Tomohiro Ohsumi / 特派員 / Getty Images
バイデン大統領は「就任から100日で100ミリオン(1億)本のワクチン接種を完了させる」という目標を宣言したが、就任から59日目の3月19日、この目標が達成された。3月19日現在、全米の接種済ワクチン総数は118ミリオン(1億1800万)本を超え、少なくとも1本目を接種済みの人は 77.2ミリオン(7720万)人に達している。
NYT: Covid-19 News: Cautious Optimism as More Americans Become Eligible for Vaccine
アメリカでは、3月に入ってワクチン供給量が本格的に増え、ガラッと雰囲気が変わった。トンネルの出口に向かって一斉に走り出したと感じる。
ニューヨークでも、一時はヤンキー・スタジアム、ジャビッツ・センター(昨春に2500床の臨時病院となった巨大な見本市会場)が24時間体制のワクチン接種会場として使われたり、その他の会場でも早朝から深夜まで無休で予約を受け付けている。
秒単位で埋まるワクチン予約
アメリカのワクチン接種は高齢者から一般人にも広がっている。接種会場には長蛇の列が。
REUTERS/Lucy Nicholson
この予約を取るのが、今やBruno Mars のコンサートか人気ミュージカル「ハミルトン」のチケットを取るかのような争奪戦になっており、友人同士でも「Have you got one? (もう打った?)」が挨拶がわりになっている。
既に全ての人が接種できる州もあるが、ニューヨークでは、65歳以上の高齢者、高リスクの持病がある人、医療関係者などが一段落したいま(3月24日現在)、年齢が50歳以上に引き下げられ、それ以外に教員、スーパーやレストランの店員など不特定多数の人と接触する職業の人が対象になっている。
しかし、これは自己申告で、「高血圧」「喘息」などと言えば、事実上誰でも予約ができ、若い人もどんどん受けに行っている。複数のウェブサイトやTwitterのページに随時空き情報が更新されるので、予約を入れたい人はそれを1日中チェックし続ける。空きが出ても、秒単位で埋まっていってしまう。
バイデン大統領は「5月1日までに、すべての大人が接種できるようにする」と述べているが、多くの人はそれまで待ちたくない。「この注射が自由へのチケット」と考えているからだ。
ワクチン会場の空き情報サイト「NYC Vaccine List」。
出典:NYC Vaccine List
アメリカのメディアも、これまでは各州の感染者や死者数を中心に報道してきたが、今の焦点は、もっぱら「どの州でどのくらいワクチン接種が進んでいるか」ということだ。各州の情報をライブで見ることができるサイトも多数ある。「ワクチンで集団免疫を獲得するまでは、新型コロナウィルスとの戦いは終わっていない」というのが現在の認識なので、接種完了率の数値はそのまま、「どこがいち早く経済正常化に向かって舵を切れるか」ということのバロメーターになる。
今のままで進むと、アメリカは、6月末には人口の70%が少なくとも1本目のワクチンを接種できると予測されている。逆に言えば、それまでは経済正常化を本格化させることはできないだろうということでもある。
ニューヨークの9割は今もリモート勤務
観光客もいない、通勤する人もいないニューヨーク。街中は閑散としている。
REUTERS/Lucas Jackson
ニューヨークで事実上の外出禁止令(行政命令としての自宅待機要請)が施行されたのは2020年3月22日。それから1年、私は1度もオフィスに足を運んでいない。友人たちもこの1年、ほぼ完全に自宅勤務だ。ニューヨークではない場所(実家の近く、海や山の近く、冬の間も暖かい州など)に仮住まいを設け、そこで働く人たちもいる。
3月下旬に発表された Partnership for New York City の調査の結果も、私の感覚と噛み合っていた。
ニューヨークの大手雇用主を対象にしたこの調査によると、2021年3月初旬段階でオフィスに復帰しているのはたった1割で、この数字は2020年10月から変わっていない。
さらに同調査は、マンハッタンのオフィスに勤める100万人のうち、この9月までにオフィスに復帰するのは半分以下(45%)であること、大企業のうち社員にフルタイムでオフィスに復帰するよう求めるのは22%で、それよりはるかに多い66%は、出社と自宅勤務を混ぜた「ハイブリッド方式」を採用するつもりだと答えている。
出張に関しては、「コロナ危機以前のレベルに戻る」という回答者はわずか6%、「危機以前から50−75%減のレベルにまで減る」と答えたのが57%、「どうしてもという出張のみに限定するようなるだろう」と答えたのが30%だった。
NYP: Only 22% of NY companies require staff to return to the office full-time
NBC: Roughly 4 in 5 Manhattan Office Workers Will Not Return Full-Time, Survey Says
PFNYC: Partnership for New York City: Return to Office Survey Results
フォードも無期限で自宅勤務を認める
テクノロジー企業では本格的なリモートワークへのシフトが実現されている。
REUTERS/Brendan McDermid
この1年間で、アメリカに住む私たちの働き方に対する考え方は根本的に変わった。もちろんどうしても出勤を余儀なくされるエッセンシャルワーカーのような事例はあるが、この調査結果が示す通り、多くのオフィスワーカーの出勤や出張の必要性に対する考え方は、コロナ後も元には戻らないと思う。今まで当然と思っていたことに無駄があったこと、オフィスに行かなくても仕事ができることに多くの人が気づいてしまったからだ。
当初は日本でもアメリカでも、テクノロジー企業を中心に本格的なリモート・ワークへのシフトが起き、セールスフォース、フェイスブック、グーグル、ツイッターなどのテクノロジー企業は、「無期限にリモート・ワークを認める」という方針を打ち出した。それから1年、テクノロジー以外の多くの企業もその方向に向かって舵を切っている。
最近では、自動車メーカーのフォードが全世界の3万人の従業員に対し、無期限で自宅勤務を認めると発表。今後は、出社と自宅勤務を合わせたハイブリッド方式を取り、チームの会議や対面のやりとりが適したプロジェクトの際には出社するという方針でいくという。フォードの人事担当者によれば、人材を引き付け、競争力向上のためにこの方針は重要だと考えているという。
AP: Will work from home outlast virus? Ford’s move suggests yes (March 17, 2021)
アメリカでは経営層・従業員とも肯定的
日本社会ではオフィス出社を切望する声もあるが、アメリカでは幅広い層でリモートワークが支持されている。
Getty Images/ La Bicicleta Vermella
1年前、多くの企業は必要に迫られてリモート・ワーク体制を採用した。当初はリモート体制が機能するか懐疑的だった人も少なくなかったが、少なくともアメリカでは、あの時点で選択の余地はなかった。ところが実際にやってみると、大規模な人数のバーチャルワークは可能だっただけでなく、多くの人にとってさまざまな意味で望ましいということを示すこととなった。
PwCが2020年の年末に米国企業の133人の経営層、1200人の従業員を対象に行った意見調査を元にまとめたレポート「It's Time to Reimagine Where and How Work Will Get Done」は、過去1年のリモートワーク経験や今後の働き方について経営層と従業員たちの考えを浮き彫りにしている。両者の見方が似ている部分とズレている部分があって、そこが興味深い。
生産性については、経営層・従業員共に「成功」と感じている率が70%以上と高い(経営層:83%、従業員:71%) 。しかも、その半年前の調査よりもポジティブな評価が増えている。当初の予想より上手く仕事が回っているし、数字も出ているということだろう。経営層の52%が「生産性が向上」と答え、「低下」(17%)を大きく上回る。
従業員側はこのPwCのもの含めさまざまな調査研究を見ると、リモートワークでスケジュールについての裁量が増えたこと、通勤や出張に費やす時間が減ったこと、家族と過ごす時間が増えたことなどをメリットと挙げている人が多い。ただ、リモート状態が長期化するにつれ、これらの魅力が薄れ、疲弊やマンネリ感につながっているという側面も最近では指摘されている。
こちらは「ニューヨーカー」の記事にあった話だが、「Zoomでのミーティングの方がいろんな人が平等に参加できるし、対面よりも、みんなが人の話をちゃんと最後まで聞くので良い」という意見もあった。同僚たちが自宅で、子どもやペットの音がする中、会議に集中しようとしている姿を見て、これまで感じなかった互いへのエンパシーを感じるようになった……という指摘も面白い。
オフィス復帰と出社頻度では相違
アメリカではこうした通勤風景はもう見られなくなるのかもしれない。
REUTERS/Jeenah Moon
経営層と従業員側の考え方のギャップが最も顕著なのは、オフィス復帰のタイミングと、出社頻度についての考え方だ。経営層の75%が、「2021年7月までに半分以上の従業員がオフィス復帰する」と読んでいる一方で、従業員たちはもっと緩やかなタイムラインを想定している。
出社の頻度についても、経営層と従業員では違いがある。従業員の55%以上が、「週3日以上はリモートワークがいい」(29%は「週5日リモートがいい」)と回答、18%の回答者が「今後、50%以上の時間をオフィスで過ごすことはないだろう」と答えているのに対し、経営層の68%は「強い企業文化を守るためには、従業員が週3日以上オフィスに出社が必要」と考えている。
最近では、JPモルガンCEOのジェイミー・ダイモンも、ウォールストリート・ジャーナルに「大半の経営陣は、スタッフがオフィスに永久的に戻ることを求めるだろう」「我々の多くは、先輩の傍で仕事をし、その失敗を見て学び、一緒に出張に行き、どうやって顧客や問題に対応するかといったことを覚えてきた」と、同じ空間で過ごすことがスタッフの成長にとって不可欠であるという信条を明らかにしている。
WSJ: When CEOs Really Think We’ll Come Back to Work
SHRM: Hybrid Work Model Likely to Be New Norm in 2021
オフィス復帰かリモート継続かは、年齢や組織内での立場によって差があることも明らかになってきている。若く経験の薄いスタッフほど、オフィス再開を希望する傾向が強い。JPモルガンのダイモンCEOの指摘通り、先輩の傍で仕事をすることで学んだり、社内の人脈を作ったり、情報収集をしたりするには、オフィスにいた方がいいと見られている。
こうした働き方に関する意識ギャップは、将来的に職場内での対立につながるかもしれない。特に優秀な人材が働き方を巡って会社側と意見が合わないことを理由に去ることになれば、会社側はより柔軟な対応を迫られるようになるだろう。
柔軟性ある勤務形態への人材市場への影響
場所や時間を問わない柔軟な働き方ができるかは、勤務先を決める上で一つの重要な指標となった。
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多くの従業員にとって、リモートで仕事ができるか、スケジュールに柔軟性があるかどうかは、勤務先を選ぶ際の重要な要因になりつつある。これは過去1年での明らかな価値観の変化と言っていいだろう。
3月下旬に人材企業Indeed が発表したレポートによると、「リモートワーク」に言及する求人の数は、この1年でおよそ倍に増えているという。テクノロジー分野に加え、法律、金融など、もっと上昇率の激しい職種もある。
1月にPwCが行ったウェビナー「The future of work and the office in the post-COVID world」で、参加者に「リモートワークに対する企業の柔軟性は、どの程度あなたにとって重要ですか」と質問したところ、「いくらか~非常に~最も重要」と回答した人は合計82%に上った。
このトレンドが続けば、今後企業は、より大胆な(例えば国境を超えるような)、長期的(または無期限)リモートワークも、いずれ選択肢として考えなくてはならないだろう。それに伴って発生する税制上、人事上、コンプライアンス上の課題については、今から検討しておいた方がいいのではないだろうか。
人材市場に与える影響についてもだ。リモートワークがより多くの国々で一般的になれば、地理的障壁が下がり、人材のプールが大きくなる。結果、人材獲得競争は一層ボーダレスに、また激しくなる。地理的、時間的側面を含め、勤務体制について柔軟な対応をとる企業が増えれば、対応できていない企業は、新たな人材の獲得だけでなく、今いる人材の維持でも競争力を失うだろう。
女性の負担増、キャリアを直撃したコロナ
リモートワークによって、女性の負担が増したのは日本だけではない。
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リモートワークの長期化でマイナス面も顕在化してきている。肩こり、腰痛から始まって、ひっきりなしに働いてしまうことによるワーク・ライフ・バランスの崩壊、ずっと家にいるストレス、孤独によるメンタル面での支障、バーンアウト(虚脱感、燃え尽き症候群)、Zoom疲れなどがよくあげられる問題だ。
「ハーバード・ビジネス・レビュー」が2020年秋、世界46カ国の1500人を対象に行った調査によると、89%が「ワーク・ライフ・バランスが悪化」、85%が「ウェルビーイング(心身が健康で幸福な状態)が悪化」、62%が「仕事の責任をマネージする苦労や、過去3カ月で頻繁にバーンアウトを経験」、55%が「家庭生活と仕事をうまく両立できていない」と答えている。53%は、「子どものリモート学習が親の負担になっている」とも述べている。
前述のPwCによるリモートワークについての意見調査でも、従業員たちに会社に望むことを質問したところ、トップ3は:
- チャイルドケアへのサポートをもっと充実させてほしい
- リモート環境でどうチームをリードするか、マネージャーをトレーニングしてほしい
- メンタル・ヘルス面でのサポートを整備してほしい
だった。ハーバード・ビジネス・レビューの結果とも重なる。
そしてここでも企業側と従業員側の認識にズレがある。経営陣の81%が「自分たちの会社は、チャイルドケアへのサポートで成功している」という質問に「イエス」と答えているのに対し、従業員側でそう答えたのは45%に過ぎなかった。特に女性の評価が低い。経営側は十分やっているつもりでも、従業員側は満足していないということだ。
リモートワークで家庭と仕事の両立が、特に働く女性に大きな負担になっていることはアメリカに限らない。多様な働き方は、長期的には女性の活躍にプラスだろうが、現状では女性にとって厳しい側面もある。
マッキンゼーと LeanIn Foundation が行った「第6回 Women in the Workplace」という意見調査(4万人の北米で働く人々が対象)によると、女性、特に働く母親たちの5人に1人が、「パンデミックのせいで、少なくとも一時的に仕事を辞めるか、控えるようとしている」と回答(男性でそう答えたのは11%)。加えて15%の母親たちが、勤務時間を短くするか、もっと楽な仕事に変えて、仕事の負担を減らそうと考えているという。幼い子どもがいる母親たちは特にその傾向が強く、およそ4人に1人は、長期的に休職するか完全に仕事を辞めてしまおうと考えている。
その原因として、共働きで子供を持つ女性の4割が、パンデミック以前に比べて1日あたり3時間以上多く家事と子どもに時間をとられていると述べており(男性は27%)、過半数の母親たちが、「家の仕事はほとんど、あるいは全面的に自分がやっている」とも答えている。
2020年秋、このレポートが発表されると、LeanIn を率いるFacebook COOのシェリル・サンドバーグは、数多くのメディアに出演し、長年かけて積み上げてきた女性の社会進出が一気に逆戻りしてしまうことへの危機感を語り、「女性の才能が失われることは、企業の競争力にとってもマイナス。政府や企業は、この問題に対して積極的に取り組み、解決策を提示すべき」と訴えかけた。
WSJ: How the Coronavirus Crisis Threatens to Set Back Women’s Careers
2008年の金融危機と今回の一つの違いは、特に女性が大きな打撃を受けているということだ。2008年は、金融などホワイトカラーの業界で多くの倒産や失業を生んだ。コロナは小売りや観光、飲食、アートやエンターテイメント業界に大打撃を与えている。これらは女性が多い業種だ。実際OECDのデータによると、アメリカの女性の失業率は、2020年3月から4月の間で、4.4%から16.1%にまで跳ね上がっており、英国でも同様の傾向が見られる。
新ノーマルの「ハイブリッド」とワクチン
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コロナ後のアメリカでは、出社と自宅勤務を組み合わせたハイブリッド型の働き方が「新たなノーマル」になると予想されている。直近の最大の課題は、オフィス復帰のタイミングと、出社とリモートの割合だろう。
復帰のタイミングは、個人によってリスク感覚の違いがあり、企業側も出社が怖いという人に強制はできない。通勤の問題もある。自動車通勤が一般的な地域では、3割程度が既にオフィスに復帰しているが、公共交通機関の利用が一般的な都市では2割以下にとどまっている。
さらに、ワクチン接種をオフィス復帰の条件にするかどうかという問題もある。アメリカでは、人口の約3割がワクチンを接種するつもりはないと報じられている。特に女性、黒人、保守的な価値観を持つ人々にその割合が高い。これらの人々には自身と周囲への感染リスクがあるが、とはいえ企業側が「ワクチン接種をしないならオフィスに来てはいけない」と言えば、人事上、さまざまな問題が発生するだろう。
Correlates and disparities of intention to vaccinate against COVID-19(出典:Social Science & Medicine)
ニューヨークでは現在、6割強の経営層が「ワクチン接種をオフィス復帰の条件にするつもりはない」としているが、このうち4割近くは「従業員たちにワクチン接種を積極的に勧めるつもりだ」と答えている。CDC(米疾病予防管理センター)も、3月16日に発表した雇用主向けのガイドラインの中で、上司にワクチンの重要性に関して従業員と情報共有できる場をつくり、推進者となるよう推奨している。
ロジスティックス面の問題もある。衛生面でのガイドラインの設定、オフィス内にクリニック(PCR検査やワクチン接種ができるよう)を設けるか、接触追跡テクノロジーを導入するか。オフィスのレイアウトという問題もある。
評価の問題もある。リモート勤務の人と、出社している人の評価を公平にできるかどうか。上司は画面上でしか会わない部下より、目の前で働いている部下の方をより「やる気がある」と評価し、仕事を任せやすくなり、結果的に昇進させやすくなったりする可能性はないだろうか? それを防ぐにはどうしたらいいのか?という懸念も既に語られている。
「ニューヨークは死んだ」のか
グーグルなどメガテック企業が次々とニューヨークに大規模なオフィスを構えている。
REUTERS/Thomas Peter
現在、ニューヨークやサンフランシスコ、ロサンゼルスなどの大都市は、潰れてしまった店や、もっと安い都市に引っ越す人々の影響で、空き物件が増え、不動産価格が落ちている。リモートワークが本格化した頃、「オフィス自体、永久になくなるんじゃないか」「マンハッタンのオフィス街はゴーストタウン化するのでは」という見解を述べる人たちも少なくなかった。
そんな中、10月に出た「パンデミックでガラ空きになったマンハッタンに巨大テック企業が進出」というニューヨーク・タイムスの記事は、コロナ危機の間に進行していた全く違うダイナミズムについて紹介し、話題になった。
NYT: Manhattan Emptied Out During the Pandemic. But Big Tech Is Moving In.
この記事によると、アマゾン、アップル、フェイスブック、グーグルの4社が、2020年だけで2000人以上を新たにニューヨークで採用し、10月時点で2万2000人以上の従業員を抱えるまでになっているという。これら4社は2020年の間にマンハッタンやブルックリンの不動産と続々と契約し、あと1万5000人を雇っても困らないほど、広いオフィス・スペースを確保している。
例えばアマゾンは、現在ニューヨークに8つのオフィスを持ち、よりによってパンデミックが本格化した2020年3月に、2019年に閉店した5番街の老舗デパートLord & Taylorのビルを約10億ドルで購入。将来的にはこのビルで約2000人が働く予定だという。グーグルは今後数年間で、ニューヨークで1万4000人を採用する予定で、フェイスブックも現在のスタッフ(4000人)の3倍が収容できるオフィス・スペースを確保した。
ニューヨークの経済は、伝統的に金融、メディア、不動産といった産業がリードしてきた。テクノロジー業界が入ってきたのは、ほんの20年前のことだ。グーグルがマンハッタンに営業用オフィスを設けたのも2000年だし、フェイスブックは2008年の金融危機後にオフィスを開いた。今では「東海岸のシリコンバレー」とも言えるまで成長し、4大テック企業に加え、多くのテクノロジー・スタートアップの拠点にもなっている。
この困難な時期にこれら羽振りの良い企業が積極的にニューヨークに投資し、オフィスを拡大している理由は何か。関係者たちは、ニューヨークの多様性、文化、交通の利便性、数多くの大学が生み出す人材の豊かさを魅力として挙げている。記事中、アマゾンの人事担当者は、「才能は才能を引き寄せます。ニューヨークのような街の創造的エネルギーは、これからも世界中から多様なプロフェッショナルを引きつけ続けると我々は信じています」と述べている。
経済学者ポール・ローマーの言葉で「A crisis is a terrible thing to waste(危機は、無駄にするにはもったいない)」というものがある。危機は、人間に、それまで「こうでなくてはならない」「これがなくては生きていけない」と思っていたものを強制的に捨てさせる。この1年で、私たちは慣れ親しんだ仕事のやり方を捨て、新しいやり方に適応しなくてはならなかった。捨てたもののいくつかは、捨てられて良かったものだったかもしれない。危機を乗り越えても、形状記憶マットレスのように元に戻ろうとしないほうがいい。それよりは、以前よりもっとみんなが幸せになれる、よりサステイナブルなやり方を見つけることに集中するべきだろう。アメリカでは、その作業が今少しずつ始まっている。(敬称略)
(文・渡邊裕子)
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパン を設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。Twitterは YukoWatanabe @ywny