聞こえない親のもとに生まれたCODA、多様な人が生かされる社会とは──映画監督イギル・ボラ氏

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(C)Yoon Songyi.

CODAコーダ)という言葉をご存知だろうか。

聞こえない親のもとに生まれた聞こえる子どもを指すCODAChildren of Deaf Adults)は、幼いうちから聴覚に障害のある両親の通訳として期待されるなど、特殊な役割を担って育つ場合が多い。また、障害を持つ親のもとに生まれたことで特別視された経験を持つ人もいる。

韓国の映画監督で作家、イギル・ボラもそのコーダのひとりだ。新刊『きらめく拍手の音』にはコーダとして育った体験と心境が紡がれ、みずみずしくて切なく、そして暖かい。来日した彼女に話を聞いた。

イギル・ボラ
1990年、韓国生まれ。映画監督、作家。ろう者である両親のもとで生まれ育ち、ストーリー・テラーとして活動する。17歳で高校中退、東南アジアを旅した後、韓国総合芸術学校でドキュメンタリーを学ぶ。中編ドキュメンタリー映画『ロード・スクーラー』(2008年)、長編ドキュメンタリー映画『きらめく拍手の音』(2014年)を撮影し、同作は、ソウル国際女性映画祭にてドキュメンタリー玉浪文化賞及び観客賞、第8回女性人権映画祭観客賞、第15回障害者映画祭大賞を受賞。日本では2015年に山形国際ドキュメンタリー映画祭にて「アジア千波万波部門」特別賞受賞。著書に『道は学校だ』『ロードスクーラー』『私たちはコーダです』『やってみなけりゃわからない』(いずれも未邦訳)がある。

ふたつの世界で育ったことのギフト

私はろう者の両親の元に生まれて、聴者の世界で生きてきました。その「ふたつの世界の往来」ができたということは、私にとっていちばん大きなギフトです。なぜかというと、その経験がなければ私の文章も映画も生まれなかったので。ふたつの世界の境界から見えてきたことこそが創作の原点なのです。

それに、いつも私は両親に影響を受けています。両親のアイデンティティが非常にポジティブなものだったから、私もポジティブになれたんです。

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21歳で出合った「コーダ」という言葉

21歳のときにコーダという言葉を知り、その後自分と同じ経験をしてきた人々との出会いがありました。私がイギル・ボラとして体験してきたことは、コーダなら誰もが体験することだったんだ! と知り、驚きました。

私以外のコーダに出会い、経験を聞くにつれ、自分のアイデンティティを客観的に確かめることができ、コーダとしての人生が持つ意味について、気付かされました。

ろう者の親を持つ「私たち」が何者なのかをともに考え、私ならではの体験を再発見することろう社会で育ち、聴社会に出会って、ぶつかり、その境界でアイデンティティを培ってきたこと。そういう話をする仲間ができて、以前よりも寂しくなくなった。世界が広がった、とも感じました。

「他者」との出会いで自分を広げられる人間でありたい

高校を中退して東南アジアを放浪したり、オランダに留学したりすることで「他者」との出会いを体験しました。外国の人でも、そうでなくても他者との出会いでは、この世界に多様性があるということにいつも気付かされます。

自分とは異なる人がいる。この人の視点ではこんなふうに見える」という事実に、はっとするんです。

ろう者の両親のおかげで世界が拡張したと感じたように、私はこれからも他者との出会いによって自分の世界を広げていけるような人間でありたいです。

私がオランダに留学するときには、両親が「やってみなけりゃ分からない」と背中を押してくれた。これは両親がろう者だから、情報を得たり理解したりするために体験を大切にしているという背景があるのです。「やってみなければわからないから、行ってみなさい。行って見てみてわからなければ、触らなければわからないから、触ってきなさい」と。

ろう者だからこその考え方や物事の理解の仕方がある。私はそれを知ることで、ろうの人が世界を獲得している方法を、自分の身をもって知り、考えることができた。たくましく、自分の世界を広げることができたのです。

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マイノリティが「自分の話ができる環境」こそが必要

性的マイノリティだとか、少数者って呼ばれる人がいますよね。でも、私はいつも少し立ち止まって「マイノリティって呼んでいいのかな」と考えます。ある見方をすればマイノリティだとしても、事実としてあるのは、その人がその人であるということだけですから。

ろう者にかぎらず、あらゆるマイノリティがその人生をよく生きられる社会が望ましい。それには、当事者が自分の話ができる環境が必要だと思います。

マイノリティと呼ばれる人にどんな環境が必要なのか。そのひとたちがどんな経験をしてきたのか、ということが、十分に語られる必要がある。

私は長い間、ろう者の両親と暮らしてきましたが、父と渡米したときに、アメリカの手語で一杯のコーヒーをオーダーすることができなくて、両親が経験してきたこと、つまり惨めな気持ちや伝えられない残念さを、はじめて感じることができたのです。

そんな風に、当事者が抱える困難やその背景にある感覚、感情といったものは、どれだけ語られても足りないものだと思います。だから、当事者がしっかり声をあげて、話せる環境を作ることが大切。教育、行政、そして政策や福祉が果たすべき役割はとても大きいと思っています。

母と私、祖母と母、そして祖母と私。アジア人女性の物語として

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Zoom取材に応じるイギル・ボラ氏。

(全体に女性らしさを感じるという問いかけに)そうなんです、この本を女性の物語として書いている側面もあります。この一冊は、母へのメッセージを込めたプロローグに始まり、母の母、つまり祖母に向けたエピローグで締めくくっています。ろう者の母を持つわたし、ろう者として生まれた母、そしてろう者の娘を持った祖母……。それぞれの女性としての思いがある。喜びも悲しみも、悔しさも。これはコーダの物語であるのと同時に、女性の物語でもあって、そこにフェミニズムの視点もあります

私はこれからも、コーダの視線を通して書いたり、映画を撮ったりしていきたいと思っています。コーダの視点から女性のフィジカルな面、とりわけ生殖といった側面をとりあげてみたいです

誰もが自身の固有性を見つけられたら、世界は豊かになる

この物語は、私自身のことばを探す旅の記録でもあります。本映画を見ていただいて、みなさんも自分なりの固有性を探す旅に出ていただけたら。

誰もが自身の固有性を見つけることができたら、そして、他者の先に広がる世界に共感することができたら、世界は、はるかに豊かになるはずです。

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きらめく拍手の音 手で話す人々とともに生きる
著者:イギル・ボラ
翻訳: 矢澤 浩子
出版社:リトルモア
定価:1980円(税込)

MASHING UPより転載(2021年02月01日公開


(取材協力/代官山 蔦屋書店、通訳/根本理恵、取材・文/ MASHING UP編集長 遠藤祐子)

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