自分の好きな道を選び、チャレンジし続けている人たちは、どんなパートナーを選んでいるのでしょうか。
パートナーとしての決め手や、リスクをとる決断や心が折れそうなピンチを乗り越える時、どんな言葉が支えになったのかなど、妻と夫にあえて同じ10の質問をすることで掘り下げます。
第3回は、「伝説の家政婦」として知られるタサン志麻さんと、フランス出身の夫、タサン・ロマンさんご夫妻。国際結婚した2人は、お互いの存在をどう受け止めているのでしょうか?
—— 出会いのきっかけと結婚の経緯は?
初めて出会ったのは、2014年です。私がフレンチレストランを辞めて、飲食店でアルバイトを始めた3カ月後に、ロマンも新人アルバイトとして入ってきたんです。私はロマンに調理を教える係。フランス人は結構ラフな人が多いのに、ロマンは教えたことをきっちりと身につけようとする真面目な青年だな、というのがはじめの印象でした。
家の方向が一緒だったので、仕事を終えて一緒に帰ることが多かったのですが、当時の私は35歳で彼は20歳。まさか恋愛対象にはならないと思っていたのに、ロマンから熱烈アピールが来てびっくり。
そもそも私は20代の修行時代から「女性が料理の世界で本気でやっていくなら、結婚はできないかもな」と諦めていたくらいで……。年齢的にも、付き合うとしたら結婚前提になることを伝えたら、「僕は真剣。結婚ももちろん考えたい」と。「でもまだハタチでしょう? 本当に私でいいか考えて」「だったら、(僕が)2カ月後にも気が変わっていなかったら付き合って」という約束が交わされました。
2カ月後、「やっぱり気持ちは変わらない」と彼が言って、お付き合いが始まりました。その1年後に結婚しました。
私にとって思いがけないことでしたが、18歳で留学してフランスの文化に触れたときから、「付き合うならフランス人男性がいいな」とは思っていたんです。女性に対して優しく、オープンに会話を楽しんで、ちゃんと愛情表現をしてくれるところがいいなって。彼と結婚して、妊娠が分かった頃から、家政婦の仕事を始めました。
——なぜ「この人」と結婚しようと思ったのですか?
ロマンは大学を出ているわけでもなく、突出した特技があるわけでもない、いわゆるフツーのフランス人男性だと思います。でも、とってもピュアな心の持ち主で、私に対してすべてをさらけ出して向き合ってくれるという信頼を感じたんです。
そう感じられたのは、結婚前に一度だけ大喧嘩をした時、彼がこれまで経験した失敗や背負ってきた傷も含めて、全部私に話してくれたから。「私も彼の前では飾らなくていいんだ」と思えたから、彼との人生を一緒に歩もうと決めました。
結婚してから、彼のいい面をたくさん知って、愛情はより深まりました。でも、結婚して気づいた面もたくさんあって。とにかく彼は「雑」なんです(笑)。洗濯しようとすると、彼のズボンのポケットからはクチャクチャになったレシートと小銭がいつも出てくる。
DIYが得意なのはとてもありがたくて(私たちは、下町の築60年のボロボロだった一軒家を借りて、ちょっとずつ改修しながら暮らしています)、彼が床板を貼ったり、猫が寝るベッド代わりの棚を取り付けたりしてくれるのですが、やっぱり隙間だらけで雑なんです(笑)。
子どもには学歴より人としてのベーシックな力を
—— 日頃の家事や育児の分担ルールは?
小さい頃から自立心を育てるフランス文化で育ったロマンは、他のフランス人男性と同じく、ひととおりの家事はできます。だから、どの家事をどっちがやるという分担ルールは決まっていなくて、お互いの忙しさのバランスを見ながら、「できるほうがやる」というスタンスです。
料理はほぼ私が担当だけど、ロマンも作ってくれますよ。でも、おいしくないんです(笑)。「もっとこうしたらいいよ」とアドバイスもしますが、私にとっても勉強になるんです。「え? こんな切り方するんだ?」とか「何で味付けしたらこうなるの?」という新鮮な発見があって。洗濯物の畳み方もやっぱり雑で、私の服を入れている引き出しに彼の服が入っていることもざら。
イラッとする度にすぐに口に出して、その場で発散。機嫌がいい時は冗談まじりに、不機嫌な時はトゲトゲしく、その時の気分で感じたままに表現します。小出しに発散していたら、深刻にもなりません。
そして、注意した後の彼の行動が変わらなくても気にしません。「どうせ言っても直らないから」と、何も言わなくなるのはきっとよくなくて、「違う人間同士なんだから、仕方がないな」と割り切っちゃう。私だってずっと直らない癖はあると思うし、彼のいい面もたくさん知っているので。
ロマンも私がプリプリ怒っていてもまったく気にする様子はなく、上手に受け流していますね。言い返してくることもないけれど、「ごめん」という反省もない(笑)。だから、また同じことを繰り返して、私が「またやってる!」と怒る。それがわが家の日常風景です。
—— 子育てで大事にしている方針は?
素直な自分の気持ちを口に出して、周りの人と関係をつくっていける子に育てたいと思っています。3歳の長男と1歳の次男は、イヤイヤ期の前後で、食べ物の好き嫌いもあるんですね。食卓は大人も子どもも同じものを取り分けて食べているのですが、子どもたちが「これ、嫌い」と食べなかったときには、「どうして嫌いなの?」と質問するようにしています。嫌いな理由がわかると私が対処できるという理由もありますが、子どもたちの気持ちに耳を傾ける環境をつくることが大事だと思っていて。
私自身は自分の殻に閉じこもりがちで、言いたいことをなんでも話せる性格ではなかったんですね。留学を機にフランス家庭の「なんでも言い合う関係性」に触れて、すごくいいなぁと憧れていて。子どもにとっても大人にとっても、家庭が「一番素直に気持ちを表現できる場所」であるように、毎日のコミュニケーションから心がけていきたいと思っているんです。
子どもたちもすっかりおしゃべりに育っていて、とにかく賑やか。夕方にロマンが保育園に迎えに行って家に戻ってくるときなんて、かなり遠くから3人の笑い声が聞こえてきます(笑)。あともう一つ、夫婦が言葉や触れ合って毎日愛情表現をする姿は、子どもたちの前でも積極的に見せるようにしています。
彼らが大人になってからどんな世界で生きていくかは分からないけれど、「自分の気持ちを伝える力」「大切な人と愛情を交換する力」はきっとどこでも必要になるはず。学歴よりも、人としてのベーシックな力を備えてあげたいと思っています。
家事育児すべて引き受け応援してくれた
—— お互いの自己実現を支援するために、大切にしてきたことは?
私たちは2人とも計画的な人間ではないし、「将来はこんなふうになりたい」と高い理想を掲げるタイプでもない。本を出版したり、テレビに出演したりする今の生活は、5年前には全く想像していませんでした。
計画性がない代わりに、大事にしているのは「お互いの“今の気持ち”を応援すること」。どんな自分でありたいのかを言ったり、聞いたりして、どちらかに強い希望が生まれたら、もう一人が支える。
今年から私がメディア出演を抑えて、家政婦の仕事にもっと専念しようと決めたときも、ロマンは100%理解をしてくれました。私は本当に普通の人間だし、有名になりたいと思ったことは一度もないんです。ここ1年ほどは料理家としての仕事が増えて、一つひとつの仕事は楽しかったものの、レシピを量産することに疲れていました。
「食卓を楽しくするために料理を作りたい」と家政婦の仕事を始めて天職だと思ったはずなのに、自分に嘘をついているようで嫌だった。そんな私の違和感を、傍で見てきたロマンもちゃんと気づいてくれていて、私の意思を尊重してくれました。
その前に急に私がテレビや雑誌に出るようになったときにも、「これまで努力してきた成果だね」と応援してくれて、土日も返上で働く私に代わって、子どもたちの世話や家事もほとんど引き受けてくれていました。
彼は私の一番の理解者であり、私がどんな選択をしても、絶対に応援してくれると信じられる人。私が明日から休みたいと言ったら、「いいよ。僕が働きにいくから」と言ってくれるでしょうし、「今からキャビンアテンダントを目指したい」と路線変更をしても応援してくれる自信があります。
彼は今は私の仕事を手伝ってくれていますが、彼にやりたいことが見つかったときには、私も100%応援したいと思っています。
家族で笑って暮らせること。それが私たち夫婦にとって一番大切なことなんです。
—— 夫婦にとって最もハードだった体験は?それをどう乗り越えましたか?
結婚前に些細なきっかけで大きな喧嘩を乗り越えたことが一つ。でも、それ以来衝突はありません。
もう一つは、先ほどお話ししたとおり、私が多忙になり過ぎて、彼にも負担が重なってしまった時期には、すれ違いの生活も続いて会話も十分にできずにつらかったですね。
「今感じていることを素直に言い合う」という関係性があったから、2人で話し合いながら働き方を軌道修正できたと思っています。ハードな時期があったから、自分にとっても家族にとっても大事なものを見つめ直すことができました。
家庭の中心は子どもより夫婦であるように
—— パートナーから言われて、一番嬉しかった言葉は?
私が落ち込んでいる時に、「今の僕にとって一番大切な家族は志麻なんだから」と言ってくれたときはすごく嬉しかったですね。ロマンはフランスに暮らしている家族ととても仲良しで、しょっちゅう電話もしているし、お互いに信頼してなんでも言い合える関係だと、私もよく知っているんです。その家族よりも私が大切、と言ってくれたことに感動しました。
—— これからの夫婦の夢は?
仕事面で「これを絶対に成し遂げたい」という大きな目標や計画は特にないです。これまでどおり、自分たちが心から楽しめてやりがいを感じられることに、心を込めて生きていきたいと思っています。
夫婦としては、これからも変わらず仲良く過ごしたいですね。日本の家族って、親になった途端に「子ども中心」の生活になってしまって、夫婦で向き合う時間が極端に減ってしまいますよね。でも、子どもたちはいずれ巣立っていく存在。しっかりと愛情を注いで育てながら、家庭の中心はずっと夫婦であるように。いつまでもイチャイチャできる2人でいたいと思います。
子育ての悩みはまず夫に相談しよう
—— 日本の夫婦関係がよりよくなるための提言を。
夫婦間でたくさん話せる時間をつくりましょう。フランス人の家族は、絶え間なくずーっと喋っています。よく聞くと、全然話が噛み合っていなかったり、笑っていたかと思ったら突然険悪な雰囲気になったりと、日本人の感覚からすると不思議なことばかり起きているのですが、思ったことをすぐに口にできる関係性があるから、大きな問題も一緒に乗り越えられる家族になれるんだなと感じています。
まずは、同じドラマや映画を観ながら感想を言い合うくらいでもいいと思います。感じたことを口にしないと、何も進まないし、始まらない。話が食い違ったとしても、話を続けてさえいれば、相手の気持ちもだんだん理解できますし、そのうち解決策は見つかるんです。
あと、子育ての悩みに関して女性はママ友や自分の母親に相談することが多いのですが、まずはパートナーに相談するほうがいいんじゃないかなと思います。一番身近にいる人を味方につけて、夫婦の結束を育てていけるといいですね。
—— あなたにとって「夫婦」とは?
夫婦とは、恋人であり、愛を育む人。「パートナー」という呼び名は、ちょっと無機質に感じてしまいます。やっぱり夫婦は、愛のある関係だし、その関係性を周りにも伝えていける存在。すると、きっと子どもたちも愛のある人間に育ってくれると思うんです。これからも「好きだよ」「ジュテーム」と愛情を伝えながら、言いたいことを言い合える二人でいたいです。
(夫のタサン・ロマンさん編はこちら▼)
( 聞き手、構成・宮本恵理子、写真・千倉志野)