エン・ジャパンが始めた新たな新卒採用は、「10年で本社経営陣参画」を目標に据える。
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東証一部に上場する人材サービスのエン・ジャパンが、「10年後の役員就任」を目標に据えた新卒採用を始めた。
入社後4~10年目に国内および海外の投資先・子会社に役員として派遣され、経営者としての経験を積む。日本でも経営者の若返りは進んでいるものの、30代CEOが率いるメガ企業が続々と生まれる米中に比べると、変化は遅い。
エン・ジャパンの緒方健介社長室長は、「人材会社として、新卒から最短ルートで幹部を育成する仕組みを自社でつくりだし、ノウハウとして広げたい」と狙いを語った。
TOEIC800点が応募条件、インターンで報酬決定
エン・ジャパンが通常の新卒採用とは別に、新たに始めた「グローバル経営人材コース」採用は、「10年後の役員就任」から逆算し、キャリアプランを提示している。
新卒で入社した社員は、まず投資とグループ会社の経営管理を担う社長室に配属され、3年目までは投資候補先の選定や協議を担当。4年目に国内投資先に役員として派遣され、7年目以降は海外投資実務を担当する。その後、海外子会社の役員を経て、11年目に本社経営陣に加わる設計になっている。
社長室の外国人比率を50%とする目標があることや、海外事業を担うことから、応募資格はTOEIC800点以上で、英語での面接もある。最終面接前に実施するインターンで学生の能力を見定め、報酬を決定するという。採用は若干名で、これまで5回行った説明会には約280人が参加した。
リーマン以来の人材ビジネスの懸案
エン・ジャパンは人材ビジネスの課題を克服するために有望分野に投資をすることを決め、社長室を新設した。
エン・ジャパンの採用説明会資料より
「一言で言えば、社内に幹部道場をつくるということ。日本の大手企業としての大きな実験でもある」(緒方室長)
エン・ジャパンの鈴木孝二社長は、同社の前身である日本ブレーンセンターに新卒で入社し、子会社として2000年に分社・独立したエン・ジャパンの取締役を経て2008年6月に37歳で社長に就いた。
だがその直後のリーマン・ショックで大規模な希望退職の実施を余儀なくされ、事業を立て直す中で、人材ビジネスへの依存度が高い同社の課題も明らかになった。
緒方室長によると、人材ビジネスを基盤とするエン・ジャパンの課題は以下の3点だ。
- 人材ビジネスは景気に左右されやすい。
- 日本の人材ビジネスは人口減により成熟に向かっている。
- 海外の新しいサービスに破壊されるリスク。
これらの課題を解決し、成長を続けるため、同社は非人材サービス分野と海外ビジネスを新たな事業の柱に育てる方針を決め、2020年3月に投資とグループ会社経営を担う社長室を設置。また、「日本の中小企業のDX支援」および「米中のHRテック」向けの投資枠を計200億円設定した。
今はオンラインで求人情報を見る人がほとんどだが、20年前は紙が主流だった。緒方室長は、
「当社はインターネット普及期にインターネット求人広告を始めて、紙の市場を破壊した側だったが、今のモデルもそのうち海外の新興企業に破壊されるかもしれない。特にシリコンバレーや中国はHRテックがこれから伸びるだろうから、今のうちに仲間になっておきたい」
と話す。
戦略コンサル志望する学生を振り向かせたい
「男女、日本人と外国人、文系と理系の人材比率を1:1にしたい」と話す緒方社長室長。
投資とグループ会社の経営を手掛ける社長室のスタッフは15人。緒方室長を含め全員が社長室設立に伴って入社した中途入社だ。
業務的に即戦力を求めるイメージが強く、採用説明会でも参加した学生からは、「なぜスキルや経験のない新卒を採用するのか」との質問も出た。これに対して緒方室長は、
「M&Aのノウハウは経験を積むことで身に着けられると考えており、中途採用でもM&Aの経験者は3人しかいない」
と前置きし、こう話した。
「当社は事業会社としてM&Aを行うので、投資先に理念や価値観を伝えるのも大事になる。中途入社は経験豊富だが、どうしても前の会社の色があり、新卒の方が理念やカルチャーが浸透しやすいと考えた」
また、もう一つの理由として、こう話す。
「海外に目を向けた新規事業でもあるので、グローバル志向かつ経営者を目指している学生、つまり戦略コンサルや投資銀行を志望する優秀な学生を引き入れたい。自社にとっては、刺激をもたらす『なまず効果』(あるグループに異質な存在が加わることで、グループ全体の活力が上がること)も期待している」
投資銀行や戦略コンサルと同じような業務環境と、入社数年目での経営の機会を提供することで、従来アプローチできていなかった層をひきつけるとともに、「プロ経営者」を一から育成する仕組みを模索したいという。
戦後の日本経済を支えてきた終身雇用・長期雇用のスキームが揺らぎ、特に20~30代の間では「転職しながらキャリアを構築する」モデルも普通になっている。人材紹介を手掛けるエン・ジャパンも転職文化を作り出してきた企業の1社だ。「10年で上場企業の役員」というキャリアプランは大胆であると同時に、「そもそもそんな人材が、10年も1社にとどまるのか」という疑問もある。
これに対し緒方室長は、こう話す。
「3年おきに新しいミッションにチャレンジできるようなキャリア形成を想定し、早ければ2~3年で子会社役員のポジションに就く設計している。自分たちが投資した先の経営に直接関われるのは、コンサルファームにはない魅力であり、経営幹部候補に10年働き続けてもらえるよう、魅力的な仕事・機会を提供するのも一つのチャレンジ」
男女、日本人・外国人、文系・理系比率を1:1に
海外、特に米中に目を向けると、デジタル時代の進展で経営者の世代交代が急速に進んでいる。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOは36歳。TikTokを運営するバイトダンスの張一鳴CEOも37歳だ。社員数が11万人を超える中国のアリババは2018年時点で、上級管理職に占める1980年代生まれの比率が14%に達し、90年代生まれの管理職も1400人を超えた。36人いるパートナーのうち、3分の1が女性でもある。
新卒で都銀に入社し、投資銀行やアジア企業に転職した緒方氏は、こう語る。
「経営人材や管理職のダイバーシティーは、日本では制度を設けないと進まないと感じている。社長室の人材を、男女、日本人・外国人、文系・理系全て1:1の比率にしたい。今は全員が中途入社だが、プロパーも増やしていきたい。幹部育成の制度を標準化していくことが最終的な目標」
(文・写真、浦上早苗)