地球温暖化は全世界に影響を及ぼすが、一部の国、特にインドは他国に比べ失うものが多い。対照的に、アラスカ、カナダ北部、シベリアなどは、氷冠が溶けて海面が上昇することで、少なくとも経済的観点で見ると得をする。
プリンストン大学研究者らのワーキングペーパーによると、熱帯の一部では、今世紀末までに最大15%の厚生損失(ここでは、地球温暖化と気候変動による経済福祉・社会福祉の減少を意味する)があるという。一方で、寒帯の一部は恩恵を受ける側になるかもしれない。
気候変動の影響は、国によって異なるだけでなく、一国内でも大きく偏る。インド準備銀行(RBI)が2020年4月に公表した報告書によると、パンジャブ州やビハール州などの農業地域は、他の地域よりも地球温暖化の影響を強く受けるという。
本稿では、世界のどの地域が地球温暖化で得をし、どの地域が損失を被りそうかを見ていこう。
南アメリカ、アフリカ、インド、オーストラリアの熱帯では、15%の厚生損失が発生する見込み
高温の中で作業するマディヤ・プラデシュ州の労働者。
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プリンストン大の報告書によると、緯度30度以南にあるほぼすべての地域の生産性に影響を及ぼすという。
その結果、南アメリカ、アフリカ、インド、オーストラリアの熱帯では、15%の厚生損失が発生すると見込まれている。
アラスカ、カナダ、シベリアなどの寒帯では、14%もの厚生水準上昇がありうる
アラスカ州ランゲル山地上空の雲。
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逆にアラスカ、カナダ、シベリアの寒帯では、厚生水準が14%も上昇する可能性がある。
しかし、これら一部地域で経済的観点から見た厚生水準が上昇するからといって、地球全体での環境損失があっていいはずがない。他の地域ではイノベーション、貿易、移住に関わるコストが上昇することになるからだ。
寒帯では経済活動が上向くだろうが、その代償として氷冠の融解や深刻な山火事が発生する
2020年冬、ロシアでは平年以上に乾燥。その後の気温上昇によりシベリアと極東地域では森林火災が発生した。
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2020年5月の衛星画像には、シベリアの火災発生件数が前年比で10倍悪化した様子が写し出されている。
アラスカではゾンビ火災(地表の炎が下火になった後も地下で燃え続ける火)が、これまで以上に二酸化炭素を放出すると科学者らは見ている。こうした火は、過酷な冬や暑い夏の間、姿を隠してくすぶり続けている。
山火事とその後発生する煙を追跡しているコペルニクス気候変動サービス(CAMS)の観測では、シベリア、ロシア、グリーンランドが記録的な量の二酸化炭素を大気に放出している。
世界は厚生水準で平均6%損失すると見られる
アフリカの一部など、熱帯は地球温暖化の矢面に立たされ続けることになりそうだ。
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地球温暖化により世界全体では厚生水準で平均6%損失すると見られている。だが正確なところは、林業からの炭素排出量や、温室効果ガスに含まれる炭素以外の排出量などの年間割引率によって決まる。
不確実性を考慮すると、厚生損失の世界平均は12〜20%にもなる可能性がある。だが、この不確実性が影響を及ぼすのは世界平均に限った話であり、損失の相対分布はほぼ変わらない。
要するに、損をするのは相変わらず熱帯で、寒冷地域は何かしら得をするということだ。
生産性は暑い地域ほど低下し、涼しい地域ほど上がる
2020年、猛暑に見舞われるインドの首都ニューデリーで、リキシャ引きはマスクをして頭を覆っていた。
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地球温暖化の影響を受けて生産性はどう変化するかというと、暑い地域ほど大幅に低下し、涼しい地域ほど上がるだろう。
生産性がどの程度下がるかは、出生率、移住コスト、貿易網のほか、地域特性によっても異なる。
先述したプリンストン大の報告書によると、ブラジル、中東、インド、オーストラリアの一部地域では、生産性は60%も低下するという。
一方、アラスカ、カナダ北部、グリーンランド、ロシア北部の一部地域では、地球温暖化がまったくなかった場合と比べて生産性が2倍になる。
地球温暖化によってより寒い地域への移住が促される結果、生産性向上につながるというわけだ。
移住コストが25%上昇すると、地球温暖化による厚生水準の平均コストはさらに4%増加する
歴史的な大潮「キングタイド」からの波がワシントン州、岬の失望の崖に打ち寄せた。
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移住コストが上昇すれば、アフリカだけでなく、移民の流入による恩恵が少ない北部地域にとっても地球温暖化コストが高くなる。
移住コストの増加は急激な人口増加につながる。貧しい地域にとどまる人が増え、そうした地域では子どもの数が多いからだ。
6億人以上が気候変動の影響で場所を追われることになる
溶けた氷河の氷から自然に形成された、アイスランドのヨークルサルロン氷河湖。大きな氷塊が砕けて氷河が縮小する一方、氷河湖は絶えず成長を続けている。
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プリンストン大の報告書によると、地球温暖化のため、2200年までに世界の総人口の5.85%が別の場所に居住すると推定されている。
地球温暖化によって生じる移住の人口流入は、相対的に見れば極寒地域が多いが、絶対数としては小さい。極寒地域のほとんどは人口がまばらだからだ。
海面上昇に起因する海岸線浸食によっても移住を余儀なくされる
地球温暖化が進むにつれて、熱帯低気圧の頻度は低くなるものの激しさが増すため、ベンガル湾の海岸線は流失するリスクがある。
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国際連合(UN)の報告によると、海洋温暖化、そして南極およびグリーンランドでの前例のない氷床融解により、今世紀末までに海面が90センチメートル以上上昇する可能性があるという。
アジアでは、人口の3分の2以上が2050年までに沿岸洪水に見舞われるリスクにさらされている。その最前線にいるのがインドだ。
学術雑誌『Nature Communications』に掲載された2020年調査によると、ますます勢力を強めるサイクロンと海面上昇によって破壊的な高潮がもたらされ、その打撃を最も深刻に受けることになるのはアジアだという。
氷冠が溶ける速度も増し、海面上昇は島々を浸食する
2018年8月、ハリケーン・レーンがハワイに接近。非常事態宣言が出され、商店には食糧や水を買い置きしようと住民が詰めかけた。
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2018年10月、ハリケーン・ワラカがハワイ・イーストアイランドを直撃。砂と小石からなる4万4500平方メートルの細長い土地を洗い流し、2つの断片部だけが再び姿を現した。
氷冠融解は1972年以降、すでに海面を1.2センチメートル以上上昇させている。国連の報告書によると、その上昇分のうち半分が過去8年間で発生したものだという。
貿易コスト上昇は、移住ほどには影響しない
不規則な天候で港や海岸線が押し流され、貿易上の問題や遅延が引き起こされる可能性がある。
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プリンストン大の報告書によると、温暖化による貿易コスト上昇の影響は、移住ほどのインパクトではない。
その理由は、貿易はたいてい地域性が強いものであるのに対し、温度の変化は地球規模の現象だからだ。
とはいえ、供給、輸送、流通の各チェーンは、気候変動によって混乱が生じればひとたまりもないため、影響を受けることになる。
OECD(経済協力開発機構)の報告書によると、温暖な地域では気候変動によって、港が破壊されたり、異常気象が発生すれば輸送ルートの断絶、あるいは遅延によるたびたびの中断が発生したりする可能性があるという。
一方で、気温が上昇して極地の氷が後退すれば、北極圏に新たな貿易ルートが開かれる可能性がある。アラスカやグリーンランドなどの地域にとってはプラスの恩恵となるだろう。
イノベーションコストの影響は、移住と貿易との中間に位置する
アラスカで一番「氷を失っている」のは内陸部だ。
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気候温暖化による影響のうち、これまで見てきた「移住」と「貿易」の中間に位置するのがイノベーションコストの影響だ。
プリンストン大の報告書は、イノベーションコストが上昇すると冷帯では恩恵を受ける一方、熱帯は深刻な被害を被ると明言している。
(翻訳・印田知実、編集・常盤亜由子、小倉宏弥)