原発事故後の「帰還率1割台」浪江町長が語った揺るぎない決意。「避難者が帰りたくなる町」とは何か

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浪江町の吉田数博町長。2月2日、浪江町など福島県の3自治体と日産など8企業が締結した「福島県浜通り地域における新しいモビリティを活用したまちづくり連携協定」のプレスリリースより。

提供:日産自動車

私は2011年3月11日のことを絶対に忘れられません。浪江町の人々はあの日、多くのものを失いました。

東日本大震災は静かな金曜日の昼下がりに発生し、町は震度6強という経験したことのない揺れと、15メートルを超える津波に襲われました。沿岸部では600戸以上の住宅が飲み込まれ、町内全体で182人が亡くなりました。

試練はそれで終わりではありませんでした。私は(非常用電源を使って)翌日朝のテレビニュースを見て、福島第一原発の事故にともない10キロ圏内に避難指示が出ていることを知りました。約2万1000人の町民全員が着の身着のまま避難を余儀なくされたのです。

こういう困難のときに未来を想像するのは非常に難しく、誰もが失ったものへの悲しみにとらわれながら、毎日その日を暮らすだけで精一杯でした。避難後に町民の方々と話していて一番よく聞いたのは、以前の生活に戻りたいという切なる願いです。それは当然のことで、どうしても過去をふり返ってしまうその行為自体を、私は否定できません。

それでも、私たちは前に進む必要がありました。人間には自然災害をコントロールすることはできませんが、未来を形づくることはできるのです。

実際この10年間かけて、浪江町の人々はそれをやってのけました。まだまだ道半ばではありますが、ここまでの復活をなし遂げた町民の努力と忍耐を、私は誇りに思います。

浪江「水素タウン」構想

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浪江町の棚塩地区で稼働中の「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」。

提供:東芝エネルギーシステムズ

浪江町の未来は「水素エネルギー」にかかっています。福島県や政府の支援を受け、町ではいま日本のみならず世界でも最大級の水素製造プラントが稼働しています。

2017年、再生可能エネルギーを活用した水素システムの事業モデル構築プロジェクトについて、実施候補地を選定する公募が新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からあり、原発事故の苦しい経験から再エネ・新エネへの転換の必要性を痛感していた浪江町も応募、幸運なことに実証研究の場に選ばれました。

プロジェクトでは、使われなくなった沿岸部の土地(=東北電力の浪江・小高原発の旧建設予定地)を活用。太陽光発電の電力を用いて浪江町の水道水を電気分解し、水素を製造しています。

水素は容易に保存や輸送ができるクリーンなエネルギー源であり、自動車や飛行機、家庭や工場向けなど無限の可能性を秘めています。しかも、副生水素のように製造時に二酸化炭素(CO2)の排出をともなうものとは異なり、浪江町でつくるのは再生可能エネルギー由来のCO2フリー水素。世界からも高く評価されています。

2020年10月、菅首相が「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と述べ、いわゆる「ゼロエミッション」を宣言しました。

世界も同じ方向を目指しており、私たちの町はやはり正しい道を歩んでいるのだと励まされたのと同時に、浪江町は原発事故から立ち直り、世界をけん引する水素の町になれるのだと自信を持つことができました。

浪江町はいずれ日本のゼロエミッションの象徴となり、ここで開発された水素関連の技術が世界で役立てられる日が来ると信じています。

水素を軸に、持続性のある雇用市場をつくっていくため、「浪江水素タウン構想」を打ち出して革新的な企業も呼び込みました。東芝をはじめエネルギー技術の最先端を担う多くの企業と提携することにより、この構想を実現していきたい。

浪江が水素利用に関するイノベーションを披露する「水素ツーリズム」の中心となる未来もそう遠くないと考えています。

避難者が「帰りたい」と思う町に

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浪江町にある請戸川リバーラインの桜並木。2019年4月撮影。

提供:福島県観光物産交流協会

ただし、水素「だけ」で町の未来をつくり出せるわけではありません。

原発事故前に約2万1000人だった浪江町の人口は、「帰還困難区域」を除く区域で避難指示が解除された現在も1500人ほど。福島県内を中心に、町外で避難生活を続けている方々がまだたくさんいます。避難指示を解除できない地域もまだまだ多く、町は復興プロセスの真っただ中です。

2018年に町内に新しい学校「なみえ創成小・中学校」が開校し、長らくなかった子どもたちの楽しそうな声が響きわたったことは本当に喜ばしく、復興を加速する活性剤になったと思います。

私の目標は、最新のテクノロジーと伝統的な農業や漁業、自然の美しさを併せ持った、活気があり、成長性のある町をつくること。避難生活を余儀なくされている町民の皆さんが「帰りたい」と思う町をつくっていかなくてはならない。

先に触れた「浪江水素タウン構想」以外にも、先進的な企業との協力を通じてICT技術で一次産業の復興を推進し、地域の耕畜サイクルを確立させる計画も進むなど、町のにぎわいを生み出すためのさまざまな取り組みが行われています。

この1年間は、世界中のどの都市にとっても、大変厳しいものだったと思います。新型コロナウイルス感染症の大流行や、山火事などの自然災害……人間には容易にコントロールできないような出来事が、多くの方々の生活を変えました。

しかし、災害に未来の希望まで持っていかれないように、何とか踏みとどまりたい。いや、踏みとどまるだけでは足りない。東日本大震災にも同じことが言えますが、事故や災害が起きる前と同じ状態に戻すだけでは、イノベーションや成長の担い手となる若い世代を呼び込むことができないのです。

浪江町がまさにこの10年間で経験したように、困難な時期こそ、未来のより良い社会をつくるための長期的ビジョンを練りあげる絶好の機会だと私は考えるようにしています。浪江町がそうした未来づくりのモデルになれるよう、引き続き力を尽くしていきたいと思います。


吉田数博(よしだ・かずひろ):福島県浪江町長。福島県立小高工業高等学校卒業。平成9(1997)年、浪江町議会議員(21年2カ月)。平成21(2009)年、浪江町議会議長(6年)。平成30(2018)年8月に町長就任。就任以来、東日本大震災と福島第一原発の事故により被災したふるさとの復興に全力で取り組んできた。多くの事業が形になりつつあるなか、現在、「中心市街地の再生」「農林水産業の再生」「町内全域の避難指示解除への取り組み」「避難先の町民への支援」を重点施策として「持続可能なまちづくり」を推進している。

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