2020年は「ホロライブ」にとって成長と同時に、試練が続いた年だった。
一つは権利関係による問題だ。所属するVTuberによるゲーム実況配信で、権利者に配信許諾を得ていなかった事例が発覚した。
海外にも事業が広がったことで、新たな火種も生まれた。所属するVTuberが「YouTube」の配信で紹介した国別のデータに「台湾」の項目があり、これが中国国内で批判され、“炎上”した。
故意によるものではなかったが、中国にも多くのファンを持つことから反発を受けた。
当該VTuberは謹慎処分となったが、日本国内では一部ファンから謹慎処分に反対する声もあがり、”炎上”が逆輸入されるかたちに。bilibiliで配信していた「ホロライブ中国」のVTuberは「卒業」に至った。
国境を超えてファンが広がることは、意図せず国際問題や政治問題に抵触することも起こりうる。そうしたリスクが現実となった。
もはやVTuberの影響力は、いちタレントを超えた影響力を持つまでになっている。谷郷はいま、「カバーという会社が、そしてVTuberが、いかに社会の公器となり得るか」という問いと向き合っている。
それでも所属VTuberを縛りたくない
いま谷郷が取り組んでいるのは、カバーの組織づくりだ。
任天堂やカプコンとは著作物利用に関する包括契約を締結。法人としてゲーム実況が許され、収益化もできるようになった。
社内ではリスクコンプライアンス委員会も立ち上げた。所属VTuberに向けた著作権や法令に関するリテラシー教育や情報共有も進めている。
「プラスでもマイナスも、何か問題が起きた場合、その影響が計り知れない形になってきています。他社さんと違って海外展開を非常に積極的にやっているので、何かあったときのインパクトが国家レベルで炎上してしまうことも起こりうるのです」
自分たちに落ち度があれば、それは一つ一つ改めていく。
同時に、社員やクリエイターを守るのも経営者の仕事だと強調する。VTuberといえど、“中の人”は、一人の人間だからだ。所属するVTuberを誹謗中傷から守るため、専門窓口も設けた。
「VTuberを縛ったり、コントロールしたりだとか、そういう考え方では全くないんですね。それはUGC(User Generated Contents=ユーザー生成コンテンツ)ではありません。公序良俗に反することだったり、ナショナリズムの問題に触れたり、著作権など法的に問題があること以外は、なるべく自由に活動して欲しい」
日本の一線級クリエイターを結集し、世界で戦う
ホロライブ所属のタレントには、人気イラストレーターやデザイナーが専用のキャラクターをデザインする。クリエイターの名前は必ずクレジットされるが、これも谷郷の哲学だ。
ホロライブプロダクション 宝鐘マリン 紹介ページ
その上でエンターテインメントを追い求めることも忘れていない。国境を超えて、ファンに感動や笑いを届けるビジネスを進めていきたいと、谷郷は語る。
ホロライブプロダクションを始め、所属するVTuberのデザインは人気イラストレーターやデザイナーが手掛けている。最近ではオリジナルの楽曲の制作にも注力。こちらも著名なDJや作曲家が参加している。
「所属するVTuberさんの紹介ページでも、ちゃんとイラストレーターさんの名前をご紹介しています。配信やライブで用いるLive2Dや3Dのモデラ―さんも、全て実績を公開していいですよとお伝えしています。
僕たちは、みんなで一緒に作り上げている。この経験を大切にしています。日本のいろいろなクリエイターを結集し、メディアミックスを広げ、面白いものを世界に向けて出していく。軸足は最初から世界を目指しています」
1人のVTuberの活動には、配信する「ライバー」だけではなく、イラスト、モデリング、音楽分野で活躍するさまざまな一線級のクリエイターが関わってほしいという。
そうすることで物語が生まれ、「ホロライブプロダクション」は1つのIPとして世界と戦う武器になっている。
UGCのパワーを知っているからこそ、谷郷は一人ひとりのクリエイターの力を大切にしたいと語る。
「YouTubeでのビジネスの本質は、配信者をはじめ、個人のクリエイターの方が、いかに何を発信していくかが非常に重要です。継続的に事業を続けるためには、会社がすべてをコントロールするより、会社がクリエイターさんをサポートする側に回らないと基本的には成立しません」
イラストレーターやクリエイターがキャラクターを作るクリエイティブな面、会社が主導するコンテンツやマネージメント面、タレントがVTuberとしてコンテンツを生み出していくというタレント主体のクリエイティブ面。
これらの「掛け合わせ」がVTuberのビジネスだ。どれか一つだけでも、どれか一つが欠けても、このビジネスは成立しない。
「運営の仕方によっては、会社と個人のどちらかが主体になるということもあり得ます。ただ、私たちの場合は個人の方をとにかくサポートする側に回りたいと考えているわけです」
「これから日本国内で人口が減っていったり、元気なくなっているような中で、ちゃんと自信を取り戻せるようなコンテンツを生み出していきたい。出せるような会社になりたい」
いろいろなクリエイターに関わってもらうことで、「ホロライブ」の枠をさらに外へ、二次創作も含めて広げていきたい。
「ホロライブ力」を育てていくことが、谷郷のこれからの仕事だ。
国や言葉を超え、配信者とファンがつながる。「次元」は違えど「壁」はない
暗く、内向きな雰囲気な時代だからこそ、VTuberによるライブ配信には世界を癒やす可能性がある。谷郷はそう考えている。
「今、コロナでテレワークの人とかも増えていますよね。同じ会社の社員ですら、なかなかつながる機会が希薄になっています。そんな中で、共通の趣味を持つと人とつながりたい……そんな思いがあるのではないでしょうか」
大切にしているのは、国境や言語を越えた一体感だ。
ホロライブのVTuberの配信を見れば、英語のコメントの多さに驚かされる。そして日本語では「草」が、英語では「kusa」の文字が並ぶ。
VTuberが歌い、笑い、ゲームに一喜一憂する姿は、とても眩しい。モニターに映る彼らと、それを見つめる私たち。
そこには「次元」の違いはあれども「壁」はない。
「演じる側も楽しむ側も、アバター的な概念やバーチャル的な概念は、国境や年齢を超えられる。我々としても、そういうサービスを今後も作っていきたいなと思っています。
日本のアニメが好きなマーケットというのは結構大きい。100万人のデマンドということではなくて、もっとたくさんのファンに支持していただいて、いろいろな新しいサービスを提供できるようになっていければと思っています」
新プロジェクト「hololive IDOL PROJECT」は、所属VTuberがユニットとして活動するプロジェクトだ。ライブの企画にはタレントが積極的に参加する。
提供:カバー
2021年2月17日午後7時。東京ガーデンシアターでは、ホロライブの新プロジェクト「hololive IDOL PROJECT」のファーストライブ「Bloom,」が開かれた。
コロナ禍の再流行を受けて、無観客での開催だった。本来であれば、きっと会場には多くのファンが詰めかけたことだろう。
それでも、生配信されたニコニコ生放送の画面には、ファンが「推し」のテーマカラーで無数のコメントを投稿。配信画面は華やかに彩られた。
舞台に上がったVTuberたちも、コメントの声援に応えるかのように、ステージを目いっぱいに使い、渾身のパフォーマンスを披露した。
「Bloom,」の配信。筆者キャプチャ
普段の雑談配信やゲーム実況などでみせるような、「草」とコメントしたくなるようなムーブからは想像できない美しく、可憐な姿。
憧れの舞台に立つ彼女たちは、この日のためにダンスも歌もMCも一生懸命に練習したんだろう。その努力に思いを馳せると、胸に熱いものがこみ上げてくる。
約2時間半にわたるライブ。アンコールの最後は「ホロライブ」を象徴する曲『Shiny Smily Story』だった。
「同じ未来をみたい あの夢手にしたい」
「息切らして夢追いかけたい」
「後悔なんてここにない」
(『Shiny Smily Story』— hololive IDOL PROJECT)
カバー創業時からVR/AR事業を志した谷郷の志は、紆余曲折ありながらも、今「ホロライブ」という物語にたどり着いた。
世界を彩る物語は、これからも続く。
(敬称略・完)
※この記事は2021年3月25日初出です。
(パート1はこちら▼)
(取材・文:吉川慧、写真:伊藤圭)