アップルにとって、パンデミックはむしろ追い風となった。高い期待を受けて登場した5G iPhoneはヒットし、初の自社チップを搭載したMacBookは高い評価を受けた。同社の時価総額は、アメリカ企業として史上初の2兆ドル(約200兆円)に達した。コロナの影響で世界中のアップルストアが閉鎖を余儀なくされたにもかかわらずこの成長ぶりだ。
しかし、カリフォルニア州クパチーノにあるアップル本社では、お祝いムードを味わう時間はない。同社の株主と顧客は既に、次はどうなるかに関心を寄せているからだ。特に、当社の売上の多くを占めるスマートフォンの市場が、コロナ禍以前から縮小傾向にあるからなおさらだ。
ティム・クックCEOは、約10年前にスティーブ・ジョブスからCEOの職を引き継いで以来、Apple WatchやAirPodsなどのウェアラブル製品をリリースし、イノベーターとしての才覚を発揮してきた。さらに、ストリーミング・ビデオや音楽といった成長著しいデジタルサービスにおいても、アップルは存在感を示してきた。
では、次の5年あるいは10年、クックCEOのもとでアップルはどんな展開を見せるのだろうか。
経験豊かな経営幹部が主要ポジションに就き、アップルは進化の新段階を目指している。それは、アップルにとっても決して容易ではない新たな挑戦となる。
複数の報道によれば、アップルにおいて、スマートグラスや折りたたみ型スマートフォンは既に開発段階にあるという。さらに、自動運転自動車の開発を手掛け始めたとも言われており、もしそれが本当なら、アップル史上、最も大きな事業上の賭けとなる。
Insiderは、重要な時期にあるアップルの今後を知るため、アナリスト、著名なテック・デザイナー、元アップル社員など、各分野の専門家を取材した。
デザインの方向性や技術そのもの以上に重視されるのは、iPhoneで実現したような大成功を再び実現できるか否かだという声もある。つまり、新たなガジェットをタイミングよくリリースし、次の時代における最強の地位を築けるか否かだ。その可能性のほどを見ていくとしよう。
新たなデジタル・デバイスは?
アップルがVR・ARヘッドセットを開発中という話は、長年噂にのぼり、報じられてもきた。そうした憶測に拍車をかけたのは、ブルームバーグによる報道だった。アップルが、洗練されたARグラスの先駆品となるVRヘッドセットの開発を計画していると報じたのだ。
ブルームバーグによると、従来のアップルのアプローチとは異なり、開発中のヘッドセットは、消費者向けというより開発者向けの製品らしい。この初期のヘッドセットは、ARやVRの可能性と魅力を広げる新たなアプリ開発を促す製品となるかもしれない。将来における、より洗練されたウェアラブル製品のリリースに向けて、だ。
開発者向け製品開発は、アップルにとって異例のアプローチだ。同時に、アップルのヘッドセットがヒットするか、あるいは失敗作に終わるかを決定づける重要なステップと言える。というのも、AR・VRヘッドセットは、フェイスブック、マイクロソフト、ソニーといった大手ライバルIT企業も手こずってきた分野だからだ。
IT情報調査会社インターナショナル・データ・コーポレーション(IDC)によると、世界のAR・VRデバイス市場は、2020年第3四半期まで5四半期連続して縮小し、総出荷数は56万9000台まで落ち込んだという。
もっともその主な要因は、ソニーとオキュラス(Oculus)が次世代製品リリースに向けての過渡期にある点だ。とはいえこの数字は、スマートフォンと比べると見劣りする。IDCによると、同時期のスマートフォン総出荷数は、3億5470万台にもなる。
Apple
テック専門ニュースサイトThe Informationの報道によると、アップルのヘッドセットは、手の動きを捉える十数個のカメラ、8Kディスプレイ、視線捕捉装置など、ハイテクなセンサーやディスプレイを搭載する予定だという。
アップルによるAR・VRへの参入は、Apple WatchやAirPodsなど他のウェアラブル・デバイスへの事業拡大に似ているという見方もある。これは、アップルに関する分析で高い評価を得ているブログニュース「Above Avalon」の創設者、ニール・サイバートの見解だ。サイバートはInsiderの取材に対し、次のように語った。
「アップルは伝統的に、既存の自社プロダクトを置き換えることを好まない。そうではなく、既存の自社プロダクトだけでは果たせない追加的な役割・機能を果たすプロダクト、選択肢を広げるプロダクトをリリースしてきた」
この戦略はこれまで奏功してきた。2種類のウェアラブル製品、Apple WatchとAirPodsの基本的なコンセプトは、iPhoneの機能の一部を、より持ち運びやすい形で担うことだ。この戦略によって、アップルは世界のウェアラブル市場を席捲してきた。ライバルと比べ後発となったにもかかわらず、市場を獲得してきたのだ。
デザインチームを率いる新世代リーダー
ARをはじめとする新分野への参入を推進するのは、アップルの名高いインダストリアルデザイン・スタジオを率いる新しいリーダーたちだ。
アップルを象徴するデザイナー、ジョニー・アイブは、iMacからiPhoneやApple Watchまで30年にわたって同社の成長を牽引するプロダクトのデザインを率いてきた。アップルの本社アップル・パーク・キャンパスも、彼がデザインしたものだ。
アイブは、アップル製品の舞台裏にあって最も著名な人物だ。めったに表に出て話をすることはないが、アップルの新製品に関心を持つ人なら、新製品紹介ビデオのナレーションを務めるアイブの声を聞いたことがあるだろう。
アップルの元デザイン責任者ジョニー・アイブとCEOのティム・クック
Justin Sullivan/Getty Images
そのアイブは、2019年にアップルを退社し、デザイン会社ラブ・フロム(LoveFrom)を立ち上げた。アップルは同社の顧客だ。
しかし、アップルがVR、AR、折りたたみ型スマートフォンといった新たなデジタルデバイスを模索する今、アップルの最も著名なデザイナーであったアイブは、もはや正式には同社の一員ではない。
アイブに代わってアップルの製品デザインを取り仕切るのは、長年同社に勤めてきた2人のデザイナー、インダストリアル・デザイン担当バイスプレジデント(VP)のエバンス・ハンキーと、ヒューマン・インターフェイス・デザイン担当VPのアラン・ダイだ。両名とも、アップルのジェフ・ウイリアムズCOO直属のデザイン責任者だ。
ダイは、長年にわたりアップルのデザイン分野を率いてきた一人だ。ブルームバーグによると、Apple Watchがリリースされた後の2015年頃、最高デザイン責任者(CDO)に昇進したアイブの後任として、ダイは当社デザインチームの実務責任者に任命された。
アップルで勤続10年以上のハンキーは、アップル在職中のアイブの右腕だった(ウォールストリートジャーナル報道)。製品デザインにおける多くの特許も取得している。
ハンキーは、極力スポットライトを避けてきた。メディアのインタビューを受けることもほとんどない。アップルの製品発表の際にも表に登場しない。
一方のダイは、Apple WatchやMacのソフトウェアといった同社製品に関する対外的コミュニケーションを頻繁に行っている。2020年のWWDC(アップルが毎年開催する開発者向けイベント)でプレゼンを担当した。2人は対照的だ。
元アップル社員のメイリー・コウのTwitter投稿によると、ハンキーは長年にわたり「S」を触発し続けたという。コウはTwitterに次のように投稿している。
「ID(インダストリアル・デザイン)チームと仕事をするなかで、エバンス(・ハンキー)は「S」の原動力となっていた。皆がそう感じていた。私自身も、彼女から触発を受けた」
製品開発プロセスをよく知る元アップル社員は、Insiderの取材に対し、結束の固いアップルのインダストリアルデザイン・チームが掲げる強力なビジョンは、おそらくハンキーによって形成された文化から生まれたものだ、と言う。
別の元アップル社員も、ハンキーは仕事に対してすさまじい集中力をもって取り組んでいたと語る。
アップルのデザインチームに衝撃を与えたのは、アイブの退職だけではない。デザインチームのベテラン4人も2019年にアップルを去ったのだ。
しかし、アイブをはじめとするベテラン社員の退職によって、アップルの新製品開発が滞るわけではない。ブルームバーグによれば、アイブは、正式に職を辞するずいぶん前から、アップルの実務上の第一線からは離れていたという。つまり、ハンキーやダイのような人材が、既に長年にわたりデザインチームを実質的に率いてきたわけだ。
サイバートの見解によれば、多くの人材の辞任によって、むしろアップルには新たな人材を採用する機会が生まれたともいえる。幼少期からiPhone時代を過ごしてきたデザイナーたちが、アップルの次世代を形成するかもしれない。
次世代iPhoneの行方
アップルは、折りたたみ型スマートフォンの実験中だ。競合他社もこの新技術に取り組んできたが、普及には成功していない。
ブルームバーグが2021年1月に報じた内容によると、アップルは既に折りたたみ型スマートフォンのプロトタイプ開発に成功したという。折りたたみ型スマートフォンは、アップルの最大のライバル企業サムスンも、モバイル製品戦略のカギととらえているものだ。
しかし、VRやAR同様、折りたたみ型スマートフォンに対する消費者の反応はあまり芳しくない。おそらく最大の要因は、従来のスマートフォンに比べて価格が大幅に高いことだ。
市場調査会社ガートナーの予想によれば、2023年において折りたたみ型スマートフォンがハイエンドなスマートフォン全体に占める割合は、5%にも届かないだろうという。
IT市場調査会社ストラテジック・アナリティックスの予想では、折りたたみ型スマートフォンの出荷数は、2025年にようやく1億台に到達する見通しという。
サムスンのGalaxy折りたたみ型スマートフォン。
Lisa Eadicicco/Business Insider
2000年代前半にノキアで8年間を過ごした後、調査会社アシムコ(Asymc)を創設し、今日同社のアナリストを兼任するホレス・デディウがInsiderの取材に対して語った内容によると、だからといって、アップルのような巨大企業が今すぐ折りたたみ型スマートフォンから撤退すべきではない、という。
実際、モトローラの折りたたみ型スマートフォン、Motrola Razrは人気を博している。従来のキャンディ型スマートフォンの方が、携帯利便性、効率性、耐用年数の点で優れているにもかかわらずだ。
IT系調査コンサルティング会社ムーア・インサイツ・アンド・ストラテジーの創業者兼主任アナリストであるパトリック・ムーアヘッドによると、新テクノロジーの小型化や、新たなデジタル・デバイス上でうまく機能するインターフェイスの開発において、アップルは優れたスキルを持っているという。
そのスキルは、折りたたみ型スマートフォンやARヘッドセットの開発においても、優位性を発揮するかもしれない。
VRヘッドセットであれ折りたたみ型スマートフォンであれ、あるいはアップルカーであれ、成否を決するのは2つの要素だ。1つ目は、アップルがこれらの市場に参入するタイミングの見極め。そのタイミングは、こうしたデバイスが普及し始める時期であり、かつ競合他社が参入して市場を支配する前でなければならない。
iPhone、iPod、iPad、Apple Watchについてはいいタイミングで参入した。だがスマートスピーカーについては後れをとった。アップルは、Siri機能を搭載したHomePodやHomePod Miniを販売しているものの、アマゾンのEchoに市場を支配されている。Echoは既に、スマートホームテックやバーチャル・アシスタントの代名詞となっている。
スマートフォン分野においては、2013~2014年頃、サムスンがアップルの支配地位を脅かした。スマートフォン市場が、大型化・低価格化に向かったからだ。この2つの方向性は、アップルに大きく先駆けて、Android搭載デバイスメーカーが取り組んでいた。
同時に、競合他社もアップル同様、デザインに投資面で力を入れ始めた。
そう語るのは、デザイン会社ニュー・ディール・デザインの社長兼主任デザイナーであるガディ・アミットだ。同社はグーグル、フィットビット、ポストメイツ、ベライゾンなど、多くのIT企業の製品デザインを手掛けてきた実績を持つ。
アミットはInsiderの取材に対し、次のように述べる。
「インダストリアル・デザインにおいて、アップルの支配的地位を脅かす要素は存在する。サムスン、グーグル、マイクロソフトの進化を無視することはできない」
とはいえ、何より重要なことは、折りたたみ型スマートフォンのような新たな分野におけるアップルの成功は、大きなイノベーションをもたらす新製品だけをリリースするという、当社の理念を貫くことからもたらされる。
それは、アップルのデザインチームおよび製品開発チームが、個々人ではなく、一体となって取り組むとき、初めて可能となる。前出のデディウは次のように語る。
「(アップルにおいて)本当に物事を推進するのは、システムとして動くチームだ。関与するメンバー個々人ではなく、彼(彼女)らが一致団結して推進する力だ。アップルがシステムとして達成することは、(アイブであれ)誰であれ、アップルの外に出た者にはとうてい比肩できるものではない」
(翻訳・住本時久、編集・常盤亜由子)