史上初めて撮影されたブラックホールの画像が残した、天文学への「宿題」

Blackhole

ブラックホールから「ジェット」が吹き出すイメージ。

画像:NASA/JPL-Caltech

人類史上初めて撮影に成功した「ブラックホール」。

2019年4月10日に公開されたあの衝撃の画像から何が分かり、何が分からなかったのか。

前回の記事では、ブラックホールの性質が、実質的にその「質量」と「角運動量」の2つのみで決まると紹介してきた。

こういったブラックホールの「性質」を正確に把握することで、天才物理学者、アインシュタインの一般相対性理論の検証や、ブラックホールそのものの理解へとつながっていくことになる。

ただし、「イベント・ホライゾン・テレスコープ」(Event Horizon Telescope、EHT)が撮影したあの画像からは、ブラックホールの質量こそ「太陽の約65億倍」と推定できたものの、ブラックホールがどれだけ回転しているのかを示す「角運動量」をうまく推定できなかった。

そこで出番となったのが、筆者を含むEHTの理論作業班だった。

ブラックホールの回転は「決められない?」

ブラックホールのシミュレーション

左の図はシミュレーションデータを画像化したもので、右の図は左のシミュレーション画像をEHTの空間解像度でぼかしたもの。EHTの空間解像度が高ければ、左の図のように綺麗な光子リングとブラックホールの周りにあるガス(ブラックホールへ落ち込むものやジェットとなって噴出するもの)が作るフィラメント状の構造が見られると考えられている。

提供:水野陽介

EHT理論作業班では、最も現実的なブラックホールの理論的なモデルをもとに、大規模シミュレーションによって、無数の異なる回転速度(角運動量)を持つブラックホールのシミュレーション画像を用意することにした。

M87周辺の科学的シミュレーションCGと観測結果の比較映像

出典:国立天文台

こうして得られた無数のブラックホールのシミュレーション画像と、実際にEHTで撮影された画像を比較することで、EHTが撮影した画像に一番近いブラックホールの角運動量を推定しようというわけだ

私たちが用意したシミュレーション画像は、計6万通り以上。

そしてその多くで、EHTが撮影した明るいリング構造を見事に再現する結果となった。しかしこれには大きな問題があった。

うまくEHTで撮影したブラックホールの画像を再現できるのはとても喜ばしいことだと思うかもしれないが、どんな角運動量を持ったブラックホールでもEHTの観測で得られた明るいリング構造を再現できてしまったため、これではブラックホールの角運動量を逆算することができない。

どのモデルがより観測結果と合致しているのか、EHT理論作業班内での議論はまさに紛糾した。

いろいろなモデルの比較方法が提案されたが、残念ながらどれも決め手に欠いた。そして私たちは最終的に、EHTの画像からはブラックホールの角運動量について「決めることが出来ない」と結論づけることとなった。

EHTが残した宿題とは

eso

ブラックホールの周囲にあるガスは、円盤状になって吸い込まれていく。この円盤に垂直な方向に「ジェット」が噴出する。

画像:ESO, ESA_Hubble, M. Kornmesser_N. Bartmann

本当にブラックホールの角運動量を求めることはできないのだろうか。

他の方法を探し求めた私たちは、一つの方法に辿り着いた。

活動銀河から噴き出している「相対論的ジェット(以下、ジェット)」と呼ばれる天文現象を利用する方法だ。

ジェットとは、光速に近い速度でブラックホールの中心付近から噴き出している細長いプラズマの流れだ。活動銀河M87では、非常に強く長く伸びたジェットが、周波数の低い電波を使った観測で見つかっている。

実は現在、最も信じられている理論モデルでは、ブラックホールを貫く磁場を経由して伝えられたブラックホールの回転するエネルギーによって、ジェットが駆動されていると考えられている。この理論モデルでは、ブラックホールの回転が速いほど、より強いジェットが形成される。

つまり、活動銀河M87のジェットとその磁場を観測することで、そこからブラックホールの角運動量を求めることができるかもしれないのだ。

これまでに行われた(EHTとは別の観測による)ジェットの観測結果と理論モデルを比較すると、活動銀河M87の場合、ブラックホールはかなり高速で回転していることが望ましいと結論づけられている。

しかしまだ問題がある。

EHTの画像では、ジェットが全く見えていないのだ。これでは、本当にジェットがブラックホールから駆動されていると断言できない。

これは今のところ、撮影感度が足りていないためだと考えられている。ジェット構造を撮影することは、EHTの観測が残した宿題の一つだといえる。

ドーナツの下側が明るいのはなぜか?

EHT_ブラックホール

EHTによって撮影された、ブラックホールの「影」。上部が暗く、下部が明るくなっている。

画像:EHT Collaboration

EHTで得られたブラックホールの画像は、上部よりも下部のほうが明るい。これはブラックホール周りで光を出しているプラズマの動きと関係している。

ブラックホールの周辺にあるプラズマは、ブラックホールの回転に引きずられるように動いている。地球側に向かって動くプラズマは強く光る一方、地球から遠ざかるように動いているプラズマは光が弱くなる。これは、相対論的ビーミング(光が前方に集中して見える相対論で説明される効果)と呼ばれる効果だ。

EHTで撮影されたブラックホールの画像の明るさの違いをもとに考えると、あの画像は自転するブラックホールをほぼ真上から見たものと推定することができる(回転軸は、少し右側に傾いている)。

回転軸が少し右側に傾いていることを考えると、私達から見て、ブラックホールの周りにあるプラズマは時計回りに回っていることになる。プラズマはブラックホールと同じ方向に回転しているため、ブラックホールも恐らく地球から見ると時計回りに自転していると結論付けられた。

なお、ジェットは、ブラックホールの自転軸と平行に噴き出すとされている。

天の川銀河の中心にあるブラックホールを「解析中」

M87観測

画像:M87中心ブラックホールと東アジアVLBIネットワークによるジェットの詳細観測図。

EHT Collaboration

2017年に行われた、M87の観測ではまだ発表されていない成果がいくつかある。

そのうちの一つが「偏光観測」の結果である。普通、光はランダムな方向に振動しているものだが、中には振動する方向が決まっている光が存在する。これが「偏光」だ。

ブラックホール周辺の偏光を観測できれば、ブラックホール付近の「磁場」の情報を手に入れることができる。これによってブラックホールの形成メカニズムに関する理論モデルをさらに発展させることができるようになることはもちろんのこと、ブラックホールの回転についても情報が得られる可能性がある。

また、現在EHTでは、地球を含む太陽系が所属している天の川銀河の中心にある巨大ブラックホールSgr A*の解析を進めている。

Sgr A*のブラックホールの質量は、2020年のノーベル物理学賞の受賞対象となった近赤外での観測により、非常に高い精度で計測されている。

Sgr A*のブラックホールの画像を撮影することができれば、既存の質量に関する計測データと合わせて、ブラックホールの周囲に存在する「時空」の情報をより高精度に知ることができると期待されている。

ブラックホールの影はブラックホールの特性、すなわちブラックホールの周辺の「時空」の形によって決まっている。

観測されるブラックホールの影が、アインシュタインの一般相対論から予測される影とどこまで一致しているのか。より正確なブラックホールの質量の観測結果を元にしたシミュレーションと比較すれば、一般相対論の正しさのさらなる検証ができるようになるだろう。

EHTはこれからブラックホールを撮影できる唯一の観測装置として大幅に拡張される予定だ。

次世代EHTの観測によって、ブラックホールについて多くのことが分かってくるだろう。しかしそれによって新たに出てくる謎もまた多くあるだろう。今後もEHTからの発表に注目をして頂きたい。

(文・水野陽介、編集・三ツ村崇志


水野陽介(みずの・ようすけ):上海交通大学李政道研究所T. D. Leeフェロー及び准教授。イベント・ホライゾン・テレスコープ理論作業班世話人。ブラックホール天文学、プラズマ宇宙物理学、数値天文学が専門。アメリカ航空宇宙局マーシャル宇宙飛行センターNASA Postdoctoral Programフェロー、アラバマ大学ハンツビル校宇宙プラズマ研究センター常勤研究員、國立清華大学天文研究所助理研究学者、フランクフルト大学理論物理学研究所研究員を歴任。愛知教育大学教育学部卒、愛知教育大学大学院教育学研究科修士課程修了、京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻博士後期課程修了(博士理学)。

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