シマオ:佐藤さん、ご無沙汰しています! 今日はお呼び立てしてしまって申し訳ありません。
佐藤さん:ここは、放送スタジオですか?
シマオ:そうです。実は、前の連載(『佐藤優さん、はたらく哲学を教えてください』)がとても好評で、「私も佐藤さんに悩みを聞いてほしい」という声が全国から殺到したんです!
佐藤さん:それは嬉しいですね。
シマオ:それで……せっかくですから、佐藤さんへのお悩み相談をラジオ形式で皆さんにお届けしよう! ということになりました。佐藤さん、お願いできますか……?
佐藤さん:シマオ君がDJ役という訳ですね。分かりました。どんな相談が寄せられているのですか?
シマオ:ありがとうございます! いろいろ来ているのですが……第1回目はこれにしましょう。30代の女性、Yukaさんからのお便りです。
私はパニック障害を患い、何度か休職しましたが良くならず、長年勤めていた会社を退職しました。私のような30代、40代の働き盛りと呼ばれる世代が心の病によって働けなくなった場合、人生を再スタートするために大切なことを教えてください。
(Yuka 30-34歳 女性 無職)
パニック障害はせきや熱のようなもの
シマオ:Yukaさん、ありがとうございます。切実なお悩みです。パニック障害、最近はよく耳にするようになりましたね。芸能人にも、自分がパニック障害であると公表する人が増えています。
佐藤さん:パニック障害は、1980年頃から病名が使われだした比較的新しい病気ですね。いま厚生労働省のサイトを見ると、「突然理由もなく、動悸やめまい、発汗、窒息感、吐き気、手足の震えといった発作を起こし、そのために生活に支障が出ている状態」とされています。
シマオ:Yukaさんは、何とか再スタートを切りたいとのことですけど、何か対策とかできることはありますか?
佐藤さん:前提として、私は専門家ではありませんから、病気について確かなことは言えません。Yukaさんにお伝えしたいのは、迷わず精神科病院に行って、専門の医師に診てもらうことです。
シマオ:少し休んでみて、様子を見るとかではダメということでしょうか?
佐藤さん:パニック障害というのは、精神疾患の中では「症状」に近いものです。例えば、せきや熱といった症状だけでは、どのような病気が原因となっているのか分かりませんよね。
シマオ:単なるカゼかもしれないし、別の大きな病気かもしれない。
佐藤さん:それと同じで、パニック障害の背後には、うつ病や統合失調症など、その他の精神疾患が隠れている可能性もあります。だから医師に診てもらって、本当の原因に即した対処をしなければいけないんです。今はパニック障害だけなのに、放っておいて別の精神的な障害を併発してしまう危険性もあります。
シマオ:でも、精神科病院となると少しハードルが高いというか、躊躇してしまう部分はありますよね……。もちろん、こうした考え方自体がよくないことは分かっていますが……。
佐藤さん:精神科への通院歴が残ることを危惧している方は、まだまだ多いですね。ですが、厚労省の発表では、日本人の15人に1人がうつ病にかかるとされています。にもかかわらず、多くの人が受診していないのが現状です。
シマオ:うつ病はそれだけ身近な病なんですね。もっと、病院に通いやすい環境づくりが大切ですね。
心療内科ではなく精神科に行くべき理由
佐藤さん:ひとつ注意していただきたいのが、心療内科と精神科の違いです。
シマオ:言われてみれば……どういう違いがあるんでしょうか?
佐藤さん:東京大学医学部附属病院のホームページにはこのように書いてあります。心療内科とは「心身症を主な対象疾患として、心理療法も併用して診察および治療する内科」ということです。心身症というのは、一言でいえばストレスなどの心的要因が身体疾患となって現れる症状のことです。
シマオ:むむ、ちょっと難しくて理解が……。
佐藤さん:一番の違いは、心療内科とは文字通り「内科」だということです。ですから、そこで診ている医師は精神科医ではないことも多いのです。
シマオ:最近は街中に心療内科が増えていて、どちらかといえば精神科よりは入りやすい雰囲気がありますが……。
佐藤さん:心療内科の意義をおとしめるつもりはありませんが、今の日本の現状を見ていると、Yukaさんには心療内科ではなく精神科病院に行くことをおすすめします。
シマオ:なぜでしょうか?
佐藤さん:先日、精神科医の斎藤環さんにお話を伺ったのですが、心療内科は玉石混交と言いましょうか、分かりやすく言えば精神科病棟での臨床経験がない内科医が「片手間」にやっている場合があるようです。精神障害の処方薬は依存性があるものも多いです。臨床経験が不足していると、そうした危険性に気づかず、患者が依存症になってしまうこともあるそうです。
シマオ:病気を治しに行ったのに、薬の依存症に……。
佐藤さん:もちろん、ちゃんとした知識のある心療内科医はいますし、精神科医や臨床心理士が勤める心療内科もありますから、心療内科すべてが悪いという訳ではありません。しかし、それらを素人が見分けることは不可能ですから、まずは精神疾患の専門医が必ずいる精神科病院を受診すべきというのが、私のアドバイスになります。
シマオ:Yukaさん、そういうことですから、ぜひ少しだけ勇気を出して受診してみてくださいね。
佐藤さん:パニック障害は適切な治療をすれば比較的治りやすいとされていますから、まずは治療に専念してほしいですね。
福利厚生は従業員の権利。存分に活用を
シマオ:相談内容を見ると、Yukaさんはやっぱりもう一度働きたいと思っているようですね。
佐藤さん:この方は長年勤めた会社をお辞めになったということですから、よほどのことだったのでしょう。そこから察するに、やはりまずは病を治すことが先決だと思います。
シマオ:無理して早めに働き出さないほうがいい?
佐藤さん:そう思います。収入に関してはいくらか低くなってしまうでしょうが、焦らなくてもまた仕事を見つけられるはずです。
シマオ:もし、病院で診てもらった結果、他の精神疾患が見つかったらどうしましょう。
佐藤さん:その場合は、症状に応じて行政に申請して、障害者手帳を交付してもらうことです。現在は、身体障害者手帳や精神障害者手帳は形状が統一化されていて、見た目だけでどの障害かは分からないようになっています。
シマオ:障害者手帳をもらうのも心理的なハードルがかなり高い気がします……。何かもらうメリットはあるんでしょう?
佐藤さん:さまざまな行政の支援が受けられるのはもちろん、一定人数以上の企業には障害者の法定雇用率が定められていますから、そういった雇用枠を利用することができます。これも職に復帰する現実的な手段だと思います。
シマオ:Yukaさんは、何度か休職されていたということですが、最後はいづらくなってしまったんでしょうか……。もしYukaさんが再就職された場合、できれば辞めないほうがいいんでしょうか?
佐藤さん:ケースバイケースですが、会社を辞めたい場合に反対はしません。ただ、辞めたほうがいいとは言えませんね。「働けないのに会社に残って心苦しい」といった感情的な問題はあるでしょうが、福利厚生は従業員の権利です。休職制度などを最大限に活用して治療するのがいいでしょう。
シマオ:最後に、Yukaさんに参考になりそうな本などがあれば、紹介していただきたいのですが……。
佐藤さん:普段なら古典などをすすめるところですが、精神疾患については残念ながら役に立つものはありません。素人が本やネットでかじった知識などは、百害あって一利なしです。歯が痛いときに、自分で治せないのと同じことだからです。繰り返しますが、精神疾患は必ず専門家に診てもらわなければいけません。いくつか受診してみると、自分に合うお医者さんも見つかると思います。
シマオ:Yukaさん、お便りありがとうございました。参考になりましたでしょうか。
佐藤さん:働き方などについては、あくまで一般論ですから、もう少し具体的なことが分かれば、一歩踏み込んだ具体的かつ本質的なアドバイスができるはずです。よろしかったら、またお便りをください。
シマオ:そうですね。具体的なことが分かると、よりクリアなアドバイスができますね。リスナーの皆さんも、佐藤さんへの相談をこちらのページからどしどしお寄せください。その際は何でお悩みなのか、詳細を書いていただけるとありがたいです!
佐藤さん:お待ちしています。
シマオ:「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。お付き合いいただき、ありがとうございました。次回の相談は4月7日(水)に公開予定です。ご期待ください!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)