東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県で再延長されている緊急事態宣言。
3月18日、感染症の専門家などからなる諮問委員会が開催され、21日に緊急事態宣言が解除される方針が了承された。政府は18日の夜に、宣言の解除を正式に決定した。
2021年3月5日、緊急事態宣言の再延長について記者会見を開く菅義偉首相。
REUTERS/File Photo
ここ数日の感染状況を見る限り、東京の感染状況は2週間前よりもむしろ悪化している。一方で、2カ月半続いた自粛要請に疲弊する人や、自粛に飽き飽きして休日には外出する人も増えてきている中、自粛の「お願い」に頼った感染対策にも限界が見えつつある。
この状態で緊急事態宣言が解除された場合に最も注意したいのは、開放感によって人出が急激に増え、陽性者が急増するリバウンドだ。解除後、陽性者が爆発的に増えてしまえば、再び強い感染対策の措置を取らざるを得なくなる。
「宣言解除」は、すべての行動を「コロナ前に戻して良いということを意味しているわけではない。
私たちはこれから先、新型コロナウイルスとどう付き合っていくべきなのか。
国や地方の感染症対策に詳しい、沖縄県立中部病院の高山義浩医師に聞いた。
※この記事は、READYFOR主催の新型コロナウイルス感染症:いのちとこころを守るSOS基金の協力のもと作成されたものです。取材は2月25日に行われ、その時の情報に基づいている。
緊急事態宣言前に確認しておきたい、解除後の行動様式
READYFORの市川衛氏(左)と、高山義浩医師(右)。
提供:READYFOR
高山医師がふだん過ごしている沖縄県では、2月28日に県が独自に発令していた緊急事態宣言を解除している。
取材をした2月25日の段階で、高山医師は解除後の感染対策について次のように語っていた。
「3月1日から平常運転に入ります。ただ、現状ではみなさんエンジンを空ぶかしにしているような状態なので、単に『解除です』と言ってしまうと、大暴走になりかねません。適切なメッセージを出していく必要があります」
実際、沖縄県は緊急事態宣言の解除にともない、会食時の注意や、県内外での移動、離島へ行き来する上での感染対策の方針などをあらためて周知している。
ワクチンが行き渡るまでは、たとえ緊急事態宣言が解除されたとしても、引き続き感染対策を徹底した中で生活せざるを得ない。これは1都3県でも同じだ。
ただ、緊急事態宣言明けの感染対策の度合いは、地域住民の心情にも大きく左右される。
「医療従事者からすると、できるだけ封じ込めたほうが良いので『自粛を保ってください』と言うことになります。ただ、実際にはそれについていけない住民がいる中で、落としどころを探していかなければなりません」(高山医師)
緊急事態宣言のような強い対策を維持し続けようとしても、住民の理解と協力がなければ感染は制御できなくる。一方、感染対策を緩和しすぎればコロナの再流行を早めることになってしまう。
政府や1都3県の首長にとって、緊急事態宣言の解除時にいかに納得感のある緩和策を示せるかが、今後のコロナ対応の鍵となりそうだ。
東京都は、緊急事態宣言解除後の3月22日〜31日の期間を「段階的緩和期間」と定め、飲食店の営業時間を夜21時までにするよう調整している。
見極めたい、各地域の「脆弱性」
2021年3月14日、高尾山薬王院で2年ぶりに開催された「火渡り祭」に集まった人々の様子。東京では、休日に外を出歩く人が増えてきている。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
新型コロナウイルスの流行が始まってから1年。感染が広がりやすい「脆弱」な部分が分かってきている。
新型コロナウイルスが流行する過程では、最初に歓楽街に出入りする人の間で陽性者が増え、家族間や高齢者施設で働く若い従業員などに感染が広がっていく。そこからリスクの高い高齢者へと感染が広がることで、重症者が増える。
高山医師は、基本的にこういった流れで感染が広がっていくとしながらも、自治体によって注意すべき点は異なるだろうと指摘する。
「例えば、島根県における課題と、大阪府における課題はおそらく違うんです。緊急事態宣言を解除すると、そう遠くないうちに第4波が来る可能性は高い。間が空いていないため、『自粛』というメッセージだけでは乗り切ることが難しいと思います。
各自治体が把握している脆弱な部分をどう守っていくのか、もう少しピンポイントの対策を取る必要があるのではないでしょうか」(高山医師)
各自治体の弱い部分をカバーするためにポイントになるのは、検査の使い方だ。
例えば、感染拡大初期の2020年2月、沖縄では1日にわずか18件しかPCR検査を行うことができなかったという。これが今では、1日に4000件もの検査が可能となった。
「この4000件の検査を大事に使い惜しみするのではなくて、脆弱だと分かっているところに幅広く使っていく必要があります。陽性であることが分かったときの支援も含めて、進めていくことが必要です」(高山医師)
これまでの経験から判明している「脆弱なポイント」へのサーベイランス(注意深く監視する体制)を強化し、早めに感染拡大の兆候を見つけることで、感染が拡大して手に負えなくなる前に対応しようというわけだ。
東京都の小池知事は、緊急事態宣言の再延長が決まった3月5日の会見で、老人ホームなどの高齢者施設等を対象に重点的な検査を実施していると語っていた。これは高リスク群でのクラスターの発生や感染の広がりを抑えることで、重症者・死亡者を減らすための施策だ。
重症者を出さないことを目標に、高齢者への対策を続けるのか。あるいは、もっと早期の感染拡大を防ぐためのサーベイランス体制に移行するのか。
東京都では、3月16日の段階で陽性者数の7日間平均が300人に近づいている。
この規模で感染が広がっている中で緊急事態宣言が解除されることになった場合、何をゴールとしてどのような検査体制を構築するのがベターなのか、東京都をはじめ感染がまん延している地域の考え方が問われることになる。
ワクチン接種で生じる「緩和ムード」計算した対策を
医療従事者向けに先行接種を行っている東京山手メディカルセンターの様子(2021年2月17日撮影)。
Pool via REUTERS/ Behrouz Mehri
2月中旬から、医療従事者を対象にワクチンの接種が始まっている。
3月16日の段階で、1回以上ワクチンを接種した人の数は約35万人。副反応として、頭痛や悪寒などの一般的な症状はもちろん、重いアレルギー反応であるアナフィラキシーの報告例もみられているが、基本的にすべて回復している(1例、ワクチンの接種後くも膜下出血により死亡した事例が報告されたが、現時点ではワクチンと因果関係があるとは考えられていない)。
ワクチンの接種が、医療従事者、高齢者、若い世代と段階的に広がっていった場合、日々の感染対策の考え方はどう変わっていくのだろうか。
高山医師は、まだワクチンの効果については分からない部分もあるとはしながらも、ワクチンの接種が進めば感染対策の考え方を緩める対応もありえるのではないかと語る。
「ワクチンを接種すると『そろそろ対策を緩和していこう』というムードが生じるはずです。そうした中、過剰に解除し(感染対策を緩め)すぎることなく、科学的な根拠をもってワクチン接種後の感染対策へと切り替えていかなければなりません」(高山医師)
これから先の感染対策のハンドリングは、かなり難しくなりそうだ。
高山医師はこれに加えて、ワクチンの接種が高齢者や若年層にも広がっていった際には、日々の陽性者数だけを見ていても、感染症の実態を把握することが難しくなる可能性があると指摘する。
「(ワクチンを接種していれば)症状が出たとしても、軽症で済む人が多くなります。多少症状が出ても『私はワクチンを接種しているから大丈夫だろう』と病院を受診しない安全性のバイアスが働くことが予測されます。軽症で受診しないこと自体は問題ありませんが、日々報告される陽性者数が実際の感染状況を反映しなくなる可能性があります」(高山医師)
沖縄の公立病院では、救急外来時に採血した人を対象に、抗体検査を実施している。無作為に受診した人を対象に抗体検査を行うことで、その地域の感染状態をある程度継続的に把握できるというわけだ。
「そういう(感染状況を把握するための)仕込みが必要になるのかもしれません」(高山医師)
本当の意味でコロナを乗り越えるには?
2021年1月7日、緊急事態宣言が発令された日の東京。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
1度目緊急事態宣言から、もうすぐ1年。季節がひと回りした。
これから先も、新型コロナウイルスとの闘いの日々が続くことは避けられない。
高山医師はこの先の対策の課題を次のように指摘している。
「感染が広がる集団というのは、やっぱり社会の脆弱な部分なんです。欧米でもエッセンシャルワーカーなど、社会を支えてくれている方々が感染しています。そういう人たちを支えていく仕組みにつなげていかなければ、僕は本当の意味でコロナ禍を乗り越えたとはいえないと思っています。
残念ながら、日本ではそういう雰囲気にまでは至っていません。感染した人をバッシングするのではなく、感染した人について、その社会背景を理解し、支えていくムーブメントに高めていくこと。これは日本の重要な課題だろうと思います」(高山医師)
日本では、いまだに医療従事者に対する差別なども根強い。
高山医師がこう考えるのは、これまで続けてきたエイズ(※)診療の経験からだ。
※ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染することで発症する感染症。免疫が極端に低下することなどが特徴。
エイズの対策では、1人ひとりに対する感染予防の指導が対策のゴールではなかったと高山医師は話す。
「 偏見とは何かについて、それをどう克服すべきかについて、エイズによって私たちは強烈に考えることになりました。それは、他の差別問題とは違った当事者性を内包しているからでしょう。気づかれた課題をエイズ患者だけではなく、コミュニティ全体の課題とすることで解決へと導いてきた歴史があります。
私は、コロナでもそこまで持っていく必要があると思っています」
(文・三ツ村崇志)
編集部より:3月18日の政府決定を受けて追記しました。 2021年3月19日 10:15