時価総額1兆円のミニフィギュア販売スタートアップ、POP MARTは中国の消費力向上と密接にリンクしながら成長してきた。
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2019年終わりごろから、20~30代中国人女性との会話で「泡泡瑪特(POP MART)」という企業の名前がちょくちょく出てくるようになった。同社が販売するミニフィギュアが中国で大流行し、高値で転売もされているという。
POP MARTの勢いはコロナ禍でも全く衰えず、2020年12月に香港市場に上場し、時価総額1兆円企業になった。市場そのものの急拡大は雑貨チェーンの名創優品(メイソウ、MINISO)やテンセント系企業の参入につながり、経済ニュースでその名前を聞かない日はないほどのブームが続いている。
都市部、高収入のキャリア女性をターゲット
実店舗だけでなく、自動販売機とオンライン販売も重要な販売チャネルとなっている。
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POP MARTが販売するのは、「アートトイ」「デザイナートイ」と呼ばれるミニフィギュアだ。シリーズごとに多種類のキャラクターがあり、コレクションして楽しむようになっている。
ただし、消費者は欲しいキャラクターを買えるわけではない。商品は全て中身の見えない箱に入っている。この「ブラインドボックス(盲盒)」という要素がなければ、POP MARTの今の人気はなかっただろう。
商品は1つ50元(約800円)が基本で、入手しやすい商品もあれば、「隠れアイテム」と呼ばれる珍しい商品もある。隠れアイテムを引き当てるためにブラインドボックスを“大人買い”したり、レアアイテムを高値で転売するユーザーも少なくない。と聞くと、日本人なら何か思い出さないだろうか。そう、POP MARTは日本のガチャガチャにヒントを得て生み出された商品でもあるのだ。
POP MARTが一般的なガチャガチャと異なるのは、顧客ターゲットを20代から30代の女性に絞り、単価も上げた点だ。
同社のCMO(チーフマーケティングオフィサー)が2020年に公表した資料によると、最大のヒット商品となった「Molly」は、顧客ターゲットを「高収入の企業で休みなく働き、疲れていても生活リズムを変えられない都市部のキャリア女性」に定めた。そのMollyはアリババの2019年11月の独身の日セールで、200セットを4秒で完売し、大きな話題となった。
実際、POP MARTの商品の購入者の75%が女性で、32%が20代前半のいわゆる「Z世代」だ。また、月収8000~2万元(約13万4000円~33万6000円)の高所得ユーザーが9割を占めるという。
中国のGDPが日本を抜いた2010年に開店
ソニーエンジェルのおもちゃを扱うまで、POP MARTは普通の雑貨チェーンだった。
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POP MARTの歴史は、中国消費市場の成長史でもある。
創業者の王寧(ワン・ニン)氏は1987年生まれで、高校・大学時代からスモールビジネスを手掛けていた。中国の著名IT企業の経営者も多くが学生時代からエンジニア技術を生かして何らかのビジネスを手掛けたり、メガIT企業でのインターンを経てノウハウを身に着けて起業に至ったりしているが、王寧氏の大学での専攻が「広告」だったことが、起業の方向性にも強く影響している。
学生時代は自身の大学内のさまざまな活動を録画し、学生やその保護者に販売する事業を立ち上げ、全学生の半数が顧客になったという。
そして中国のGDPが日本を抜いて世界2位に躍り出た2010年、王寧氏は中国人の消費力向上に勝機を見出し、大学やスタートアップが集積する北京市中関村にファッション雑貨店「POP MART」を開業した。
消費者向けサービスは、同じ時期に似たコンセプトのブランドが多数現れ、競争が激しくなる。古くは西海岸系コーヒーチェーン、最近ではタピオカミルクティーやシェアオフィスが当てはまる。特にある業態がヒットすると、あっという間に模倣と大手企業の参入が広がる中国では、資金力や効率化が鍵になり、大学卒業後すぐに起業した王寧氏にとっても、それらが大きな壁になったようだ。
当時のPOP MARTが取り扱う商品は「おしゃれな雑貨」で、「無印とダイソーとユニクロを足して3で割ったブランド」として日本でも有名な「名創優品(メイソウ)」と完全にかぶっていた。
雑貨チェーン領域で成功を積み重ねてきた老練な経営者が率いるメイソウに比べると、POP MARTはプロ人材の獲得や品質管理、ブランディングに苦労していたようだ。利益率も徐々に悪化し、2012年から2015年は苦悩の期間だったと、王寧氏は北京大学教授のインタビューに答えている。
「Z世代」照準、純利益は2年で281倍に
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転機は2015年、王寧氏はたまたま日本の玩具メーカーのミニフィギュア「Sonny Angel(ソニーエンジェル)」の存在を知り、POP MARTで取り扱うようになった。
数ある商品の一つだったソニーエンジェルのフィギュアは、同年後半になると猛烈に売れ始め、ピーク時には月に6万個、20秒に1つのペースで売れたという。特に限定品の人気はすさまじく、王寧氏はソニーエンジェルのヒットをきっかけに、「消費者心理」の視点からビジネスモデルを考え、日本のガチャガチャをZ世代向けに再構築したビジネスモデルにたどり着いた。
POP MARTは、「Z世代のキャリア女性」とターゲットを明確にしたため、ターゲットに受け入れられそうなデザイナーの発掘から始めた。2016年には香港のデザイナーと組んでMollyシリーズをリリース。2019年に人気が爆発したのは前述のとおりだ。
POP MARTが2020年の上場申請の際に公表した目論見書によると、同社のブラインドボックスの売上高は2017年に9140万元(約15億円)だったのが、2018年に3億5860万元(約60億円)、2019年は13億5920万元(約230億円)と激増している。企業の純利益も2017年に160万元(約2700万円)だったのが、2019年には4億5100万元(76億円)と281倍に増えた。
店舗だけではなく、自動販売機やアリババのTmall(天猫商城)などのオンライン販売、そしてミニフィギュアの交換や取引に使えるプラットフォーム、さらにはファンイベントを組み合わせ市場を開拓し続けている。
メイソウ、テンセントも後追い
日本ブランドを模倣して成長したメイソウが、POP MARTの模倣も始めたことに、中国ではブーイングも起きている。
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POP MARTの急成長が投資家の注目を集めているのは、元々存在していた「ミニフィギュア(アートトイ)」と「ブラインドボックス」を組み合わせることで、全く新しいブルーオーシャンを見つけ出したからだろう。
買ってみるまで中身が分からない商品は以前から存在するが、ほとんどが子ども向けだった。しかしPOP MARTは「自由に金を使える大人の女性」をターゲットにすることで、大人買いや隠れアイテムの「資産価値」を高めることにつなげた。
中国の証券会社によると、POP MARTは2019年の中国ブラインドボックス市場で8.5%のシェアを持ち首位に立っている。首位とはいえシェアが1ケタにとどまり、業界上位5社を合わせても30%に満たない状況は、体力のある大手から見れば非常に魅力的でもある。
POP MARTの香港上場から1週間後の2020年12月18日、メイソウが広州市に類似形態の「TOPTOY」をオープンした。著名ブランドを模倣して大きくなったメイソウが新興企業を“模倣”する行為にはブーイングも起きているが、市場の魅力がさらに認知されることになった。また、テンセント傘下の企業も2021年3月、自社IP(知的財産権)を使って「ブラインドボックス×ミニフィギュア」に進出すると発表した。
フィギュア市場は世界的に伸びており、中国の調査会社は2015年から2019年まで年22.8%のペースで伸び、2024年には448億ドル(約4.9兆円)市場になると予測している。POP MARTは2020年に韓国、シンガポールに進出し、日本でも期間限定ショップの形で展開している。
国内だけでなく、海外にも勝機がある点も、POP MARTに注目が集まる理由になっている。中国発のブランドが海外、特に先進国に受け入れられるかどうかは、中国経済にとって長年の関心事であり、自分たちでデザイナーを発掘しながら商品を展開するPOP MARTへの期待は大きい。
個人的に印象的なのは、中国の消費力向上とともにすい星のごとく現れた小売りチェーンが、ことごとく「日本」にヒントを得ていることだ。
POP MARTはガチャガチャに近いと紹介したが、形態が「箱」であることから、中国では「日本の福袋に近い」と形容されることが多い。
10元ショップを以前から経営していたメイソウの創業者も日本旅行で100円ショップに入って、「商品のほとんどは中国製なんだから、中国でやればもっと成功できる」と考え、商品のデザインを“日本風”にして、一気に成長した。
ガチャガチャも100円ショップも外国人から見ると非常に新鮮で、自国に持って帰りたいほどの「商品」「文化」であることはよく耳にする。中国が日本の優れた商品やコンテンツを自国向けにカスタマイズし、「中国企業」の色を薄めて海外に輸出する方法は、この数年で時々現れるビジネスモデルでもある。「パクリ」と一笑に付すか、「脅威」と捉えて研究するか。前者の段階はとうに過ぎていることを認識している日本人は、どれくらいいるだろうか。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。