映画『花束みたいな恋をした』26億円突破のヒット。サブカル終焉の時代にみる、20代の生きづらさと経済格差

花束みたいな恋をした

(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会

1月の公開からすでに6週連続での1位を記録し、興行収入26億円を突破した映画『花束みたいな恋をした(はな恋)』。

異例のヒットの背景には「サブカル好き男女の恋愛」という物語を貫くテーマと、現代を生きる若者の生きづらさや経済格差がある。『はな恋』は、2020年代の「サブカル終焉の時代」を象徴する映画となるのだろうか。

「うっせぇわ」とはな恋に共通するもの

花束みたいな恋をした

自分の好きな音楽や本などが奇跡的に共通していた山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)。終電を逃したことをきっかけに二人は恋に落ちる。

(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会

『はな恋』は、菅田将暉と有村架純演じる、サブカル好きの男女(山音麦と八谷絹)が京王線の明大前駅で終電を逃したことをきっかけに出会い、恋をして別れるまでの5年間を描く。作中、2015年から2020年までに流行した作品がそのまま固有名詞で登場し、その「ニッチさ」も話題を集めた一因だ。

大室正志氏

「サブカル好き」として知られ、メディアにも登場している産業医の大室正志氏。

撮影:西山里緒

サブカル好きな主人公が登場する映画は、今までにも数多くあった。しかしこの映画は過去の「サブカル映画」とは明確に異なる、と語るのは、若者のメンタルヘルス問題に長年向き合ってきた産業医の大室正志氏だ。

そもそも日本における「サブカル」とは、権威的な上位文化(ハイカルチャー)を対比される欧米での「サブカルチャー」とニュアンスが異なる。

日本では階級との結び付きよりもむしろ趣味嗜好の問題として、歴史的にサブカルは「マジョリティには理解されないもの」として、親しまれてきた。

だからこそ大室氏曰く、かつては「サブカル好き」と、屈折した自意識(自信のなさ、コンプレックス)や他者に対するマウンティングはセットだったという。

しかし『はな恋』では、そうした自意識やマウンティングが周到に描かれていない。

物語の序盤、ヒロインの絹はこう心の中でつぶやく。

(私は)ひそやかに生きていて、興奮することなんてあるもんじゃない

そして出会いの場面では、押井守を知らなかったり、実写版『魔女の宅急便』が好きだと語る人たちに対して、無言で二人は目を合わせる。そこで彼らはあえて知識をひけらかしたり、相手をバカにしたりはしない。

思い出されるのは、同じく2021年のヒット作となった、女子高生シンガーAdoが歌う「うっせぇわ」だ。

ちっちゃな頃から優等生 気づいたら大人になっていた」というAメロから始まるこの曲は、大人=マジョリティに対する反抗心を歌う。しかし「私」も表面上は「模範人間」であり、上司に対しても従順な態度を取っていることが伺える。

共通するのは、マジョリティへ抵抗することの諦めと、そこに生じる「生きづらさ」だ。

4割が非正規雇用という「切実さ」

花束みたいな恋をした

二人は京王線調布駅から徒歩30分の部屋で同棲を始める。

(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会

ではなぜ、2010年代に生きる「サブカル好きの若者」は、表面上の社会への従順さを取り繕わなければならなくなったのか。劇中で描かれるもので印象深いのは、20代の若者を取り巻く貧困や経済格差のリアルだ。

2人は当初アルバイトで生計を立てるものの、イラストレーター志望の麦は、イラストの仕事を買い叩かれた(3カットあたり1000円)後、その仕事すらも1通のLINEで失う。

「2000年代以降は、サブカルよりも『今の時給いくら?』という切実な問題の方が大きくなってきてしまった。サブカル好きがいくらマウンティングを取っても、生活基盤の不安が解消されない。それだけ日本が安泰ではなくなったということ」(大室氏)

バブル崩壊後の1990年代以降、非正規労働者の割合は増え続けている。総務省の労働力調査(2020年)によると、今では全雇用労働者の4割弱が非正規雇用だ。若者層だけをみても、非正規雇用者割合は1990年から2014年にかけて2倍以上になっている(総務省統計局より)。

物語の中盤、麦はイラストレーターの夢を諦め、物流サービスの会社に就職する。

楽しく生きたいと訴える絹に対し、趣味よりも生活が大事だと返す麦。会話の根底には「サブカルが流行したのは、日本がむしろまだ豊かだったからこそだ」という残酷な現実が見え隠れしている。

ビジネスがカルチャー化した2010年代

イーロン・マスクと前澤友作

「月に行く」と宣言した元ZOZO創業者の前澤友作氏は、2010年代のロックスター?

画像:スタートトゥデイ

その後、長時間労働で疲弊した麦は、小説や映画を楽しむこともなくなり、代わりにビジネス書を手に取るようになる。本屋で立ち読むのは、ライブ配信サービス「SHOWROOM」創業者の前田裕二氏が書いた『人生の勝算』だ。

このシーンは2010年代の「ビジネスがカルチャー化した時代」を象徴している、と先述の大室氏はいう。

「(2010年代は)起業家が昔でいうロックスターのような人気を集めた。わかりやすいのが、ZOZOの前澤友作さんが『月に行くぞ!』と言ったこと。(スペースX創業者の)イーロン・マスクもそうですよね。そうした変化が表れてきたのが、ちょうど前田裕二さんが出てきた頃ではないでしょうか」

つまり2010年代は、他人に自慢できたり、まだ読んでいないの?とマウンティングを取れるような「カルチャー」の中身が、小説や映画、音楽などからビジネス書や自己啓発本に移っていった、ということだろう。

エヴァ終了の2021年、サブカルは終わるのか

2010年代の移ろいゆく「サブカル」の意味を丁寧に描き、ヒット作となった『はな恋』。

かつてオタク文化の批評家としても知られ『動物化するポストモダン』なども著した思想家の東浩紀氏は、2010年代にインターネットがもたらした功罪について、Business Insider Japanの取材にこう答えている

「(今の時代は)SNSでバズるとすぐにテレビで取り上げられ、大きな市場に取り込まれてしまうサイクルがあります。『オルタナティブ(社会の主流の価値観とは違うこと)がオルタナティブであり続ける時間』が極端に短くなっている

このオルタナティブを、サブカルと言い換えることもできるだろう。

奇しくもこの記事を書き上げる直前に、アニメ『エヴァンゲリオン』新劇場版の最終作が公開された。初日で興行収入は8億円を超え、早くも2021年を代表するヒット映画になるとの声も聞かれている。

サブカル好きの自意識が薄くなり、カルチャーとビジネスがこれまでになく近づき、かつて90年代サブカルを牽引する作品としてカルト的な人気を集めた『エヴァ』が終了した、2021年。

サブカルがサブカルであり続けられなくなった時代に、カルチャーの源泉はどこから生まれるのか。恋愛映画の『はな恋』は、観た人にそうした小さなわだかまりを残すのだ。

(文・西山里緒、取材協力・戸田彩香)

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