新生Zホールディングスの代表取締役社長 Co-CEOの川邊健太郎氏(写真左)と代表取締役 Co-CEOの出澤剛氏。
撮影:竹井俊晴
ヤフーを傘下に持つZホールディングスとLINEの経営統合から1週間が経った。
最初の方針発表から、およそ1年4カ月。統合によって、Zホールディングスが抱えるユーザー規模は国内有数といえるものになった。3ブランドで重複があるとはいえこの数字は「日本のテックジャイアント」と呼ぶに十分なものだ。
- ヤフー:年間ログインユーザーID数 約8000万(2019年度時点)
- LINE:国内月間アクティブユーザー数 約8600万(2020年9月末時点)
- PayPay:アカウント登録者数 3500万人超(2021年1月4日時点)
2021年2月現在、日本の人口は約1億2562万人。つまり、ほとんどの日本国民がいずれかのサービスでアカウントを持っていることになる。
Zホールディングスはその巨大な影響力で、日本をどう変えていくのか。同社の共同最高経営責任者(Co-CEO)を務める川邊健太郎氏と出澤剛氏に聞く。
(インタビュー実施日:3月5日)
深い議論をはじめていくのは「まさに今週から」
3月1日、新生Zホールディングスの誕生を知らせる広告が各紙朝刊を飾った。
撮影:浜田敬子
—— 3月1日に経営統合の完了が発表されました。その後の反響をどう受け止めていますか。
出澤:全体的にはポジティブに受け止めていただいています。
もちろん、もっと具体的なことが知りたいという声をいただいています。まさに今週から色々なことを話し、深い議論をして決められるようになりました。これから両社のシナジーを出していきたいです。
川邊:3月1日の新聞広告を見てくださった方も多く、「決意はわかった」「応援もしたい」と。
戦略発表会ではLINE PayとPayPayの統合の話もあったので「いつから、どうなっていくのか」と聞かれることもありました。
我々としては、世の中から歓迎される統合にしたいと思って、一連のコミュニケーションをしています。非常に歓迎されると統合になったと、総括はしています。
「ネット屋がやる銀行業」にこだわる意味
撮影:竹井俊晴
—— 銀行業について。発表会では「LINE Bank構想」を続ける理由を「ネット屋がやる金融業」と話していました。もう少し具体的に聞かせてください。
川邊:銀行に限らず、FinTechサービスを充実させていきます。
大きな背景で言えば、日本の人口構造を考えたときに、だんだんと「お金を稼ぐ国」から「お金に働いてもらい、お金に稼いでもらう国」に変容していくでしょう。
そのときに、金融商品を誰もが簡単に使えるというユーザー体験が必要です。若い人でも高齢者でも同じですが、そこの敷居が高いと、金融の力を使って自分たちを豊かにすることは事実上できません。
既存の金融事業者や金融庁の金融行政を批判するわけではないですが、紙・はんこベースでやるサービスがあまりにも多い。若い人はそれに対する危機感もあり、高齢者もスマートフォンでやりたいという方は増えていると思います。
Zホールディングスが提供するサービスは幅広い。
出典:Zホールディングス
それ(高齢者のスマホシフト)はLINEの功績だと思います。
孫と会話をするためにLINEをやりたい、スマホをやりたいという高齢者は増えました。なので、ユーザー体験をネット屋である我々がつくりたい……という点を含んだものが「ネット屋のやる金融」となります。
行政のDX(デジタルトランスフォーメーション)にあるような、実際の紙とハンコのフォーマットをそのままホームページにした……というものではなく、ゼロベースでもう一度金融を自然に使ってもらうためにはどうしたいいかと考えました。
その一つの解が、ご紹介した「シナリオ金融」※です。
※シナリオ金融とは:
利用者が何らかの行動を起こす際に、必要だと感じる金融商品を適宜提案していくこと。例えば、旅行サイトの予約の際にキャンセル専用保険を、高価なものを買いたいときに個人向け少額ローンを提案するなど。
金融が浮いているわけではなく、何かのきっかけで金融を使いたいと思うのが自然です。
(Zホールディングスは)その何かのきっかけの方のサービスを多くやっているわけですから、ついでに金融も使える、ということをやっていきたい。
目指すのは、スマホユーザー視点の新しい銀行の設立
ユーザーのアクションに応じた金融商品を提案する「シナリオ金融」。
出典:Zホールディングス
出澤:お金・金融はすごく大事なものだからこそ、堅牢さや確からしさが重視されてきました。だから、インターネット技術の取り込みがあまりされていません。
スマホからやユーザー視点のアプローチで新しい価値が提供できるんじゃないか、というのがLINE Bankの基本構想になります。
おそらくシステム的にもモダンなつくり方になるでしょう。コロナ禍ではさまざまなものが「デジタルになったらいいな」と、提供社側だけではなく、ユーザーや社会全体が感じています。
そこに利便性をお届けできる。そういう意味で、(LINE Bankは)ジャパンネット銀行(4月5日からPayPay銀行)とは違う、コンセプトや強みのある銀行になっていくでしょう。
—— 銀行業のライセンス取得はお金も人も時間もかかります。既存のジャパンネット銀行の仕組みを生かして、LINE上で理想のユーザー体験を提供するのは難しいのでしょうか。
川邊:PayPay銀行は、PayPayの上で最も高いユーザー体験の提供を名前変更と同時にやっていこうとしています。
(PayPay銀行が)LINE上でそのようなユーザー体験をつくれるかどうかは、あまり検討したことがありません。
「PayPayユーザー」は倍増の7000万人規模をめざす考え
スマホ決済サービスのPayPay。
撮影:小林優多郎
—— 記者会見の発言では、マルチパートナー制をとっていくと。金融や通信分野は競合関係にシビアな印象があります。どのようにしてマルチパートナー制を実現していくのでしょうか。
川邊:PayPayはもともとマルチパートナー制を掲げていて、実現に向けて準備をしている最中です。
(既に)PayPayはお金をチャージするときに、全国の主要な銀行と接続をしています。接続先の銀行は単にチャージ先になるだけではなく、サービスをPayPay上でも提供できるようになります。
「PayPayが最新のユーザー体験を提供してくれるなら、そっちにもサービスを提供したい」とみなさん(編集注:接続先の銀行)が思っています。
ですから、我々としては(PayPayは)3500万ユーザーにとどまらず、その倍ぐらいにいきたいと考えています。
そうなると、数千万の人が使う社会の公器のようなサービスになる。それを独占するというのは、公共性にかなわないと思いますし、ユーザーの選択肢も減ってしまいます。PayPay上でサービス合戦をすることで、結果的にユーザーの満足度を高めていきたいです。
撮影:竹井俊晴
出澤:QRコード自体もまだまだ伸びるので、そうなると多くのユーザーに高い頻度で使ってもらえるようになります。そうなると、いろいろな金融サービスのニーズが出てきます。
自社グループのサービスだけではなく、多種多様なユーザーのニーズにあったサービスが、シナリオ金融の中でタイムリーにユーザーへ提案されていく。そういう点が共感している戦略です。
「LINEのヤフー化」に回答、両社のサービスを融合させていく
LINEアプリのサービス一覧に並ぶヤフーサービス(3月5日時点、ヤフートップにも出前館、LINE MUSICアイコンが並んでいる)。
撮影:小林優多郎
—— 今回の統合は「LINEのヤフー化」という印象を抱く面もあります。Yahoo! ショッピングとPayPayモールのように、仕組みや見せ方を変え、それぞれのサービスをそれぞれのプラットフォームに展開していくことは考えていますか。
川邊:今回発表した「ソーシャルコマース」は基本的にはそういうコンセプトです。
提供中のLINEギフトでは、どちらかと言えばデジタルの商品が多いです。一方で、リアルの品物を送りたいというニーズもユーザーにはあります。
それをLINE側が提供しようとすると、かなりのシステムをつくり込まないといけなくなります。ですがこの統合を経て、そういったEコマースの足回りはYahoo!ショッピングが担えるようになります。
コマース領域の3つの強化要素。
出典:Zホールディングス
Yahoo!ショッピングは木の幹みたいなもので、PayPayモールも促進された枝葉みたいなもの。同じような影響をLINEギフトにも出していきます。そのほかの「共同購入」や「ライブコマース」もそういうつくりにしていきたいです。
—— 既存のLINEユーザーも、自然にZホールディングス、ヤフーのサービスを使っていくようになる……と。
川邊:まったくそのイメージです。
実際には、これだけ多くのユーザーがいるサービス同士ですから、既に重複して使っていると思います。
ただ、今までは切磋琢磨する間柄だったので、ユーザー体験が完全に断絶していました。これからは、それを円滑にしていくのが当面の課題です。
ヤフー、LINE、PayPayの各ロイヤリティープログラムは何からの形で統合される。
出典:Zホールディングス
—— 会見ではロイヤリティープログラムの統一化についても触れていました。「PayPay STEP」でも「Yahoo!プレミアム」でも「LINEポイントクラブ」でもない、新しいものをつくるイメージでしょうか。
川邊:これからの検討になります。新しいものをつくるのか、既存のものにそれぞれが入っていくというやり方がいいのか。
アンケートなどを実施して、ユーザーが最も受け入れてくれるものを見定めていきます。現時点では“迷い”を与えてしまって恐縮ですが、それもキチンと統合される形になります。
DXが最も起きているのは「O2O領域」だ
—— 出澤さん、川邊さんがそれぞれ斬新だと感じるサービスはありますか。
出澤剛氏。
撮影:竹井俊晴
出澤:がんばるところでいうと、ベースのコマースを伸ばすこと、マーケティングソリューションを伸ばすことが優先度が一番高いです。
注力領域の中では、私個人としては「O2O・バーティカル」の部分が楽しみです。
とくに飲食店のみなさんは緊急事態宣言下、いろいろなデジタルシフトをしていくなかで、新しいビジネスモデルに変わっていくタイミングです。
両社の強みを掛け合わせた「情報」「決済」「コミュニケーション」というのを一つにまとめたマーケティングツールのような、お客様とのリレーションを構築する非常にパワフルなものをご提供できると考えています。
「出前館」が例になりますが、その延長線上にあるラストワンマイル配送みたいな部分を考えると、そこが一番革新的なDXが起こっていて、伸び代が非常に大きいです。
今までデジタルでリーチできずに便利にできなかった領域が交わっていきます。事業としての広がりも大きく、ユーザーの利益も大きいと言えるでしょう。
防災・減災の取り組みはAI領域としても挑戦の価値あり
川邊健太郎氏。
撮影:竹井俊晴
川邊:Eコマースで言えば、ソーシャルギフトですね。
すでにLINEギフトは大人気(編集注:2021年2月時点の累計利用者数は約1200万人)だが、そこをいかにヤフーの力でバラエティーに富んだものにして、もっといいコミュニケーションが生み出していけるのか楽しみにしています。
あと、防災・減災に関する取り組みは、両社とも力を入れてやってきています。共同開発した上で両サービスに提供していくということをやっています。
(防災・減災は)結構AIにも向いている分野だとも思います。予測をするだとか、パーソナライズして出すとか、AIが活躍できる最たる分野です。
我々が「インターネットカンパニー」から「AIテックカンパニー」になっていく中では、R&D(Research & Development、研究開発)的な要素も含めて、チャレンジする価値があると考えています。
2021年3月4日に発表された「防災速報」機能は、ヤフーとLINEによる防災分野で初の連携機能となった
出典:ヤフー/LINE
—— ヤフーもLINEもAIには力を入れてきました。AIの分野ではNAVERとの協業にも触れていましたが、そこも期待している部分ですか。
川邊:もちろんです。ヤフーの方は何かしらの“タイムマシン先”(お手本)を持って展開してきました。例えば、ポータルで言えば米国のYahoo!で、モバイル決済ではインドのPaytmです。
NAVERは韓国でテックジャイアントとしのぎを削ってポータルサイト1位になっています。我々にとっては未来のようなことをやっているので、そういう意味ではどんどん学んでいきたいです。
“ヤフーブランド”の卒業はあり得るか?
—— ヤフーブランドには海外で展開できない、ライセンス料が発生するという問題を抱えていますが、今後、海外展開も考えた上の成長戦略は。極端な話、「ヤフーと言う名前を変える」という可能性はありますか?
川邊:幸せなことですが、(「ヤフー」「LINE」「PayPay」で)3つのスーパーアプリを展開しうる可能性があると思っています。
LINEならコミュニケーションから発生する日常の物事、PayPayならお金から発生するさまざまな事、ヤフーなら情報収集・消費に端を発する形で、それぞれが軸足をはっきりさせていろいろできる。
ただ、LINEやPayPayという有力な選択肢ができる前は、LINEやPayPayが担うべきものまで、かなりヤフーアプリにごちゃ混ぜに入れようとしていた時期がありました。
ですが、それだと最も大事なユーザー体験が損なわれてしまいます。なので、ヤフー(アプリ)は情報収集・消費・意志決定に役に立てるようなアプリに純化していくようになります。
むしろ、情報収集以外のサービスで、グローバルに展開できそうなものがあれば、LINEの方に担ってもらうということはあるでしょう。
海外での取り組みはヤフーではなく、LINEやNAVER、ソフトバンクグループとの連携が行われていく。
出典:Zホールディングス
Eコマースはヤフーでかなり力を入れていて、Yahoo!ショッピングという名前でやってきています。名前を変えるつもりはありません。ですが、PayPayモールもがんばっているし、ZOZOなどの違う名前のEコマースもすでにあります。
やはり(ヤフーは)検索やニュースといった情報収集のものがかなりメインになってくるんじゃないかと思います。
出澤:(ヤフー、LINE、PayPayは)かなり明確に整理されています。情報の基点、決済の基点、コミュニケーションの基点。この3つの事業を持っている会社というのは、世界でも稀有だと思います。
それは幸せなことだし、逆に統合の1つの妙でもあります。がんばってそれぞれ伸ばしていきたいです。
(聞き手、文・小林優多郎 撮影・竹井俊晴)