マサチューセッツ工科大学(MIT)スローンマネジメントスクールのロバート・ポーゼン教授によると、生産性の高め方は、ほとんどの人が訓練で習得できるスキルだという。
ポーゼン教授自身は、若いころに期せずして生産性の高め方を学ぶことになった。
教授はコネチカット州ブリッジポート市の貧しい家庭で育った。父親は各地を飛び回るセールスマンだったが、仕事はあったりなかったり。家計を支えるため、彼も学校が終わった後に仕事を2つも掛け持ちしていた。高校のテニス部でキャプテンを務め、バスケットボール部で選手としてプレーしながらだ。
MITのポーゼン教授。これまでにフィデリティ・インベストメンツの社長を務めるかたわらMFSインベストメントの執行会長を務め、ハーバード大学、ジョージタウン大学で教鞭をとっていた。
MIT提供
高校卒業後も、ハーバード大学とイェール大学のロースクールの学費を払うためにアルバイトをしていた。「必要に迫られて生産性の高め方を学ぶことになったのです」と教授は振り返る。
こうした若い頃の経験も影響し、ポーゼン教授はその後のキャリアの中でもさまざまな分野で高い生産性を発揮してきた。現在はMITスローンマネジメントスクールで教鞭をとる。政府機関で取締役を務めた経験も持ち、『ハーバード式「超」効率仕事術』などの書籍も執筆している。
コロナ禍によってオフィスが閉鎖され、何百万人ものナレッジワーカーが一夜にして在宅勤務となった今、ポーゼン教授は在宅勤務における労働者の生産性に注目している。
ジャーナリストのアレクサンドラ・サミュエルとの共著『REMOTE, INC. How to Thrive at Work...Wherever You Are(未訳:リモート株式会社——どこで働くことになっても仕事で生き残る方法)』は、仕事で大きな成功を収め、充実したプライベートライフを送るための手助けを目的とした本である。
そのポーゼン教授に、在宅勤務における生産性の高め方について話を聞いた。
——在宅勤務では、集中力を切らさず仕事するのが難しいと感じることがあります。なぜでしょうか?
オフィスに行って仕事をする場合は、あなたのために準備がすべて整っています。上司が近くにいて、9時から5時までは責任をもって仕事をする状況になっています。
ところが在宅勤務になると、意識して1日の仕事の内容を組み立てないと、オフィスで働く時ほどの仕事量をこなせません。
——同僚もおらずコピー機も近くにない状況では、どうすればいいのでしょうか。
自分なりのルーティンを作る必要があります。夜は決まった時間に寝て、朝は決まった時間に起きることです。
そして、毎日決まった行動をするように決めるといいでしょう。例えば体操をしてから仕事を始めるとか、新聞を読んでから朝食をとるなど、それをすれば仕事を始められるという行動を決めるのです。
早朝に仕事にとりかかって午後3時には終わるというスタイルにしてもいいですし、昼間に休憩をとってその後働くスタイルでもいいと思います。私の場合は、午後に仮眠をとります。散歩をする人もいますね。
——生産性を高めるために、自分が「個人事業主」だと考えるように勧めていらっしゃるそうですね。中小企業のオーナーのような心構えや習慣、独立心を持つことだそうですが、これは実際の仕事の場面ではどのように役に立つのですか?
あなたが個人事業主なら、上司は基本的にあなたのクライアントということになります。上司がクライアントなら、仕事の目的がどうあるべきかを伝えられるでしょう。
しかし必要なのは仕事の目的という具体性のないものではなく、どうなれば成功なのかを示す指標です。
こうした指標を上司と交渉して合意の上で設定すると、週末や月末までにどのような結果を出せばいいのかが明らかになります。これができれば、労働時間ベースの報酬体系から成果ベースの報酬体系へと移行することができます。
——その結果どうなるのですか?
このように成果ベースの報酬体系へ移行することのメリットは、上司が部下の仕事のやり方について細かいところまで指示しなくてもよくなり、その分の時間を他のことに有効に使えるようになる点です。
部下にとっても、このアプローチによってワークライフバランス、生産性、仕事に対する満足度を高めることができます。いつ、どこで、どのようにして成功指標を達成するかを、自分で決められますからね。
上司からすれば、仕事さえ片付けてくれれば部下がいつ、どのように仕事をしていてもほとんど関係ないということになります。
——理論的には素晴らしいと思いますが、組織には全員参加の会議や強制参加の昼食会などの厄介な習慣があり、それによって社員がいつどのように仕事をするかが規定されます。
チームの一員なら、チームに顔を出さなければなりません。コラボレーションのメリットを享受するためには、自分の好きな時間は選べず、他の人の時間に合わせなければなりません。
そういった意味では制約があります。しかし仕事時間の8割は自由であるべきで、組織の要求に従うのは2割程度にすべきだと私は思います。
仕事と家庭の両立
——在宅勤務になると、常に「オフィス」にいてずっと仕事をしていることになるので、仕事ばかりの生活になるのではないかという懸念はありますか?
確かに、仕事と家庭の垣根が曖昧になり、家庭に悪影響を及ぼす可能性はあります。
しかし実際には、仕事ばかりしすぎれば、子どもやパートナーなど家族からの反発も相当強くなります。夜11時に上司と話すようなことが続けば、家族からも苦情を言われることでしょう。
——子どもやパートナーがいない人はどうでしょうか。
自然にしていたら仕事と家庭の垣根がない場合は、意識的に線引きをする必要があります。
パンデミックによって、特に若い人たちの間では、サイクリングやスポーツのような活動がしやすいようにと転居した人もいます。ですから、2つのタイプの人たちがいるのだろうと思います。個人的な活動を追求するために在宅勤務の柔軟性を活かす人もいれば、「通勤しなくていい分仕事できる時間が1時間半増えた」と考える人もいます。
在宅勤務の未来
——ワクチン接種率が上がれば近い将来、仕事の仕方が以前の状態に戻ることも考えられますが、従業員も雇用主も、在宅勤務が定着する可能性は高いだろうと見ていますね。ずっと在宅勤務がいいと考える人は多いと思いますか?
大多数の人は、オフィスで週に2~4日仕事をして、残りは自宅で仕事をするというハイブリッドスタイルを選択すると思います。細かい点は会社ごと、仕事の内容ごとに変わると思います。
完全な在宅勤務は、グローバルな組織に所属していて、ソルトレイクシティのような場所に住んでいていつもスキーをしていたいという人でもない限り、あまり魅力は感じないのではないでしょうか。
——スポティファイ(Spotify)、セールスフォース(Salesforce)、ツイッター(Twitter)などの多くの企業は、従業員がオフィス勤務か在宅勤務かを選べるようにすると発言しています。これは賢明な選択だと思いますか?
従業員にとっては働き方を選べることは魅力的であり、それによって優秀な人材を確保しやすくなると思います。
一方で問題もいくつかあります。まず、働く時間やスケジュールを完全には選べない点です。働く人同士が集まって連携するための何らかの方法は必要ですから。
2つ目に、企業文化を醸成するためには、ある程度は人と接触することも必要だという点です。
そして3つ目は、顧客や上司・部下と関係を築くうえで、直接顔を合わせたことが一度もないというのは難しいという点です。この場合は、地域カンファレンスなどの交流手段に頼らざるを得ないのではないでしょうか。
——自宅で仕事をうまくこなすことも確かに可能ですが、在宅勤務をしながらキャリアで上を目指すことは可能でしょうか。
個人として仕事で大きな貢献をすることは可能ですが、経営幹部になりたいのであれば、週に4日や5日在宅勤務をしていては難しいでしょうね。社内のデリケートな事柄を理解するには人との交流が不可欠だからです。上司と親密な関係を築く機会もなく、自分を大きくアピールして持ち味を発揮することもできません。
しかしそうは言っても、週2日だけのオフィス勤務でも、大きな成功を収められることもないとは言い切れませんけれどね。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)
[原文:An MIT productivity expert shares the simple strategies anyone can use to master working from home]