コロナ禍が始まった当初、リモートワークの普及によってオフィスの存在意義が問われる中で、オフィスビル業界が致命的な打撃を受けると予想されていた。
米ソフトウェア大手のセールスフォース(Salesforce)は2021年2月、「9時から5時までオフィスにいる時代は終わった」と宣言した。今後従業員には完全リモート、フレックス、オフィスベースの3つの選択肢を用意するという。
一方で、世界最大級の米建築事務所ゲンスラーは、オフィスに人を呼び戻す計画を立てている。彼らは世界最大規模のコンサルティング会社のうち、数社との打ち合わせを経て、コロナ後のオフィスのレンダリング画像を作成した。
そこでは、パーテーションで区切られたキュービクル型やオープンフロア型のオフィスではなく、デスクやPCのために使うスペースを減らしながら、人が物理的に同じ空間で働くことのメリットが強調されている。
ゲンスラーが実施した調査によると、自宅からのフルリモートで今後も働きたいと答えた人は約20%だったという。
米建築事務所大手ゲンスラー(Gensler)の共同CEO、ダイアン・ホスキンスとアンディ・コーエン。
Courtesy of Gensler
ゲンスラーのアンディ・コーエン共同CEOはInsiderの取材に対し、「オフィスは従業員たちをつなぎとめる接着剤としての役割を果たしています」と語る。
また、同じくゲンスラーのダイアン・ホスキンス共同CEOは、パンデミックに直面して「企業のリーダーたちは物理的オフィスの重要性を本当の意味で理解し始めている」と言う。さらに、「特に重大な変化は、ビジネスリーダーや企業のトップマネジメント層が物理的オフィスの重要性に『目覚めた』こと」と付け加える。
この1年でオフィスビル業界には抜本的かつ加速度的な変化が起きた。その中心にあるのが「フレキシビリティの概念」だとコーエンは言う。
「今では、いつでもどこでも、自宅でも仕事ができるという、オフィスの解放、オフィスの民主化、という考え方があります」(コーエン)
一方で、ホスキンスはオフィスの設計にフレキシビリティを持たせることは、「こう設計すれば万事うまくいく」というほど単純なことではないと言う。これは、ゲンスラーが行う顧客のコンサルティングを通して、ビジネスリーダーたちが企業のオフィスの将来を自分事として真剣に考えている「実態」を示している。
また、多忙を極める同社の研究チームによる調査では、リモートワークの人は「フォーカスモード(集中した状態)」で仕事をしている時間が長く、自宅で仕事に集中している状態は、オフィスで働いている状態よりも、実際に生産性が12%高いと分かった。
この調査結果は、ゲンスラーのコンサルタントやデザイナーが集中力を高めたり、物理的なオフィスに期待されるコラボレーションや社会的な活動に適した空間を設計したりするにはどうすればいいかを理解するうえで役に立つ。実際、ゲンスラーでは新しいアイデアを自分たちのオフィスに取り入れ、試している。
ゲンスラーのコーエンとホスキンスは、今後の物理的なオフィスの姿を示した7枚のレンダリング画像を見せてくれた。以降で、その画像とともに詳しく説明していこう。
1. オープンオフィスに着想を得た「エリア選択モデル」
Gensler
上の画像のオフィスは、その日の作業内容に合わせて「仕事のエリアを選べる」モデルだ。
リモートワークで分かった最も重要なことの1つは、例えばキッチンのテーブルなど、どんな場所でも同じように仕事ができてしまうことだ。これは逆説的に、オフィスに求められることを示す。
つまりオフィスには、集中して作業するための場所、仲間とブレインストーミングするための場所、正式な会議のための会議室と、それぞれ別々の空間が必要ということになる。
このように、ニーズに応じた空間作りという考え方自体は新しいものではない。しかし、最近では感染拡大の防止とリモートワークへの適応という観点から、このモデルのオフィスの導入が加速した。
「これまでのように1人1台のデスクではなく、1日の作業内容に応じて仕事の場所が変わるというコンセプトです」(コーエン)
上のレンダリング画像で言うと、集中した作業が必要な人のためのデスクが部屋の隅に6台、軽い打ち合わせ用スペースが数カ所、そして1対1の込み入った話もできるブースも1カ所用意されている。デスクの数よりも人の数の方が多い。これは、オフィスの設計は企業文化の表れでもあることを示している。
「このように働くエリアを選べる設計にすることで、その日の作業の種類に合わせて仕事の場所を選択できるようになります。これは非常に重要なことです」とコーエンは言う。
2. オフィスを企業文化とブランドの核に変える「フレキシブルモデル」
Gensler
現在のようなリモートワークと対面の仕事のハイブリッド時代には、コラボレーションの促進と企業文化の定義という物理的なオフィスの長所を活かす必要がある。
上の画像は、1つの会議室をブレインストーミング、集会、食事スペースと3つの目的を果たす空間に変えられることを示している。こうした環境は、カジュアルなスタイルで仕事を進め、クリエイティブなアイデアを生むために理想的な空間だ。コーエンは言う。
「多くの仕事は会議前後の1対1の会話や、情報やデータが人から人へと『ダウンロード』される過程で完結します。
そういったカジュアルな対話が今まさに欠けていて、すべてが非常にフォーマルになり、コラボレーションや何気ない情報交換の機会を逃しています」
3. 自宅とオフィスの間に“第3の場所”を確保する「ハブアンドスポークモデル」
Gensler
いま、ワークスペース業界で爆発的な話題になっているテーマのひとつがこの「ハブアンドスポークモデル」だ。このモデルは、本社(ハブ)は1カ所でも、各地の従業員との連携に対応できる小規模なサテライトオフィス(スポーク)を多数備えて運営するものだ。
ハブアンドスポークモデルを導入した場合、国内に分散しているスタッフにサテライトオフィスを提供することで、ハブである本社から離れた場所に住む従業員の通勤時間やウイルス感染リスクを軽減できる。
「本社でもなく自宅でもない第3の場所として、他の同僚と一緒に過ごせる安全な環境です」(コーエン)
4. 作業に集中したい時のための「会議室活用モデル」
Gensler
上の画像は、以前は会議・ブレインストーミング・イベントのみに利用していた会議室を、集中した作業とコラボレーションのために活用できるようにしたモデルだ。
こうしたフレキシブルなオフィスレイアウトのカギは、従業員がオフィス以外に望むものを希望に応じて選択できるように、さまざまなタイプのワークスペースを提供することだ。
5. キッチンを基点にカジュアルにつながれる「オフィス内キッチンモデル」
Gensler
上の画像のモデルは、キッチンがオフィスの中央に設置されており、まるで自宅のように同僚との意見交換や仕事、交流に便利な設計になっている。オフィスが会社の文化を発信・醸成する、情報の中心部としての役割を果たすようになる。
「この画像から分かることは、オフィスの中でここが従業員同士のつながりを持てる場所になるということです」(コーエン)
これは対面での人のつながりだけでなく、リモートワークの社員ともつながれる場所であることを意味する。
上のレンダリング画像では、スクリーンに映ったリモートワーク中の従業員とカジュアルな打ち合わせをしている様子が描かれている。一体感を持つための企業文化を育むには、リモートワークで出勤日数が少ない従業員をもオフィス内に取り込めるような設計にすることが非常に重要だ。
6. 若手従業員の学びに役立つ「キッチン基点のメンタリングモデル」
Gensler
若いデジタルネイティブ世代の従業員たちは、リモートワークには難なく適応できたかもしれない。だが深刻な問題も見えてきた。リモートワークでは、メンターから直接仕事を教わる機会や企業文化を肌で感じる機会がないのだ。
「もちろん、彼らはリモートワークに大いに不満を抱いています。研修、OJT、オリエンテーションなど、オフィスで働いている時なら受けられる指導を受けられないわけですから」(ホスキンス)
このモデルなら、オフィス内キッチンを基点にしてカジュアルな打ち合わせがふとしたきっかけで始まり、キャリアの浅い従業員が経験を積むのに役立つ。
7. 従業員の健康と安全に配慮した「接触防止モデル」
Gensler
オフィスに従業員が戻ってくるために欠かせないのが、健康と安全の確保だ。これらを将来のオフィス設計に織り込む必要性は言うまでもない。そこには、1918年に発生したスペイン風邪の大流行の教訓も生かされている。
「1918年のパンデミック後も、富裕層の間では感染症対策の一環として、リビングルームなどに洗面台を設置することが流行りました」(ホスキンス)
現代でも同じことが起きており、高性能の空気清浄機や空気モニタリング装置の設置、タッチレスドアやアクセスコントロールシステムの導入、さらにはオフィス内への洗面所の設置などの対策がとられている。
タッチレスアクセスコントロール技術が用いられたエレベーターには、顔認証を利用して、ボタンを押さずに従業員を勤務階まで運ぶ機能まであるという。
接触防止以外の感染症対策としては、換気と空気のろ過も重要だ。コーエンによると、これまでの「密閉されたビル」に比べ、外気を取り入れられるような開閉可能な窓が大きなトレンドになっているという。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子、小倉宏弥)