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「復興のためでは全くありません」釜石の企業に新卒入社した24歳が被災地で働くブレない理由

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釜石で働く山口俊貴さん。会社は釜石港から車で数分の位置にある。

撮影:横山耕太郎

佐賀県出身の山口俊貴さん(24)は2019年4月、過去に1度しか行ったことのない岩手県釜石市の企業に新卒入社した。

山口さんは佐賀県で生まれ育ち、大学は山口県にある下関市立大学。就職活動では東京のベンチャー企業を志望していたが、釜石には縁もゆかりもなかった。

「復興を支援するために釜石に来たわけでは全くない。夢をかなえるために就職先を選び、その場所が被災地だったというだけです」

そう話す山口さん。

東日本大震災の発生から10年。24歳の社会人2年目は、なぜ突如として釜石で働く道を選んだのか?

いきなり言われた「うちに来れば起業家になれる」

山口さんが勤務しているのは、釜石でお弁当の製造や宅配事業を行っている食品会社、maruwa mart(マルワマート)。創業は1984年、社員数30人の中小企業だ。

山口さんが同社の存在を知ったのは、就職活動を控えた大学3年の春休み。復興庁が主催する「復興・創生インターン」に参加し、マルワマートで1カ月半、働くことになったのがきっかけだった。

「復興・創生インターン」という、名称から目的がはっきり見てとれるインターンだが、山口さんがそこに参加した理由は「実は復興とは無関係だった」という。

「都内の食品関連のベンチャーに就職したいと思っていて、食品を扱う企業でのインターン経験があれば効果的だと考えました。言葉を選ばずに言うと、就活の踏み台するつもりだった」

「ここで就職するべきだ」

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釜石市役所に掲示された津波の到達地点を示すプレート。釜石市は最大20メートル超える津波に襲われた。

撮影:横山耕太郎

山口さんが初めて釜石市を訪れたのは2018年2月。震災から7年が経過し、一見した限りでは震災の影響を感じることはほとんどなかったという。

インターン期間中は、大学生ながら、マルワマート社長の小澤伸之助さん(44)と毎日、新規事業について話し合った。

山口さんが働きたいと思っていた都内のベンチャーとは全く違う雰囲気だったが、社長との距離の近さ、若手人材への期待を感じ、これまでの「地方の中小企業」イメージは大きく変わった。

「社長と一緒にご飯を食べたとき、『山口君はここに就職するべきだ。うちにくれば君が目指している起業家になれる』と言われたんです。インターンに来てたった数週間なのに。

そのときはとにかく都内のベンチャーに行きたい気持ちが強かったので、正直『社長は何を言っているんだ』と思っていましたけど」

大手アパレル企業「1ミリも心に響かなかった」

インターンを終え、大学4年生になると就職活動が本格化した。

大学のある山口と東京を往復しつつ、もともと希望していた農業関連のベンチャー企業や大手アパレル企業の面接を受けるうち、「東京で就職して経験を積む以外の道もあるかもしれない」と思うようになったという。

「東京の大手ファッション企業の面接をよく覚えているのですが、社員のプレゼンは素晴らしかった。事業説明や今後の展開、社員のキャリアパス、福利厚生など、スムーズに説明され、プレゼンとしてはきっと100点満点だった。なのに、1ミリも心が動かなかった」

第一志望だったベンチャー企業の感触はよく、選考も順調に進んでいったが、「釜石に来れば起業家になれる」という小澤社長の言葉が頭を離れなかったという。

60人中、55人の友人から止められる

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東日本大震災で大きな被害を受けた釜石港。2021年3月10日撮影。

撮影:横山耕太郎

釜石を出てからの3カ月間、山口さんは悩み続けた。

「釜石で働いてみようか」という思いは強かったが、1カ月暮らしただけの地方都市で働く覚悟は、すぐには固まらなかった。

「友人60人くらいに相談すると、55人からは『意味が分からない』と言われ、佐賀に住む家族にも反対された。家族にとっては、岩手の沿岸は震災の津波のイメージが強かったようで、『お前は地獄に行くのか』とまで言われました」

しかしその頃、東京のベンチャーよりも釜石で経験を積むほうが成長できるという確信が、すでに山口さんの心の中に生まれていた。

「自分にとって何が必要かと考えたとき、『人から必要とされることが大事だな』と思った。社長の言葉は、ほんとはお世辞だったかもしれないけれど、真に受けることにしました」

最終的には家族も、釜石行きを理解してくれた。

2019年4月にマルワマートに就職した山口さんは、支店がある盛岡市で1年間勤務し、2020年10月には釜石の本社に移った。

現在は弁当製造の現場リーダーとして、週に何日かは朝4時に出勤。午後は会社の戦略会議にも参加。社会人としての生活はまだ2年だが、事業の休止や縮小を担当する立場も任され、人件費の削減なども担当した。現在は新規事業の準備にも関わる。

新卒の若手が任された人件費削減

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マルワマートの小澤社長(左)と話し合う山口さん。

撮影:横山耕太郎

「社長の右腕になって、新規事業に挑戦する社員が必要だとずっと思っていた。同じように考えている地方の経営者は多い」

山口さんを採用したマルワマート社長の小澤さんはそう話す。

釜石で自動車学校やタクシー会社など計7社の社長を務めている小澤さんだが、新規事業の担当者を探していたときに、大学生だった山口さんと出会った。

「インターンシップで来てくれたときに、自分で事業を拡大したいという気持ちを強く感じた。それなら、ぜひここで挑戦してもらおうと。 大企業に比べたら、ウチのような中小企業の生産性は低い。でも、だからこそ改善の余地があるし、自分で変えていける可能性がある」

被災地に就職する学生を増やす取り組みは、少しずつ進んでいる。

NPO法人アスヘノキボウが運営するプロジェクト「ベンチャーフォージャパン」では、2019年から、被災地で新卒人材を募集している企業と、就活生をマッチングさせる取り組みを続けている。

これまでに4人が岩手県や宮城県の企業に就職しており、2021年4月から始める3期生は5人が内定。現在は4期生の募集を始めている。

このプロジェクトを立ち上げたのは、リクルート出身で震災後に女川町に移住した小松洋介さん。小松さんは「今こそ被災地で働く意味は大きい」と話す。

「これまでの10年は街の整備や産業の再生が進んだ。被災地でのこれからの10年は、街が発展できるかできないかのフェーズ。そこで絶対に必要なのは人材。新卒で飛び込む価値のある企業はたくさんある」(小松さん)

釜石にはこだわらない

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撮影:横山耕太郎

山口さんは、釜石に飛び込んだことに後悔はないと話す。

「夜9時に寝ることになる新生活は、就活のときに考えていた東京での暮らしとは全然違いますが」

山口さんは当初、数年働いたら釜石を離れようと思っていたが、「今はもう少し会社に残ることに決めた」という。

「これからもっと新規事業に挑戦したい。起業家になるという目標を達成するためには、住む場所はどこでもいいし、絶対に釜石に住み続けようと決めているわけでもない。でも釜石は、安くておいしいご飯を食べられるし、気に入っています」

(文・横山耕太郎

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