幸せなキャリアを歩むためには、転職にまつわる古い“常識”にとらわれず、刻々と変化する転職市場のトレンドをアップデートすることが大切です。この連載では、3万人超の転職希望者と接点を持ってきた“カリスマ転職エージェント”森本千賀子さんに、ぜひ知っておきたいポイントを教えていただきます。
「会社の一員になった実感がありません」
前回は、転職者とは逆の立場にいる方——「採用側」の皆さんに向けて、応募者を見極めるための面接のコツなどをお伝えしました。
今回も引き続き、採用する立場の皆さんへのアドバイスをお送りします。テーマは「オンボーディング」。
「オンボーディング」とは、もともと「飛行機や船に乗り込む」の意。ここから、人事領域において「新入社員の受け入れ」をこう呼ぶようになりました。入社者が早く組織になじみ、戦力として活躍できるように支援する活動を指します。
もうすぐ4月。新入社員、あるいは他部署からの異動者を受け入れる時期ですね。特にチームリーダーを務めている皆さんは、新メンバーにどのように接していくか、考えを巡らせていらっしゃるのではないでしょうか。
特にコロナ禍でリモートワークが中心となった状況では、オンボーディングに苦労する企業が多く見られます。
ある会社のチームリーダーは、中途入社者がリモート環境でも早くなじめるよう、毎朝15分程度はチームでオンラインミーティングを行い、フォローに努めました。そして3カ月ほど経った頃、リーダーがそのメンバーに「組織になじめた?」と尋ねると、こんな答えが返ってきたそうです。
「はい、このチームに所属している意識は持てています。でも、この『会社』の一員となった実感はありませんね……」
この方の場合、チームへの帰属意識は持てたとのことですので、引き続きフォローを続けることで定着していけるのではないでしょうか。
ところが、チーム単位でも帰属意識が生まれず、「自分は放置されている」「役に立てていない」と孤立感を抱く新入社員は少なくないようです。実際に早期退職にもつながっています。
新しい組織へのオンボーディングの「初期体験」は非常に重要。入社者の86%は、最初の半年の体験が会社に長く勤めるかどうかに影響しているというデータがあります。
ですから、新入りメンバーを迎えるリーダーは、最低でも6カ月、入念なケアを心がけていただきたいと思います。
具体的にどんな働きかけや対応をすればいいか、お勧めの方法をご紹介しましょう。いずれも、私がこれまでマネジャー、経営者として実践してきて効果があったと感じる方法です。
1. メンバーがお互いを理解し合う場を設ける
チームリーダーとメンバー、そしてチームメンバー同士の「信頼関係」を早い段階で築きましょう。
「信頼関係なんて、一緒に仕事をする中で時間をかけて築くもの。すぐには無理」と思うかもしれませんが、「人同士」としてお互いを理解し合うことで、基本的な信頼関係をつくることは不可能ではないはずです。
お互いの生い立ち、これまでの人生のターニングポイントでどんな決断をしてきたか、喜びや楽しさを感じたこと、怒りや悲しみを感じたこと、なぜこの会社を選んだのか、仕事において何を大切にしてきたのか——そうした「志向」「価値観」をオープンに話し合ってみてください。
「モチベーショングラフ」をご存じでしょうか。自身のこれまでの人生を振り返り、どこでモチベーションが上がったり下がったりしたのかを曲線のグラフで表すワークです。
こうしたツールをベースに話をすれば、上記のような志向・価値観が浮かび上がりやすくなります。
こうしてお互いを理解すれば、心の距離はぐっと近くなるもの。お互いが大切にしていること、強み・弱みを共有すれば、仕事を進める上で連携がスムーズになるでしょう。
価値観を共有するミーティングやワークショップの場を、なるべくならリアルの場で設けてはいかがでしょうか。もちろん、ファシリテーションさえうまくできればオンラインでの実施でもかまいません。
2. リモート環境でも気軽に相談できる場を設ける
週1回など定期的なチームミーティングや1on1の機会に、新入りメンバーに「何か気になっていること、悩んでいることはある?」と声をかける——これはどんなリーダーにもできることですし、実際にやっていると思います。
しかし、そう聞かれてすぐに「実は……」と具体的な話が出てくる状態は、もしかすると「末期症状」に近いのかもしれません。その人はずっとそのことを思い詰めていたとも考えられますから。
大切なのは、深刻化する前に、モヤモヤを感じたタイミングで吐き出せるようにすることです。
コロナ禍以前は、「ちょっとした話」が簡単に、頻繁にできていました。オフィスでお茶を飲むタイミングで、あるいは顧客先を一緒に訪問する際の移動中に、「最近どう?」と気軽に会話ができました。表情が冴えないことに気づき、声をかけてみることも可能でした。
しかし、リモートワーク環境ではそれができませんよね。
ですから、それに代わる、「ちょっとした変化」をすぐにキャッチアップできるような仕組みを設けることをお勧めします。
便利なのは、やはりチャットツールの活用でしょう。グループチャットで、業務連絡のスレッド以外に、「ちょっと聞いてください」を自由に投稿できるスレッドを設けてみてはいかがでしょうか。
もちろん、ネガティブなつぶやきだけでなく、「こんなことがあってうれしかった」などのポジティブな報告もできる場とします。
そうした「場」を設けたら、まずはリーダーが率先して投稿する。いいことも悪いことも、気軽にそこで吐き出す。そうすればメンバーも安心して吐き出すことができるでしょう。
なお、私が経営する会社でも、チャットツールに、目的別のスレッドを複数設けています。例えば……
- スケジュール設定(会議や打ち合わせなど)
- 参考となるメディア記事やファイルなどの共有
- 業務上の出来事やナレッジ共有
- 私(=リーダー)にすぐにアクションを起こしてほしいこと
- 私(=リーダー)に報告しておくこと
- プライベート情報の共有
特に「プライベート情報の共有」は、メンバー同士のつながりを強くします。「今日、◯◯さん誕生日だよね?」「おめでとう!」——そんなやりとりから、仲間意識が生まれると思います。
3. 「質問・相談OKタイム」を設定しておく
これは私が会社員時代、新人ばかりを集めた部署でマネジャーを務めていた頃にしていたことです。
夕方の時間帯には、集中力が必要な仕事は入れず、雑用を片づけるなど「ゆるく」過ごすようにしていました。メンバーが気軽に話しかけやすくするためです。「今、忙しそうだから話しかけづらいな」と思わせないように。
リモート環境ではお互いの姿が見えない分、新入りメンバーが「今、相談を投げかけても大丈夫だろうか」と迷った結果、「忙しくて迷惑をかけるかもしれないからやめておこう」と、問題を先送りにしてしまうかもしれません。そうするうちにモヤモヤが積み重なり、手遅れになる恐れも……。
それを防ぐためにも、「質問・相談OKタイム」を明示しておいてはいかがでしょうか。グループの共有カレンダーなどに表示しておいてもいいですし、「◯曜日・◯時~◯時」などと決めておいてもいいでしょう。メンバーにとっては、「このタイミングで相談できる」と思えるだけでも安心感を持てるのではないでしょうか。
4. 定期的に会って話す機会を設ける
ほぼフルリモートで仕事をしている会社であっても、やはり週1回くらいはメンバーが一堂に会する機会を設けたほうがいいと考えています。
私の会社でも、オフィスに来る必要性がなくても、週1回はオフィスに集まります。ミーティング後のランチタイムには、それぞれが作ってきたり買ってきたりしたお弁当を一緒に食べます。
メンバーからは、「毎日、1人で1日中PCに向かっていると息が詰まることもある。メンタルをリセットする機会が週1回あるのはいい」と好評です。
なお、週1回のリアルミーティングは、火曜日に設定しています。土日のお休みが明けてすぐの月曜日より、エンジンがかかってビジネスモードにしっかり切り替わった状態の火曜日のほうが心理的抵抗感が少ないと思うからです。実際、メンバーたちも火曜日を希望しました。
週の後半にすることも考えましたが、火曜日なら打ち合わせしたことを水・木・金曜日のうちに消化することができます。
フルリモートは確かに楽ですし、効率的に思えます。けれど、長い目で見れば、メンバーのモチベーションに影響を及ぼし、生産性を落とすことになるのではないかと感じています。
特に新入りメンバーを迎えてからしばらくの期間は、同じ空間で対面して話す機会を設け、信頼関係を築くのが望ましいと思います。
なお、最近は企業のオンボーディングを支援するサービスも登場しています。ワークサイドが提供する「Onn」、人的資産研究所の「HaKaSe Onboard」など。こうしたプログラムを活用してみるのもいいでしょう。
※転職やキャリアに関して、森本さんに相談してみたいことはありませんか? 疑問に思っていることや悩んでいることなど、ぜひこちらのアンケートからあなたの声をお聞かせください。ご記入いただいた回答は、今後の記事作りに活用させていただく場合があります。
※本連載の第49回は、4月12日(月)を予定しています。
(構成・青木典子、撮影・鈴木愛子、編集・常盤亜由子)
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。