K楽天ロゴ:arolis Kavolelis / Shutterstock.com, テンセントロゴ:Kim Kyung-Hoon / REUTERS
楽天は3月12日、日本郵政、日本郵便との資本・業務提携を発表し大きなインパクトを与えた。
だが、楽天が同日発表したその他の出資ー香港の投資会社Image Frame Investment(HK)と米ウォルマートを引受先とした第三者割当増資は、プレスリリースでの大枠の発表にとどまったこともあり、さほど話題になっていないようだ。
Image Frame Investmentは世界最大のメッセージアプリWeChat(微信)を運営する中国企業テンセント(騰訊)の100%子会社で、テンセントは同社を通じて他社に投資を行っている。
日本郵政は楽天に1500億円を出資し、発行済み株式の8.32%を握るが、657億円を出資するテンセントの持ち株比率も3.65%に上り、大株主の座に就くことになる。
楽天は2010年にバイドゥ(百度)と組んで中国に進出したものの、わずか2年で撤退に追い込まれた。コロナ禍で越境EC需要が一層拡大する中、楽天はテンセントと組むことで、かつて蹴りだされた中国市場に再び本腰を入れるつもりのようだ。
英語公用化の年に楽天市場「中国版」オープン
2013年、アメリカのカンファレンスに参加し、並んで歩く楽天の三木谷会長とテンセントの劉熾平(Martin Lau)総裁。
REUTERS/Rick Wilking
日本郵政・日本郵便に加えてテンセント、ウォルマートから出資を受けることについて、三木谷浩史会長兼社長は「楽天へのこれらの新しい投資は、モバイルサービスを中核とする楽天エコシステムの拡大と影響力へ向けた高い期待と、世界を牽引する3つの経済大国のリーディングカンパニーとの更なる提携への大きな可能性の両方を示しています」とコメントした。
楽天の発表文には、「2010年以降、当社グループは日本企業として稀な社内公用語英語化も進め、ダイバーシティに富んだ人材が集まり、グローバルにおけるイノベーションが加速しています」と紹介している。
しかし実際には、楽天の海外ビジネスは台湾以外では足踏みが続いている。
楽天が初めて海外に進出したのは2007年だ。現地のコンビニ大手と合弁会社を設立し、「楽天市場」の台湾版サイトを開設すると発表した。以降、市場の伸びしろが期待できるアジアに照準を定め、2012年までにタイ、中国、シンガポール、マレーシアで次々にマーケットプレイスを開設した。
中国への進出は、楽天が英語公用化を導入した2010年。検索ポータル最大手で当時、日本で最も有名だった中国IT企業バイドゥと合弁会社を立ち上げて中国版楽天市場「楽酷天」を開設した。日中を代表するIT企業が組み、「中国最大規模のネットモールを目指す」と気勢を上げたが、わずか2年も持たず2012年5月に閉鎖された。その頃の中国のEC市場のシェアは、アリババが4~5割を占め、楽酷天は1%にも満たなかった。ほとんどの中国人がその名を耳にすることもないまま、サービスは打ち切られた。
バイドゥと組むも2年で撤退
アリババは2000年代、盟友・孫正義氏の支援を得て、ECの巨象eBayを返り討ちにした。その後に中国に参入した楽天は、eBayの二の舞を演じたようにも見えた。
REUTERS/Lang Lang
今から振り返れば、楽天が中国事業を軌道に乗せられなかった理由はいくらでも挙げられる。
中国のEC市場は2002年、世界最大のマーケットプレイスだったeBayが進出し、ITベンチャーのアリババが対抗してタオバオ(淘宝)を開設したことで、本格的な成長ステージに入った。当時はeBayが資金力でもノウハウでも圧倒し、アリババはひとたまりもないと見られていたが、同社はソフトバンクの孫正義会長兼社長の全面的なバックアップを受け、中国人消費者に徹底的に寄り添う施策を繰り出して、2006年にeBayを撤退に追い込んだ。
アリババとeBayの激しい潰し合いは、結果的に消費者のEC利用を促し、eBay撤退によってアリババと業界2位のJD.com(京東商城)が熟した果実を得た。アメリカの強敵を蹴散らしてローカル企業が盤石の地位を固めつつあったところに、楽天は乗り込んでいったわけだ。
楽天はバイドゥと手を組んで進出した。合弁会社の出資比率は楽天の51%に対しバイドゥが49%。CEOやCOOなど幹部の大半も楽天出身者が占めた。
当時、楽天から合弁会社に出向した元幹部は、「バイドゥ側とは意思疎通もままならず、リソースもほとんど使えなかった。自分たちは中国市場を全然知らなかったし、最初からチームが機能していなかった」と、振り返る。
楽天は当時、「楽天のシステムを海外市場に持って行って展開する」青写真を描いていた。アリババ創業者のジャック・マー氏が「eBayは大海のサメで、私は揚子江のワニだ。海で戦えば負けるが、川で戦えば私たちが勝つ」と従業員を鼓舞し、実際にeBayを退けた歴史を考えると、楽天はeBayの二の舞を演じたことになる。
楽天は2016年にシンガポール、マレーシア、インドネシアの拠点も閉鎖している。ヨーロッパやアメリカもアジアと同時期に進出したが、EC事業に関しては当時発表していたような姿にはほど遠い状況だ。
10億人の「WeChat経済圏」と連結か
楽天は2019年にテンセントグループのJD.comとドローン配送で提携した。
撮影:浦上早苗
小売業に比べて国境の壁が超えやすそうに見えたEC事業も、買い手がその国の消費者である以上、デザインや仕組みをローカライズする必要があり、ローカル企業に分がある。今では当たり前に聞こえるが、10年前は中国などアジアの新興国は「空白地帯」であり、欧米の先進的で効率的なやり方が通用すると思われていた。世界中に拠点を持つグローバル大手も中国ではことごとく跳ね返され、ウォルマートは2016年、アマゾンは2019年に中国内向けEC事業から撤退した。
楽天も、EC事業で「打倒アマゾン」は現実的でないと認識しているだろうが、海外展開への野心は失っておらず、近年はモバイル事業や金融業を核とした楽天エコシステムの進出に軸足を移している。
楽天によるとテンセントとの出資協議は2021年に入って始まったという。
楽天はテンセントグループのJD.comが運営するマーケットプレイスに「楽天市場」の旗艦店を出しているほか、2019年には同社と日本におけるドローン配送で連携するなど、これまでも関係があった。アリババがソフトバンクグループと長きにわたって蜜月関係にあり、楽天がかつて頼りにしたバイドゥが「BAT」と呼ばれた5~6年前に比べると力を失っていることを考えても、楽天とテンセントの組み合わせは順当でもある。
コロナ禍で海外旅行が難しくなり、中国で越境ECのニーズが一段と高まっていることや、巣ごもり消費で、テンセントの得意分野であるゲーム市場が好調なことも、楽天には好機に映るだろう。
10億人超のユーザーを抱えるWeChatの求心力はすさまじく、倒産寸前の旅行会社がテンセントに救済されたことで、WeChat経済圏の一部としてあっという間に黒字化・上場した事例もある。楽天経済圏をテンセントのエコシステムに乗っかってどう広げていくか。
三木谷会長は米メディアに対し、「テンセントとの提携戦略を数カ月内に明らかにする」と述べ、楽天市場の出店者がWeChatを通じて商品を売れるようなスキームの構築を示唆している。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。