤解される人が少なくないのですが、プロティアン・キャリア論は、自らのキャリアだけの成功を願う独りよがりのキャリア論では決してありません。プロティアン・キャリア論で重きが置かれているのは、「個人と組織の関係性」をより良くしていくことです。キャリア論の中でもプロティアン・キャリア論は、「関係論的アプローチ(relational approach)」として認識されています。
私がプロティアン・キャリア論に可能性を強く感じているのでは、この点にも関連しています。個人と組織の関係性にフォーカスするからこそ、プロティアン・キャリア形成は、組織内キャリアから自律型キャリアへのキャリアトランスフォームを促進させることができるのです。
変化の時代、変わらなければならないのは個人だけではない。
撮影:今村拓馬
さて、プロティアンの知見に基づくと、企業経営には今どんなことが求められているのでしょうか。
まず真っ先に取り組むべきは、組織内キャリアから自律型キャリアへ、戦略人事施策を展開することです。
コロナ禍でテレワークやハイブリッドワークがニューノーマルになりました。この新常態に誰もが慣れてきた今、確認すべきことは、コロナ前のオフィスワークの単なる代替ワークになっていないかどうかの検証です。
オフィスワークの業務を、ハイブリッドワークでも同じようにこなしているだけでは、企業の生産性や競争力をブーストさせることはできません。
今、考えるべきは、テレワークやハイブリッドワークのその先です。つまり、従来型のオフィスワークよりも生産性や競争力を上げていくには、何をしたらいいのか、そのための施策は何なのかを考え抜くこと。これを実践した先にあるのが、「プロティアン経営」とも呼ぶべき、変化の時代の組織のあり方です。
月2時間でもこれだけ拾える社員のリアルな声
これからの経営戦略や人事戦略を考える上で、社員が今抱えている業務課題に対するリアルな声は、非常に大切です。あなたの組織では、社員の声に耳を傾けられていますか?
大きな組織になればなるほど、メンバーシップ型からジョブ型へといった“大文字”の人事制度改革にフォーカスポイントが集中します。しかし、それらを「上」からドラスティックに実施するだけでは、個人と組織の関係性は良くなるどころか、悪化していくリスクもはらんでいます。
何が問題なのか。何が課題なのか。コロナの前とコロナの今、何が変わったのか。何が変わっていないのか。まずは、社員の声をヒアリングしていきましょう。
コロナ禍を経て働く人々の意識は大きく変わった。そのことを、企業はどのくらい把握できているだろうか。
撮影:今村拓馬
そのために、経営層や人事部、キャリアデザイン部門の方々にお勧めし、あるいは私自身も一緒に取り組んでいるのが「キャリア・ダイアローグ」です。
特に難しく考える必要はありません。お勧めなのは、月に2回、1時間でいいので、オンラインでキャリア・ダイアローグセッションを主催することです。たった1時間、月に2時間でもさまざまな状況を把握することができます。性別、年齢、職務、職位にかかわらず参加できるオンライン社員イベントです。
先日もある企業の依頼を受けて、キャリア・ダイアローグセッションのモデレーターを担当しました。1時間のセッションです。まず、私から10分弱で、これからのキャリア形成のポイントについてお伝えしました。
そのあとは、5人1組でグループに分かれます。各グループでのやりとりをスムーズに実施できるツールは、今のところZoomですね。この時もZoomのブレイクアウトルームを用いました。
最初のテーマは、「それぞれが感じている業務課題は何か」です。時間は12分。とにかく、それぞれのグループでたくさん出すことがルールです。1つの重大な業務課題ではなく、日頃課題と感じていることを、すべて書き出すようにするのです。
グループごとでいくつ書き出すことができるのか、内容を問わず数でカウントして、グループ対抗的なアクティビティにしました。
例えば、全体時間が1時間の中で、1つ目のワークに20分以上かけると、グループ間のバラツキが出ます。20分間集中して業務課題をたくさん書き上げるグループもあれば、途中で集中力が落ちるチームもあります。10分だと短いので、12分ぐらいがお勧めです。
各グループでまとめておいていただき、ブレイクアウト後は全体にシェア。すると、さまざまな課題が見えてきます。
ここから取り組むべき5つの課題を選定します。先日の取り組みでピックアップされたのは、次の5つでした。
- テレワークでメールコミュニケーションが増加し、業務を圧迫している
- 新入社員や中途社員とリアルなコミュニケーションが取れていない
- 所属部署以外の活動がまったく見えない
- 業務で分からないことなど、気軽な質問がしにくい
- これからのキャリアが不安だ
こうして出てきた業務課題を、出しっぱなしにしないこともポイントです。理想を言えば、そのキャリア・ダイアローグには、経営者や執行役員、人事責任者などに順番に参加してもらい、いかに解決していくのかを社員たちと一緒に考えていく機会にしていくことです。
私がモデレーターを務めたいくつかの企業では、人事施策の責任者にも参加してもらい、社員と直接、業務課題の解決に関するダイアローグをしてもらったことで、その後のビジネスパフォーマンスにも好循環が生まれています。
「せっかく課題が集まったのにそのまま放置」とならないよう、人事の責任者を巻き込むことも大切。
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業務課題の解決は、一つのテーマにすぎません。ここで私がキャリア・「ダイアローグ」と呼んでいるように、例えば「これからのキャリアの課題や不安」について話し合うのも有意義な機会となります。
テレワークやハイブリッドワークとなり、業務以外のことを気軽に相談する機会が減っています。そもそもコロナ以前も、職場でキャリアについて「わざわざ」話す機会は減っていましたが、コロナ禍の影響でそれがさらに少なくなっているのです。
だからこそ、これから働いていく上で、一番大切なそれぞれのキャリアのことをフラットに話せる時間を組織側がつくることに意味があるのです。
アジェンダを組織課題にも広げていく
業務課題、キャリア課題……などとキャリア・ダイアローグを重ねていったら、徐々に組織課題にも同じようにワークをしてみましょう。「生産性や競争力を上げるにはどうしたらいいか」「売上を伸ばすにはどうすべきか」——こうした問いに対して、部署という枠を超えて、向き合ってみてください。
部署の業務とは違う、キャリア・ダイアローグのテーマとして取り上げるからこそ、それぞれのリアルな声が聞けるものです。
月1回、もしくは月2回の実施とすることで、参加者は次のキャリア・ダイアローグまでに自らそれぞれができることに取り組んでいくようになります。課題への気づきが行動変容のきっかけにもなるのです。
さらに、これからのプロティアン経営として実現していきたいことの一つは、こうしたキャリア・ダイアローグをオープンな場にしていくことです。
もちろん、企業内情報等は慎重に扱うべきことですが、「これからの働き方」や「これからのキャリア形成」などのテーマは、複数の会社から社員が参加して語り合う機会にしていくことで、社内での当たり前のズレや、他社の取り組みにさまざまな気づきが生まれます。
ランチタイムに複数社から集まって、1時間のキャリア・ダイアローグを行う。
コロナ前の働き方では実現が難しかったであろうことも、コロナ禍の今の働き方なら、できない理由が見当たりません。実施を重ねながら、個人と組織のよりよい関係性を考え抜いていけばいいのです。
一つ言えることは、キャリア・ダイアローグを実施したからといって業績が悪化するようなことには絶対にならない、ということ。
個人と組織のよりよい関係を考え抜く機会を増やし、継続していくことで、いかなる問題にどう向き合い、解決していくべきなのかが見えてくるようになります。
プロティアン経営とは、このように個人と組織の関係性を重視しながら、組織が抱える具体的な問題に向き合い、解決していく実践的な一挙手一投足なのです。
(撮影・今村拓馬、編集・常盤亜由子、デザイン・星野美緒)
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を23社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD東京大学)。著書は『プロティアン』『ビジトレ』等25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組む。