過去に電気自動車(EV)スタートアップを破綻させたヘンリック・フィスカーが、自動車業界のベテランとして羨望の的となることを、誰が予想できただろうか。フィスカー・オートモーティブの2013年の倒産を受け、フィスカーは自分のルーツであるデザインにしばらくの間戻っていたが、それでも、再び自動車メーカーを立ち上げるという熱意が削がれることはなかった。
しかしそのフィスカー・インクはコンセプトカーが中心で、2020年中盤まではヘンリック・フィスカーが1人でマーケティングをこなしていた。その頃まで、EVの物語はほぼテスラを中心に展開しており、同社のイーロン・マスクCEOに追いつこうと必死な従来の自動車業界が、物語のサブストーリーを作る形になっていた。
この物語を先へと進める原動力となってきたのは、強力でありながらも誤解された言葉、「破壊」だ。待ちに待ったEV時代の到来を宣言する、俊敏な新規参入数社によって、アメリカのデトロイトやヨーロッパ、あるいは日本の豊田市を拠点とする大手自動車メーカーは、今にも取って代わられそうだった。
新規参入したメーカーの中で一番の古株は創業から15年以上のテスラで、ウォール街は同社の可能性をもてはやしていた。テスラの時価総額は2020年末までに1兆ドル(約109兆円)に迫り、他を大きく引き離して最大の自動車メーカーとなった。
テスラは破壊的なイノベーターとは言えない
テスラはディスラプター(破壊者)だろうか? 一見そう見えるだろう。
しかしテスラは実のところ、フォードやゼネラル・モーターズが100年超にわたりやってきたこと——自動車のデザイン・設計、自社工場での組み立て、市場での販売——と、抜本的に異なることをしてきた訳ではない。
テスラ車の動力は電力のみだが、基本的な部分で自動車製造の基準から大きく外れた訳ではなかった。車輪が4つとドアが4枚あり、テスラは従来の自動車業界と同じく、気が遠くなるような時間と費用をその生産にかける必要があった。
重要なのは、100年以上かけて深く根付いてきた内燃機関技術を、テスラが電動のパワートレイン(エンジンやシャフトなどの駆動系)に置き換えることに成功した点だった。数百億ドルの資金がある大手自動車メーカーを含めて、これが可能だと考えた人はほとんどいなかった。
しかしだからといって、これが破壊的という訳ではない。1997年に書籍『イノベーションのジレンマ』を通じて「破壊的イノベーション」を提唱したハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授は、少なくともそうは考えなかった。
「テスラはさまざまな特徴を使って描写できる」。教授は生前の2018年、Insiderにこう語った。
「テスラは非常にクリエイティブで、必要な仕事が何であるかを理解しているし、技術力も非常に高い。しかし我々は、テスラを破壊的とは考えていません。彼らは、良い製品をさらに改善して良くしようとしているだけです。我々のモデルは、この点について非常にはっきりしています」
「破壊的イノベーション」の核となるコンセプトは、廉価で低品質でありながらも、消費者が満足できる製品を提供する新規参入者によって、デトロイトの自動車メーカーのような既存企業が破壊されるというものだ。消費者は製品を買って新規参入者を支援し、新規参入者は製品を改善していく。既存企業は最終的に、そのイノベーションに追いつけなくなる。
フィスカーが破壊的である理由
フィスカーの最初のモデル「オーシャンSUV」
フィスカー公式サイトよりキャプチャ
テスラの改善に対するアプローチは、フィスカーとは対照的だ。フィスカーは、自動車ブランドが車をどう市場に出すかを見直した。クリステンセンが言う正当な破壊的イノベーターに、完全一致とはいかないまでも、究極的にはフィスカーの方がはるかに迫っている。
「私たちは、縦割りの自動車会社にはなりたくないのです」と、ヘンリック・フィスカーは2020年、Insiderに語った。「自社生産はしません。EVスタートアップが新しい工場を作るのはバカげています」
その代わりにフィスカーは、最初のモデル「オーシャンSUV」の生産に向けて、最大の委託製造業者であるカナダのマグナ・インターナショナルと協力。2022年に生産開始の予定だ。また、コードネーム「プロジェクトPEAR」という別モデルの開発では、iPhoneの受託生産で有名な台湾の鴻海精密工業(フォックスコン)と手を組んだ。こちらは2023年に生産開始予定だ。
このアプローチは、昔ながらの実工場にこだわるリビアン(Rivian)やニコラ(Nikola)といった他のスタートアップとは異なる。こうした企業にとってのリスクは、自動車の大量生産をした経験がない点だ。テスラを見ても分かるように、自動車づくりは簡単ではない。マスクはかつて量産を「生産地獄」と表現したが、テスラの自動車はその地獄をことごとく耐え抜いてきた。
フィスカーのビジネスモデルはテスト済みだが、唯一の生産法として自社生産を選択することはなかった。BMWやジャガー・ランドローバーはこれまで、自社工場で対応できなくなった生産分や特殊車両の組み立てで、マグナと協業したことがある。しかし大幅に「アセット・ライト(資産軽量化)」を実現したEVビジネスモデルの本格的な試みとしては、フィスカーが初となる。
アップルのEV版のようなビジネスモデル
当然のことながら、アセット・ライトのアプローチはこれまでも、有力企業が採用してきた。アップルは本質的には設計およびソフトウェア企業であり、生産はほぼ100%、サプライヤーに外注している。自動車業界でも、例えばアストンマーティンはエンジン、トランスミッション、インフォテインメント・システムに関してはメルセデス・ベンツなどのパートナーを頼っている。
しかしフィスカーの場合、ヘンリック・フィスカーの評判とInstagramアカウント以外、ほぼ何もない状態からのスタートだった。同社は2020年、その計画が魅力的であると判断され、新規株式公開(IPO)で10億ドル(約1090億円)を調達。時価総額は30億ドル(約3270億円)にのぼり、一時は80億ドル(約8723億円)近くにまで達した。すべて計画通りに進めば、オーシャンSUVは2022年後半〜2023年前半に発売開始となる予定だ。
オーシャンの価格は3万7500ドル(約408万円)からと、クリステンセンの破壊理論の典型とは言えない。クリステンセンは以前、Insiderの取材に対し、中国で売られている、非常に廉価な短距離用の街乗りEVの方が事例としては適していると話していた。
とはいえ、フィスカーがこれまでになかったタイプである点に疑いはない。そしてもし同社のビジネスモデルがうまくいけば、自動車業界がかつて目にしたことのない、最も破壊的な存在になるだろう。
[原文:The true disrupter in the auto industry isn't Tesla — it's Fisker]
(翻訳・松丸さとみ、編集・野田翔)