2024年までに新卒採用に占める女性の割合を4〜5割にすると掲げて話題を呼んだ丸紅。トップ自らのメッセージとして発信した。
Reuters/Toru Hanai
大手総合商社の丸紅は2021年の年明け、2024年までに新卒総合職採用に占める女性の割合を4〜5割にすると掲げて話題を呼んだ。総合商社の総合職といえば「男性組織」で知られ、丸紅も女性社員比率は10%、女性管理職比率は6%台で雇用均等基本調査(2018)の女性管理職比率11.8%を下回る。
そんな商社の「新卒採用4〜5割を女性に」のアナウンスは驚きをもたらすと共に、SNS上では「むしろ逆差別では」「性別ではなく能力で選ぶべき」と、反発の声も上がった。
なぜ、数値目標を広く掲げる必要があったのか。「数合わせ」批判にはどう答えるか。2022年卒の就活も本格化する中、丸紅の採用担当者と識者への取材から、よくある疑問をひも解いてみたい。
Q 1.なぜあえて数を示したの?
新卒採用に占める「女性総合職比率を現状の20〜30%から3年以内に40〜50%」という数値目標がはっきりと示されたのは、2021年1月の柿木(かきのき)真澄社長の年頭あいさつだ。
ただし、実現のためには採用段階からのテコ入れが不可避だった。というのも、そもそも丸紅への入社エントリー(応募)自体に女性が少ないからだ。
丸紅人事部採用・人財開発課長の松尾麻記子さんは言う。
「2021年4月入社の新卒採用に占める女性の割合は3割。増やしてきてはいるのですが、このペースだと20年経っても(会社全体で)女性の割合は2割ぐらいです。
もっと女性を増やそうにも、そもそも丸紅にエントリー(応募)してくる学生の大学や理系学部自体に男性が多い。エントリーする学生の『母集団』に女性を増やさないことには、採用も増やせません。丸紅が女性を積極的に採用する意思があることを、広くお伝えする必要があると考えました」
それこそが社外に「数値目標」をアナウンスする理由だ。
こうした方針のベースにあるのは「危機感」だという。
「総合商社は何か特定の商品を作っているわけではなく、社会課題の解決こそが仕事です。男女比1:1の社会で、9割男性という同質性の高い組織がこれからの課題を解決できるのか?という危機感がまずありました」(松尾さん)
Q2.性別より「能力で選ぶべき」という声にどう答える?
一方でこうした施策は「能力で選ばず女性だから選ぶのか」という反発を呼びがちだ。
実際、社内外からも「性別より能力で選ぶべきでは」との声が上がり、就職活動をする男子学生からは「男性は入社しにくくなるのか」という質問も寄せられたそう。
これについて丸紅の回答は明快だ。
「実力のない人を女性だからと採用するような、ただの数合わせはしません。性別による能力差はないわけですから、母集団に女性を増やして実力ベースで採用すれば、自ずと女性の比率は増えます。男女比率が同じ母集団で、同じ基準で採用したときに、結果的に女性の比率が増えることを目指します」(採用・人財開発課長の松尾さん)。
むしろこれまで、母集団に女性が少ないことで「能力ある女性を採用する機会が失われていた」という考えだ。
Q3.商社は男性社会のイメージが強いけれど働きにくくない?
総合商社は男性中心組織で知られる。実際、大手総合商社で総合職に占める女性の割合は1〜2割となっている(写真はイメージです)。
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総合商社といえば連日の夜の会食や週末のゴルフ接待など、男性組織特有のカルチャーの根強いイメージがある。実際にそうした慣習を引きずる上司がいると、「女性半数」のハードルは高そうだ。
丸紅人事部企画課長の細川悟史さんは言う。
「近年、丸紅社内でも20〜30代は共働きが当たり前になり、コロナ禍でテレワークも増えました」
働き方そのものに変化が、すでに起きているという。
「夜の会食や週末ゴルフが当たり前で、子どもの学校行事にも出られない……という働き方もされてきました。しかし若い世代では、共働きで子どものお迎えに行く男性社員も多い。かつてのような働き方をしていては家庭が崩壊してしまいます。自ずと無理のない働き方に変わってきています」
Q4.海外駐在の多い組織でも回るの?
総合商社の総合職といえば、海外赴任は当たり前。家庭内で女性が家事育児の中心となりがちな今の日本社会では、子どものいる女性は海外勤務をしづらいのではないか。
総合職の半数が女性になった時、組織は回るのか。
「女性社員の駐在経験を出産前に積んだり、女性社員でも子どもを連れて海外赴任をしたりというケースはすでにあります。育児期を終えてまた海外駐在もできますし、すべての家庭が共働きというわけでもありません。社員の希望に応じた部分最適化が図れると考えています」
そう話す採用・人財開発課長の松尾さん自身もまもなく、子連れでシンガポールへの赴任が決まっているという。
Q5.実行の原動力となったのは……
社内外で戸惑いの声もある中で、今回の施策を掲げることができたのは、柿木社長自身が思い入れのある方針ということも大きい。
「女性の起用は社長の信念とも言えるもので、昨日今日始まった話ではない。このままでは日本はいつまでも変わらないぞと、ずっと以前から(柿木社長は)話していました」
人事部企画課長の細川さんは、6〜7年前にも、上司部下の関係にあった柿木氏と、この議論をしたことを覚えている。
また、柿木社長は就任後から積極的に開いてきた、社員との座談会の場(コロナ以降オンライン化)でも、たびたびメッセージを発信。
「いつまでも男性中心組織でいいのか、育児で女性にしかできないのは出産だけ。(男は仕事、女は家事育児というように)性別で役割を固定化するべきではないと、社員に対しても語りかけています」(人事部企画課長、細川さん)
ジェンダー不平等の解消には、トップのリーダーシップが大きなカギを握るのは間違いない。
Q6.差別される側への優遇は「逆差別」なの?
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丸紅の方針を識者はどう見るか。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングの主席研究員、矢島洋子さんは「ジェンダーや人種などで差別を受けている側に対し優遇措置をとることは、ポジティブ・アクションと呼ばれる取り組みで、逆差別にはなりません」と明言する。
「従来、長時間労働や男性の多い職場事情が背景にあって、子育てをしながら働きやすい環境が整っていないゆえに女性の離職も多かった。このため多くの企業では公正に採用できていないという課題がありました。そこを認識して働く環境を整備し、女性を積極的に採用していこうという動きは、不平等の是正であって逆差別ではありません。これは積極的改善措置として(男女の均等な機会確保の支障となっている事情を改善するため)男女雇用機会均等法で肯定されているのです」
また、矢島さんは「丸紅のように(『3年で新卒採用の4〜5割を女性』といったような)一定の達成すべき目標と期間の目安を示して実現に取り組む動きは、ポジティブアクションの一つでゴール&タイムテーブル方式と呼ばれ、各企業が始めています」と指摘する(※)。
Q7.女性の数を増やそうとするとなぜ反発は起きるのか?
矢島さんは「反発」の背景をこうみる。
「丸紅の取り組みは、男性組織のイメージの強い総合商社ということもあり、注目されたのかもしれませんが、不平等是正の取り組みは法律で定められ、各企業がすでに始めていること。それに対して『逆差別』といった反発が起こるのは、背景の考え方の説明が、一般に浸透していないためもある」
また矢島さんは「実際に女性も活躍できる環境整備は(仕事一筋といった)単線的なキャリアを望まない男性にも、多様な選択肢を広げることに他なりません」とも補った。
正規雇用は圧倒的に男性多い
厚生労働省の雇用均等基本調査(2019年)によると、正社員・正職員に占める女性の割合は25.7%で、およそ75%が男性で占められている。新卒学生を採用した企業で、総合職に「男女とも採用した」企業は52%で2社に1社。一方で「男性のみ」が32%、女性のみは15%だ(小数点切り捨て)。
若手の人材不足で、女性の採用を進める企業は増えているとはいえ、社会全体で見ると正規雇用は圧倒的に男性が多いのが現状だ。
「新卒採用に女性を増やす」という数値目標に対して、脊髄反射的に反発を覚える人は「そもそも長い間、正社員の採用は男性に偏ってきた」という前提に目を向ける必要がある。
「是正措置は逆差別にはなり得ない」という、法で保障された考え方に、向き合う時はとっくに来ている。
(文・滝川麻衣子)