夫婦どちらかの年収が1200万円以上の世帯の児童手当の支給を廃止する法改正案が閣議決定され、野党による追及が始まった。
1200万円という制限額は、子ども2人と年収103万円以内の配偶者がいる世帯の場合で、子どもの数に応じた具体的な額は政令で決められる。
「4人の子育てをしているが、年収1200万円では家計は10年赤字」「児童手当を廃止するなら、年少扶養控除の復活を。もしくは高所得世帯にも教育支援を」といった声があがる一方で、子育て世帯の分断は深まりつつある。
老後の貯蓄は60歳から、年収1200万円のリアル
児童手当廃止の対象者は「政策を批判したいが、声を上げられない」という。一体なぜか(写真はイメージです)。
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「児童手当の撤廃は一番ズドンときました。ああ、この収入層は本当に国に見放されたんだなって」
そう話すのは、九州で4人の子どもを育てる専業主婦のAさん(30代)だ。幼稚園に通う第1子と2子は5歳と3歳。1歳の第3子と、お腹の中には第4子がいる。勤務医の夫の年収は1200万円から1300万円の間で、これまでは児童手当の特例給付として子ども1人につき月5000円が支給されていたが、今後の法改正で廃止される懸念がある。
児童手当廃止のニュースを知り、Aさんが真っ先に連絡したのがファイナンシャルプランナーだ。
「第1子が高校に入学してから第4子が大学を卒業するまでの12年間、家計は毎月赤字になると言われました。高校は公立。大学は学部や下宿するかどうかで学費が大きく異なるため、中間の『私立文系の下宿なし、4年で卒業する』と想定した場合でも、です。
最もきつい時期は授業料やスマホ代など、子どもにかかる費用だけで月約65万円の出費になると。さらに生活費や住宅ローン、保険料などもかかってくるので、夫婦の老後の貯蓄は子どもたちが大学を出た後、60歳になってから始めてください、とのことでした」(Aさん)
税金の恩恵を感じられない
児童手当法の一部を改正する法律案の概要。
出典:内閣府
家を建てる際の給付金や不妊治療の助成金など、「ありとあらゆる所得制限に引っかかってきた」というAさん。中でも最も不安なのが子どもたちの学費だ。収入が多いほど高くなる保育料、高校や大学の授業料も減免の対象外。奨学金も収入の上限にかかり借りられない可能性もあるため、不安がぬぐえないという。
Aさんが不公平感を抱いているのは、中〜高収入層の家庭は税金を多く納めているにもかかわらず、教育支援から置き去りにされていること。それに加えて今回の児童手当法改正案は、高収入の中でも特に片働き世帯に負担が大きいように感じることだ。
専業主婦世帯だからこその不公平感
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というのも上の図にある通り、児童手当の特例給付が廃止されるのは一人で1200万円以上の年収がある世帯のみ。共働き世帯では夫婦それぞれの年収が960万円に満たなければ、たとえ世帯の年収が1200万円を超えていても児童手当が受け取れる。
またBusiness Insider Japanでも大和総研研究員の是枝俊悟氏がかねてより指摘していたが、そもそも日本は個人単位で収入を計算するため(個人単位課税)、同じ世帯年収同士で比べると、片働き世帯の負担が重く、共働き世帯の負担が軽くなる仕組みだ。(参考記事:同じ1000万円でも共働き世帯の税制、専業主婦世帯より恵まれているのはなぜ?)
児童手当廃止なら、子どもの数を考慮して欲しい
(写真はイメージです)
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Aさんは元保育士。家計のために働きたいという気持ちもあるが、4人の子育てと仕事の両立は容易ではない。
「子どもたちには習いごとも我慢させていますし、果物を買ってあげることすら躊躇(ちゅうちょ)する時もあります。児童手当はたかが5000円と思う人もいるかもしれませんが、子育て世帯にはすごく大きい。
私自身は2年間、美容室にも行ってない。ぜいたくは月に1度ハーゲンダッツを買うくらいです。
ぜいたくがしたいわけじゃない。稼げば稼ぐほど、産めば産むほど不安が募る制度や政策が不公平だと感じるんです」(Aさん)
しかしこうした不安を周囲に漏らすと、「そんなに年収があるのに?」「そんなに産むほうが悪いよ」といった反応ばかりだったため、今では誰にも相談できなくなったという。
「孤独ですね。当事者が声を上げづらいことを見越した、足元を見た政策なのではと思ってしまいます。
もし本当に児童手当を収入によって廃止するのなら、子どもの扶養人数と、それによってかかる負担をもっと考慮して欲しい。
そもそも親の収入で子どもに差をつけるのはおかしい。親の収入に関係なく子どもたちが平等に教育を受けられるよう、児童手当だけでなく教育支援策全体を見直して欲しいです」
署名4万8000人超の賛同は“安心感”が失われた証拠
矢田議員とのオンライン意見交換会。
提供:PoliPoli
政治家と議論ができるプラットフォーム「PoliPoli」では、3月12日、児童手当法の改正について国民民主党の矢田稚(わか)子参議院議員とのオンライン意見交換会を開催。子育て中の男女をはじめとした11人が参加した。
「児童手当の削減によらない待機児童の解消」を求める署名を立ち上げた男性は、
「児童手当の削減は、今回、廃止の対象にならなかった世帯からの反対意見もかなり多かった。政府の子育て政策に期待するのは“安心感”。それが失われたということだと思う」
と主張。事実、署名には4万8000人を超える賛同が集まっている。他にも、
「児童手当を削って待機児童対策に充てるというが、待機児童の数には地域間で差がある。全国一律の収入制限を設けるのはおかしい」
「子育て支援・少子化対策として不妊治療の保険適用などプラスの話も出てきているが、児童手当を撤廃するとなると、国としてどういう方向を目指しているのか全く分からなくなる」
「みんな子育てをしている“同じチーム”なのに、収入の低い人だけが得をして、高い税金を払っている高所得世帯が損をするという変な空気がまん延しないか心配。実は私の周りはすでにそんな感じになってしまっている。児童手当を廃止するなら、大学無償化などを高所得層でも利用できるようにして、“寄り添ってるよ”という姿勢を見せて欲しい」
などの意見が出た。
教育支援の拡充or年少扶養控除の復活を
出典:矢田わか子議員事務所
3月15日、参議院の予算委員会で質問に立った矢田議員は、旧民主党政権下でそれまでの児童手当から所得制限を撤廃し、手当額の大幅な増額をはかる「子ども手当」制度を設けた代わりに、15歳以下の子どもがいる家庭に支給されていた「年少扶養控除」が廃止された経緯に言及。
加速度的に少子化が進む中、なぜ児童手当の充実ではなく所得制限に舵をきったのか、その真意をあらためて尋ねた。
さらに政府の子育て、少子化対策の財源の少なさや、教育支援において所得の中間層が置き去りにされている現状に触れ、
「児童手当を廃止するのであれば、大学の補助は段階的に中間所得者層にまで続けるとか、年少扶養控除を復活させるとか、トータルパッケージとしての政策をお願いしたい」
と主張した。
児童手当廃止は「バランスを考えた措置」?
3月15日の参議院予算委員会で、児童手当の削減に反対する署名を掲げる矢田議員。
出典:参議院
さらに、子どもの数による詳しい所得制限が政令で決まることを引き合いに出し、その(具体的な金額)ラインがどうなるのか、不安を抱いている人が大勢いることを訴えた。
これに対し、坂本哲志少子化対策担当相は、不妊治療助成の拡充やベビーシッターへの支援措置の倍増など、全体的な支援策を行ってきたと回答。「子育て対策を充実させる中での、バランスを考えた上での措置」として、あらためて理解を求めた。
子育て世帯同士で財源を奪い合うような今回の政策が、少子化の歯止めになるのだろうか。国会での十分な審議が必要だ。
Business Insider Japanでは、セクハラや性暴力、長期化するコロナの影響による働き方や子育ての変化について継続取材しています。困っていること、悩みや不安があればどうか教えて下さい。ご連絡は ikuko.takeshita@mediagene.co.jp まで。(個人情報の取り扱いについては下記の規約に同意の上でご連絡ください。)
(文・竹下郁子)