イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)の圧倒的な存在感と発信力の影響でテスラ(Tesla)の躍進ばかり目立つ電気自動車(EV)市場だが、2025年までに大きな変化が起きそうだ。
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スイス金融大手UBSは、急拡大する電気自動車(EV)市場で最も有望なレガシー自動車メーカーはどこか、ここしばらく精査を進めてきた。
同社がとくに注目してあらゆる視点から分析を行ってきたのは、独フォルクスワーゲン(Volkswagen)が2020年に発売した「ID.3」だ。EV産業の先行きや、大手レガシー自動車メーカーとテスラ(Tesla)やニオ(NIO)のような新興EVメーカーとの競合がどう展開していくのかを読み解く上で良い参考になる、という考えのようだ。
UBSのアナリストらは同車種を、レガシー自動車メーカーによるEV市場への進出の代表格とみる。
フォルクスワーゲンはトヨタに次ぐ世界第2の販売台数(2020年)を誇る自動車メーカーで、「ID.3」は同社が完全にゼロから立ち上げた初めてのEV。UBSによれば、完成車メーカー(OEM)のなかでは電動化戦略の世界展開に最も積極的なのが同社だという。
UBSは3月2日、パトリック・ヒュンメル率いるアナリストチームによる包括レポートを公表。EV市場におけるID.3の競争力を強調した上で、フォルクスワーゲンの「かつてない強力なEV攻勢」のけん引力になると指摘した。
「フォルクスワーゲンのソフトウェアプラットフォームとエコシステムはレガシー自動車メーカーのなかではダントツだが、テスラには何年か遅れの差をつけられている」
UBSレポートの要点は以下の3つに集約される。
- フォルクスワーゲンのEVプラットフォームは十分な価格競争力を持っている。2025年までのスパンを見据えたとき、EV販売価格のベースになるとともに、従来のガソリン車に対するEVの価値の相場(幅)を示すことになる。
- バッテリー(車載電池)は当面、EV製造コストを引き下げるキードライバーであり続ける。電池市場をけん引するのは現在トップを走るテスラ。
- 長期的に見たとき、EVメーカーにとって取り組むべき課題となるのはソフトウェア。
EV市場の見通しに決定的な変化
独フォルクスワーゲンが2020年に市場投入したEV「ID.3」。
Screenshot of Volkswagen
グローバルEV市場の見通しは、次の2つの「変数」次第で変わってくる。
- EV普及カーブの傾斜
- テスラなどEVスタートアップとレガシー完成車メーカーの技術競争の進展
UBSレポートは、これら2つの変数について「4つの可能性シナリオ」を示す。
- フォルクスワーゲンなどのレガシー自動車メーカーがスタートアップとの差に追いつき、場合によっては追い抜いてリードを広げ、世界におけるEVの普及拡大が平均的な予測を上回る。
- テスラや他のEVスタートアップがレガシー自動車メーカーとの差をますます広げ、EVの普及拡大も急激に進む。とくにソフトウェア部分で、新興メーカーの優位性が高まり、消費者レガシー完成車メーカーのプロダクトは劣後すると判断され、市場を失う。
- 車載電池がボトルネックとなり、EVの普及拡大はスローペースで進む。
- EVが内燃機関自動車と十分な競争力を持つに至らず、EVの普及拡大はスローペースで進む。
UBSの分析によれば、現時点で最も可能性が高いのは、レガシー優位でEVの普及が加速する「シナリオ1」だ。1年前は、テスラなど新興メーカーがレガシーを駆逐して普及が加速する「シナリオ2」が大方の予測だった。
また、UBSは世界の自動車販売台数に占めるEVのシェアについて独自の予測を示し、2025年までに全新車販売台数の20%、2030年までに50%を占めるとしている。
「長期的な視点で考えると、不確定な要素は多いものの、EVの市場シェアは基本シナリオで2025年に17〜23%、2030年に40〜60%に達する」
ただし、テクノロジーあるいはコスト面でのブレークスルーが生まれたり、魅力的なEV車種の登場で購入者が増えたり、あるいはEVに有利にはたらく規制が導入されたりすることで予測が上振れする可能性もある。
「今後、EVの販売台数を押し上げる力、それは規模の経済だ。フォルクスワーゲンのようなレガシー完成車メーカー大手が全面的な電動化戦略を採用すれば、テスラとの差は詰まり、他の新興EVメーカーに対してもスケールメリットを発揮できるようになるだろう」
UBSのアナリストチームは現時点で、2025年にはテスラとフォルクスワーゲンがEV販売台数で下位に大差をつけ、世界の二大トップメーカーとして君臨することになると予測している。
変化するEV市場で注目の「29社」
UBSの分析レポートは全部で115ページにおよび、フォルクスワーゲン「ID.3」の車載電池からその原料、半導体、EV市場の各部門におよぼすより広範な影響などを対象としている。
Insider編集部は、同レポートを読み込んだ上で、EV市場の各部門で注目すべき29銘柄(企業)をピックアップしてみた。
「株価収益率」は、「1株当たり純利益(EPS)」の何倍の値段がつけられているかを示し、低いほど投資先として割安感がある銘柄であることを意味する。
フォルクスワーゲン(Volkswagen)
[部門]完成車メーカー
[株価収益率]6.4倍
ゼネラル・モーターズ(General Motors)
[部門]完成車メーカー
[株価収益率]9.6倍
ヒュンダイ(Hyudai、現代自動車)
[部門]完成車メーカー
[株価収益率]8.5倍
グレートウォール・モーター(Great Wall Motor、長城汽車)
[部門]完成車メーカー
[株価収益率]17.1倍
ヴァレオ(Valeo)
[部門]自動車部品サプライヤー
[株価収益率]13.4倍
コンティネンタル・オートモーティブ(Continental)
[部門]自動車部品サプライヤー
[株価収益率]31.9倍
日本電産(Nidec)
[部門]自動車部品サプライヤー
[株価収益率]50.6倍
豊田自動織機(Toyota Industries)
[部門]自動車部品サプライヤー
[株価収益率]16.8倍
デンソー(Denso)
[部門]自動車部品サプライヤー
[株価収益率]14.1倍
LG化学(LG Chem)
[部門]電池メーカー
[株価収益率]30.0倍
SKイノベーション(SK Innovation)
[部門]電池メーカー
[株価収益率]47.0倍
CATL(寧徳時代新能源)
[部門]電池メーカー
[株価収益率]101.0倍
EVEエナジー(EVE Energy、恵州億緯鋰能)
[部門]電池メーカー
[株価収益率]63.0倍
ワッカー・ケミー(Wacker Chemie)
[部門]化学
[株価収益率]18.0倍
アルベマール(Albemarle)
[部門]化学/原料(リチウム)
[株価収益率]43.0倍
インフィニオン・テクノロジー(Infineon Technologies)
[部門]半導体
[株価収益率]30.0倍
ローム(Rohm)
[部門]半導体
[株価収益率]26.0倍
ゲイツ・インダストリアル(Gates Industrial)
[部門]アメリカ電子機器(自動車関連最大45%)
[株価収益率]15.0倍
[部門]アメリカ電子機器(自動車関連最大40%)
[株価収益率]25.0倍
イートン・コーポレーション(Eaton Corporation)
[部門]アメリカ電子機器(自動車関連最大15%)
[株価収益率]22.0倍
スタンレー・ブラック&デッカー(Stanley,Black&Decker)
[部門]アメリカ電子機器(自動車関連最大10%)
[株価収益率]17.0倍
ギャラクシー・リソーシズ(Galaxy Resources)
[部門]原料(リチウム)
[株価収益率]N/A(純損失)
インディペンデンス・グループ(Independence Group)
[部門]原料(ニッケル・銅)
[株価収益率]28倍
エクセルシオール・マイニング(Excelsior Mining)
[部門]原料(銅・リチウム)
[株価収益率]7倍
オロコブレ(Orocobre)
[部門]原料(リチウム)
[株価収益率]N/A(純損失)
シラー・リソーシズ(Syrah Resources)
[部門]原料(グラファイト=黒鉛)
[株価収益率]N/A(純損失)
ロイヤル・ダッチ・シェル(Royal dutch shell)
[部門]充電ステーション
[株価収益率]N/A(純損失)
ブリティッシュ・ペトロリアム(British Petroleum)
[部門]充電ステーション
[株価収益率]N/A(純損失)
(翻訳・編集:川村力)