最大300万円の補助も制度利用が進まない。
出所:内閣府「企業支援金・移住支援金パンフレット」
移住したら100万円。さらには、起業した場合は200万円。最大300万円の補助が受けられる——。
東京一極集中の是正と地方の担い手不足解消を目的に、内閣府が2019年度より実施している移住支援事業の利用が拡大しない。
移住支援金は東京23区から東京圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)以外への移住者を対象に国が補助金を出す事業だが、利用者は38道府県で247件463人(2020年12月末時点)の利用にとどまっている。
支援金を受けるためには、道府県のマッチングサイトに掲載された求人に応募する必要があるが、そもそも、その求人数が少ない。民間の求人媒体やハローワークから自由に仕事を選べるわけではない。
2024年度までの6年間で6万人の地方移住を目標に掲げる政府は、2021年度からは移住支援金の支給対象にテレワーク移住者を加え、制度の利用を促している。
内閣府の担当者は、こう話す。
「道府県のマッチングサイトに掲載された求人数が全国で約9000件と少なく、魅力ある求人も限られ、制度の利用が増えなかった。仕事を変えずに移住してテレワークで働く移住者を新たな対象とすることで、制度の利用を広めたい」
東京23区内の会社から発注を受けている証明ができれば、フリーランスも対象となる。内閣府はすでに各自治体に通知を出しており、自治体により開始時期が前後するが、準備が整い次第、制度の運用が開始される。
営業職も進むオンライン化
筆者は以前、Business Insider Japanに「コロナ移住は本当に起きている?東京都の転出超過で人気の地にみるある法則」と題した記事を書いた。
そこでわかったのは、コロナ移住を実行に移せるのは、リモートワーク環境の整った大企業やIT企業の社員など、限定的だということだ。
自ら「昭和型」とぼやく大手サービス業の役員はこうボヤく。
「昨年4月の緊急事態宣言発令時には『これからはテレワークだ!』と意気込み、60代の社長が一部のオフィスの賃貸契約を解除して、新しい時代に向けて動き出したかに見えました。
しかし、業績が落ちてくると『営業ができていない』と、緊急事態宣言が解除されてまもなく、すべての営業社員は週5出社になりました。コロナ後に一部オフィスを解約した分、オフィスが狭くなって、コロナ前より密になっています」
一方、新興IT企業では全く違う風景が広がっている。1月、渋谷スクランブルスクエアの39階にオフィスを構える「ベルフェイス」に足を運んだ。オフィスには「気分転換」で出社社員が2人いるだけだ。
ベルフェイスのオフィス。社員はフルリモートで働いている。
撮影:澤田晃宏
コロナ下でリモートワークが浸透する中、ビデオ会議サービス「Zoom」の利用が一気に加速したが、営業職はまだまだ対面、という会社は少なくない。
2015年設立のベルフェイスは、営業に特化したオンラインシステム「ベルフェイス」を展開しているが、同社取締役の西山直樹さん(37)は創業当初をこう振り返る。
「日本ではまだ足を運ぶことで誠意を見せる対面営業が主流で、当初はなかなか相手にしてくれない企業も多かった。導入の中心はIT業界でした」
それが、コロナでこれまでオンライン営業には見向きもしなかった業界でも導入が進んだ。2020年1月時点の導入企業は約1600社だったが、12月には3000社を超えた。
「以前はまったく関心を見せなかった製造業からも声がかかるようになりました。コロナ後に導入が増えたのが、不動産業界と金融業界。対面営業が基本の業界でしたが、現場に足を運べない顧客に対し、ハウスメーカーが当社サービスを使って営業したり、証券会社も非対面の営業に切り替えつつあります」(西山さん)
オンライン化で成約率も向上
不動産大手の野村不動産アーバンネットも、コロナ後に同社のサービスを導入した企業だ。住宅販売一部営業3課長の洞口友範さんはこう話す。
「マンション販売で、最も重要なアクションがモデルルームの見学に来てもらうこと。新築マンションの価格が上昇するなか、モデルルームへの来場者が減っており、コロナ前からオンラインを使って顧客にアプローチができないかという議論はありました」
そこに起きた外出自粛。対面での営業ができない状態で、一気にオンライン化が進んだ。
ベルフェイスを利用する営業社員。
提供:野村不動産アーバンネット
緊急事態宣言の解除宣言以降も、オンラインツールを使った営業を続けている。マンションの購入意思をもつ潜在的な母集団に、まずオンラインで営業することで成約率が上がった。何より変わったのが働き方だった。
「トップセールスマンも体は一つなので、対面営業では数を増やすのに限界がありましたが、オンラインを使った営業なら、彼らが潜在顧客に対しファーストアクションを起こしやすい」
「在宅勤務の増加など、社員の働き方も変わる中、対面が基本だった営業の世界にも変化が起こってくると思います」(洞口さん)
移住より先に北海道の土地を買う
対面が基本だった営業職にまでオンラインの波が押し寄せれば、テレワーク移住も増えるだろうか。
前述のベルフェイス社員の清水貴裕さん(36)は、2020年12月に北海道東川町に移住した。現在は事業企画室長として、他社とベルフェイスのサービスを組み合わせた商品開発などに取り組む。
2019年4月にベルフェイスに転職する以前は、ベンチャー企業のCOOとして休みなく働いていた。自分の生き方に疑問を持つようになったのは、そんな前職時代のことだ。
「毎日、朝から夜遅くまで働いて、子どもの顔を見るのは寝ている姿のみ。家族との時間を増やすためにリモートワークに挑戦しましたが、当時はコンサルティング関係の仕事で、大事な商談は相手も重役が出てくるため、対面が基本。あきらめました」
それでも、新しい生き方を探していた。東京で子どもを育てることにも危機感を感じていた。
「東京だと、知らない人に声をかけたら駄目と教えますが、知らない人に会ったら『こんにちは』じゃないですか。それができる町で子育てをしたかった」
Zoomでのインタビューに応じる清水さん。
画像:取材時のスクリーンショット
移住することは、前職時代のうちから家族と話し合って決めた。当時はすぐ実行に移せる段階ではなかったけれど、移住相談機関に相談したり、移住イベントに足を運んだりした。
移住先を決める上で、あげた条件は4つ。一つは自然豊かな環境であること。二つ目は、空港から近いこと。三つめは人口が少ない地域だけど、人口が増えている町。急成長中のベンチャー企業のような活力ある町であること。そして最後は、子どもの教育に力を入れ、外国人がたくさんいる町。多様な価値観や文化がある町で子どもを育てたかった。
そのすべてに該当する町が、東川町だった。北海道のほぼ中央に位置し、日本最大の自然公園「大雪山国立公園」の区域内にある。人口は1万人に満たないが、移住者を積極的に受け入れている。
東川町はトレッキングやバックカントリースキーを目的とした外国人観光客が多く訪れるほか、2015年に国内初の公立日本語学校を開校した。外国人留学生の受け入れを積極的に進めており、「町の食堂に行けば、誰かしら外国人がいる環境」(清水さん)という。
実際にいつ移住できるかは見通しはなかったが、清水さんは「もう、ここしかない」と都内では到底の手の届かない広さの土地を東川町に買った。坪単価は5万円以下。最寄りの旭川空港までは車で10分程度で、都内までは約3時間で出られる。すべての条件を満たしていた。
リモートワークで仕事の正確性が増した
東川町から都内まではドア・トゥー・ドアで約3時間。
提供:清水貴裕
見切り発車で土地を購入した清水さんの転機となったのが、2019年にベルフェイスへ転職だった。入社後は都内の自宅から会社に通っていたが、それでも自宅からのリモートワークが全体の40〜50%。そこに、新型コロナの感染拡大が始まった。
ベルフェイスも緊急事態宣言発令後は、全社員がフルリモートに。管理職として部下をまとめるなか、
「フルリモートでも仕事の生産性などにまったく支障はなく、むしろ、仕事が丁寧になった。隣にいると、つい指示を出しただけで終わってしまうが、リモートワークではテキストに落とすようになり、仕事の正確性が高まりました」
フルリモートでもいける——そう確信を持った5月末に、清水さんは購入済みの東川町の土地に、2階建ての一軒家の建設を始めた。自宅の完成を待ち、12月に移住。移住後も、月に1~2回は東京に行く。
「毎日会うより、たまに会うほうが、時間が濃密で、チームビルディングもしやすい」
北海道・東川町に移住した清水さん。
提供:清水貴裕
清水さんはこう話した。
「こういう時代がくるのではないかと思っていた。東京で朝から晩まで働いていた時代、みんなが我慢して生きているように見えた。それは満員電車だったり、労働時間だったり、給与だったり……。これからは会社が労働者に合わせる時代。そうでなければ、企業も採用競争力を失うと思います」
自分が新しい生き方のロールモデルになりたい。清水さんはそう力を込めた。
澤田晃宏:ジャーナリスト。1981年神戸市出身。週刊誌「AERA」記者などを経て、フリーランス記者に。2020年、コロナ後に兼業農家を目指し淡路島に移住。教育困難校向け進路情報誌「高卒進路」(ハリアー研究所)編集長。著書に『ルポ技能実習生』、『東京を捨てる コロナ移住のリアル』。取材対象は高卒就職、外国人労働者、地方行政、第一次産業。twitter: @sawadaa078