両会と呼ばれる全人代と政協にはビジネスやスポーツ界の著名人も多く選出されている。
Reuters
中国の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)と全国政治協商会議(政協、国政への助言機関)が開幕した。
5年に一度改選される全人代・政協の代表には2013年にテンセント(騰訊)の馬化騰(ポニー・マー)CEO、バイドゥ(百度)の李彦宏(ロビン・リー)CEOが選出されたのを皮切りに、「IT大国」を目指す政府の意向を反映し、ネット大手のトップが増えている。中国政府がメガIT企業締め付けに転じ、「蜜月関係」に変化も見える中、テック起業家はコロナ後最初の政治の舞台で何を提言したのか。日本で知名度が高いテンセント、バイドゥ、そしてスマホ大手シャオミ(小米科技)のCEOにフォーカスし、紹介していく。
「デジタル経済は適切に管理監督されるべき」
2018年の政府イベントで、アリババのジャック・マー氏(右)の隣に座るテンセントの馬化騰CEO。
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2020年は中国メガテック企業にとって、分岐点となる年だった。2020年11月、アリババの金融子会社アント・グループが金融当局の横やりで上場延期に追い込まれたのを機に、中国政府は大きくなりすぎたプラットフォーマーの力を削ぐ方向に舵を切った。
さまざまな分野でアリババとしのぎを削るテンセントの馬CEOは全人代の代表でもある。同氏は、
「プラットフォームエコノミーには、各種の摩擦や混乱が発生している。インターネット企業、特にプラットフォーム企業は、テクノロジーを使って社会を良くするという理念を堅持すべきで、ルールや安全の軽視は許されない」
「イノベーションは適切な管理監督の下に置くべきだ。インターネットの外出支援サービス、貨物輸送サービスも安全を保障するために監督管理を受けるべきだ」
と言及、政府の方向性と足並みをそろえた。
デジタル経済、プラットフォームエコノミーの成長過程で生じる新たな問題について、
「政府、市場、社会、企業が力を合わせ、監督管理やガバナンスのあり方を革新し、企業は責任とルールに沿って成長していくべきだ」
という馬氏の主張は、実は「中国当局の規制を批判した」とされているアリババの創業者ジャック・マー氏とあまり変わらない。マー氏も、「社会や業界の成長につながる規制」は肯定し、「新しい試みをつぶす規制」をけん制したからだ。
ただ、テンセントCEOは、
「デジタルエコノミーに対する中国独自のガバナンスを整備し、その手法や知恵を世界に提供する」
と、グローバルにおける中国の影響力を高める将来像まで描いており、政府にとって耳当たりのいい内容になっている。当局に目を付けられないために、絶妙なバランス感覚を発揮したとも言える。
「スマート交通で低炭素社会実現」
バイドゥの李彦宏CEO(前列左)と談笑する元NBAバスケットプレイヤーの姚明氏(同右)も全人代の代表に選ばれている。
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低炭素社会の実現は、全人代で毎年主要トピックとして取り上げられる議題で、企業家からの提言も多い。
2021年1月、IT企業で初めて「カーボンニュートラルの実現に向けた行動計画」を発表したテンセントの馬CEOは、「国家公園法」「自然保護地法」を統一的に整備し、自然保護管理システムを構築するよう提言した。
数年前から自動運転プラットフォームの研究開発に投資し、2021年1月に自動車製造への参入を表明したバイドゥの李彦宏CEOは、「自動運転とスマート交通の普及」を提言する中で、
「交通は国民の関心が高く、低炭素社会実現のための重要分野でもある。AIや5Gなど新技術を駆使し、自動運転の商用化とスマート交通の普及を急ぎ、交通渋滞の緩和や温暖化ガス排出削減を実現する」
と宣言、法整備と地方政府、産業界、学術界が連携して制度整備を進めるよう求めた。
AI人材育成のカリキュラムと資格制度を
アメリカと並ぶIT大国に成長し、人工知能(AI)や5Gなど最先端技術でも世界的企業を輩出する中国だが、日本と同じく「人材不足」は喫緊の課題のようだ。
バイドゥの李彦宏CEOは中国国内ではAI人材を育てる教育が整備されておらず、人材需要に全く追いついていないと指摘。
「大学と企業が連携し、AI、ディープラーニング、自動運転の技術を身に着けるカリキュラムをつくり、レベルを証明する資格制度を創設すべき」
と提案した。李CEOは同時に、未成年がインターネットを介して犯罪に巻き込まれないよう、政府が中心となりサイバー安全教育のカリキュラムをつくり、初等・中等教育に組み込むことも提言している。
シャオミの雷軍CEOは、「スマートマニュファクチャリングの構築」と題した提言で、職業訓練や他業種からの転職などによって、スマートマニュファクチャリングの専門人材の不足を早急に埋めるべきだと主張した。
「高齢者+デジタルエコノミー」提言相次ぐ
2017年、北京で開かれた米中首脳の意見交換会に出席するシャオミの雷軍CEO(中央)。同氏はかつて全人代で日本の炊飯ジャーを絶賛したことがある。
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そして多くのテック経営者が注目したのは、高齢者のデジタル格差問題だ。中国民生部は2021年に始まる5カ年計画期間中に、60歳以上の人口が3億人を超えると予想し、介護施設など高齢者向けサービスの拡充を重要政策に位置づけている。
バイドゥの李CEOは「スマート高齢者施設コミュニティ」建設を提言。
「介護が必要な高齢者の90%が自宅、7%が居住地域が運営する介護施設でケアを受けているものの、必要十分なケアを提供できているのは財政と人手が豊富な一部コミュニティにとどまる」
とし、高齢者が多く、介護需要が高い地区を「スマート介護施設実証地点」に定め、AIスピーカーとウェアラブル端末を通じて見守りやケアを行うよう訴えた。
シャオミの雷CEOも、高齢者が使いやすいスマート技術の標準を整えるよう提言した。
レノボの楊元慶CEOは、高齢者のニーズに合うスマートデバイスの開発を奨励することや、消費者向けインターネットサービスをオフラインサービスと接続し、高齢者に抵抗なく使えるようにすることを求めた。
テンセントの馬CEOは、「インターネット」「農業」「高齢者」を結び付け、アグリテックの推進や農家に対するECビジネスなどのトレーニング、さらにデジタル化によって農村の子どもや独居高齢者の生活の質を高められると提言した。
中国の全人代代表・政協委員には中国EC2位のJD.com(京東集団)や著名ファンドのトップも名を連ね、メガIT企業経営者のオールスターが集うイベントとなっている。テンセントの馬CEOは2020年の全人代を持病の腰痛を理由に欠席しており、今年の全人代が2年ぶりの公の姿となった。
一方、中国で最も有名な起業家であろうジャック・マー氏は参加していない。同氏は2018年に共産党員であることが明らかになったが、2015年には「政府とは恋愛しなければならないが、結婚してはならない」と発言するなど、政治活動とは一線を引いている。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。