今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても、平易に読み通せます。
東日本大震災から10年。あの出来事をきっかけに日本の社会は大きく変わりました。そこで今回は、この10年の間に起きた変化を、経営理論を交えながら入山先生に考察していただきます。
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東日本大震災で「弱いつながり」の強さを実感
こんにちは、入山章栄です。
この記事が公開されるのは2021年3月11日。東日本大震災からちょうど10年が経ちました。この連載を読んでくださっている皆さんの多くも、10年前はとても大変な経験をされたと思います。
僕はというと、震災当時はアメリカ・ニューヨーク州のバッファローという街に住んでいました。
朝起きたら妻が、「日本が大変なことになっている!」と言う。焦ってテレビをつけたら、巨大な津波が東北沿岸の町を飲み込んでいる映像が流れてきました。それを見たとき僕は、正直なところ「日本は終わる……」と思いました。その後は焦りながらインターネットで情報を必死に集めた記憶があります。
そのとき実感したのが、「弱いつながりの強さ」という経営理論です。
人のつながりには、強いつながりと弱いつながりがあります。強いつながりとはすごく仲のいい濃密な親友関係のこと。弱いつながりは「ただの知り合い」のような関係です。
みなさん、このどちらがいいと思いますか? 普通は、強いつながりだと思う方が多いのではないでしょうか。強いつながりは親友だったりするので、自分を助けてくれますからね。
しかし実は、弱いつながりの方がいいこともあるのです。そして特にこれが、大地震直後のような不確実性の高いときに役立ったと僕は考えています。
そのメカニズムを説明しましょう。強いつながりすなわち親友は、ただの知り合いよりも頼りになる印象です。でも親友同士は「クローズドネットワーク」といって、濃密だけれども閉じた関係になりやすいのです。
直感的に言えば、親友というのはたいてい、年齢、性別、学歴、趣味嗜好などが似ている者同士がなりやすい。だから、親友同士でつながりがちになり、そうでない他者とはつながりにくくなります。結果、離れた他者からの情報が入ってこないのです。
それに対して弱い結びつきを持つと、いろいろな人と直接・間接につながれます。弱いつながりは簡単につくれるので、知り合いの輪を遠くまで広げていける。そこには、気は合わないかもしれないけれど、いろいろな人がいるがゆえに、遠くの幅広い情報が入ってくるのです。
したがって、強いつながりと弱いつながりの違いは、「どのような情報を得たいか」に依存するのです。もし友人同士の深く狭い情報が欲しいなら、強いつながりが有効です。でも、遠くの幅広い知を瞬時に得るためには、実は弱いつながりをたくさん持っているほうがいい。これは海外の経営学ではStrength of weak ties(弱いつながりの強さ)という名前でよく知られていることです。詳しくは拙著『世界標準の経営理論』を読んでみてください。
強いmixiより、弱いTwitter
震災があった10年前、僕はちょうどmixiにハマっていました。mixiで交流するには「マイミク(マイミクシィ)」という間柄になる必要がありますが、それには互いの承認が必要です。加えて、そこには共通の趣味を持つ人たちとのコミュニティがあります。mixiはSNSの中でも、特に濃くて深い情報交換をする場なのです。
2004年にサービスを開始したmixiはSNSのさきがけ。マイミク同士で共通の趣味や関心事について語り合う「コミュ」が特徴のひとつだ(写真は同社創業者の笠原健治氏。2008年撮影)。
REUTERS/Yuriko Nakao
実際、僕はアメリカのピッツバーグ・スティーラーズというアメリカンフットボールチームの大ファンなのですが、mixiの「スティーラーズ・コミュ」で日本のスティーラーズファンたちとディープな情報交換をしていました。
一方で、ちょうどそのころ台頭してきたTwitterも始めていました。Twitterは一方通行かもしれないけど、誰でも簡単にフォローできますよね。ということは、Twitterのほうが弱いつながりに近いのです。実際、僕も面識はないけれど日本の経済学者やさまざまな有識者などを多くフォローして、彼ら彼女らと浅く交流したりもしていました。
そして東日本震災が起きたとき、あの大混乱の中で圧倒的に役立ったのはTwitterだったのです。Twitterから「いま、こんなことが起きている」という情報が瞬時にどんどん流れてくる。
その中には当然デマやガセネタもあります。でも、即時性の高い情報が瞬時に大量に入ってくるし、それをリツイートすることで一気に拡散できる。だから震災の直後はmixiよりもTwitterのほうが圧倒的によく使われた記憶があります。
震災は若者の目を社会へと向けさせた
BIJ編集部・常盤
私もあのときはTwitterの、「ボランティアを探しています」とか「どこそこ体育館で避難物資を配布しています」というような情報が非常に頼りになったことを覚えています。
ところで、当時日本にいなかった入山先生からご覧になって、震災後の10年で日本が変わったと思うところはありますか?
そうですね。まずは、若い方の意識が変わり、社会に貢献したいと考える人が増えたと思います。
ミレニアル世代のような若い方々は、震災の前から景気が悪く、将来に希望が持てなかった世代です。そこへあの大震災が起きて、自分たちの生きる意味について真剣に考えるようになり、東北でボランティアや復興支援を始めた人が多かった。
その後もずっと東北で活動している人もいて、いま東北には面白い社会起業家が大勢います。いわば漁師のベンチャーのような「フィッシャーマンズ・ジャパン」、宮城県女川町の特定非営利活動法人「アスヘノキボウ」、御手洗端子さんの「気仙沼ニッティング」などはその代表ですよね。
また僕の友人の山崎繭加さんは、ハーバード・ビジネススクールのアシスタントディレクターだった人です。その頃同校は、そのエリート学生たちを世界のいろいろな場所へ連れていき、現地の人たちと交流する「フィールド」という取り組みを始めた。そのなかでも一番うまくいったプロジェクトが、山崎さんがハーバード・ビジネススクールの竹内弘高教授とともに行った日本の東北プロジェクトなのだそうです。
それも、東北で社会問題を乗り越えようとする若者たちと、ハーバードの学生という交流があったからです。
同族企業のほうが社会貢献に熱心な理由
とはいえ、もちろん社会貢献をしているのは一部の若者だけではありません。大手企業も社会貢献に熱心なところは多くあります。ただし問題は、している会社としていない会社で、濃淡が出てきていることではないでしょうか。
僕はロート製薬という会社の社外取締役を務めていますが、僕が初めてロート製薬に興味を持ったのも、実は東日本大震災がきっかけでした。
ロート製薬では震災が起きて1週間も経たないうちに、役員の報酬を一時的に大幅に減らして、それを原資に震災遺児たちが大学を卒業するまでの学費をサポートする「みちのく未来基金」を立ち上げた。このことに非常に感銘を受け、強い印象を持っていたのです。そして日本に帰って「ロートってすごい会社だよね」という話をあちこちでしていたら、現会長の山田邦雄さんと知己を得て、社外取締役になってしまったというわけです。
ところで、「みちのく未来基金」はロート製薬1社だけでなく、他にもカルビーとユニ・チャームが立ち上げに加わりました。この3社には共通点があります。何だと思いますか?
それは同族企業ということです。当時のカルビーは松本晃さんという名経営者が社長を務めていましたが、株は創業家の松尾家が持っています。ユニチャームは創業家の高原さんが経営されています。
この連載の第31回でも触れましたが、同族企業にはネガティブなイメージもありますが、実は上場企業の同族は利益率も成長率も高い。なぜならいわゆる「雇われ社長」は自分が社長を務める2年2期、3年2期のことしか考えないけれど、同族企業は子どもや孫の代のことまで、数十年先までの未来を本気で考えているからです。つまり長期的視点がある。
だから失敗を恐れずに、いろいろなチャレンジをするので、イノベーションも起こせるし、社会全体をよくすることにも関心がある。社会が安定してみんなが豊かな生活を送っていなければ、自社の商売も成り立たないですからね。だからいわゆるSDGs的な発想を、そもそも持っている企業が多いのです。
改めてさきほどの常盤さんの、「この10年で日本は変わりましたか」という問いかけに答えると、答えは「イエス」です。ただし、変わったのは「このままではいけない」という当事者意識を持っている人が中心です。その代表は、この先何十年もこの国で生きていかなければいけない若者たちと、そして遠い未来のことを考えられる同族企業なのです。
逆に言うと、社長が2年や3年で入れ替わるような日本のよくある大手企業は、はっきり言うと、それほど変わっていない印象です。どうすればより多くの人に当事者意識を持ってもらうか。今年の3.11は、それを考える日にしたいと思います。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。