急拡大する宇宙ビジネス市場での立ち位置…JAXA新型ロケットH3、正念場の1年

2021年3月17~18日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業が開発する新型ロケット「H3」の機体が、初めて鹿児島県の種子島宇宙センターで射点(打ち上げ地点)に姿をあらわした。

今回初めて、第1段、第2段、エンジン、個体ロケットブースター、フェアリング(ロケットの先端部、衛星を格納する部位)を統合した機体のタンクに推進剤を注入する「極低温点検」と呼ばれる試験が実施された。

この試験では、機体を整備組立棟から実際に打ち上げを行う射点まで移動させ、打ち上げ前カウントダウンの手順を「着火6.9秒前」まで行う(実際にエンジンに着火はしない)。

試験は雨天の中、17日夜明けから18日未明まで実施された。

宇宙ビジネスの拡大が加速する中で、開発が佳境を迎えているH3は、この先どのような立ち位置へと向かうのか。

新型ロケット開発は「式年遷宮のようなもの」

射点到着後、液体酸素、水素の推進剤注入が行われる。自動充填システムはあるものの、スムーズに機能するためには極低温点検を含めたリハーサルが欠かせない。

射点到着後、液体酸素、水素の推進剤注入が行われる。自動充填システムはあるものの、スムーズに機能するためには極低温点検を含めたリハーサルが欠かせない。

撮影:秋山文野

H3ロケットは、2021年度に試験機1号機の打ち上げを目指す日本の液体基幹ロケット。

新型1段エンジン「LE-9」を搭載し、機体も現行のH-IIA、H-IIBロケットから一新したロケットだ。全長約63メートルで、2段の機体に固体ロケットブースター(SRB)と長短フェアリングの組み合わせによって、さまざまなバリエーションの打ち上げ能力を実現できる(※)。

※ロケットブースター(SRB)をつけずに第1段エンジン(LE-9)3基のみで打ち上げる仕様の「H3-30S」、第1段エンジン2基とSRB2本の「H3-22L」、第1段エンジン2基とSRB4本の「H3-24L」のように、エンジン数とSRB数によって3パターンの打ち上げ能力を持つ。末尾の「S」と「L」は、2パターンあるフェアリングのサイズを意味している。

2021年1月、三菱重工業飛島工場で公開されたH3ロケット試験機1号機のコア機体。第1段を後ろから見ると、「H3-22L」形態の特徴である2基のLE-9エンジンを備えている。

2021年1月、三菱重工業飛島工場で公開されたH3ロケット試験機1号機のコア機体。第1段を後ろから見ると、「H3-22L」形態の特徴である2基のLE-9エンジンを備えている。

撮影:秋山文野

H3は2014年に開発が始まった。

JAXAがエンジンを一新したロケットを開発するのは、LE-7エンジンに刷新したH-IIの開発を始めた1986年以来28年ぶりのこととなる(その間、LE-7エンジンの改良型エンジンを使ったH-IIAなどが開発された)。

H3のように、エンジンを含めた新型ロケットの開発は、エンジニアにとって現役期間中に2回ほどしか経験できないといい、JAXA宇宙輸送技術部門の岡田匡史プロジェクトマネージャは「20年に一度の式年遷宮のようなもの」と例えている。

100万点を超える部品を統合し、約3000℃の高温ガスを燃焼させるエンジンを備えた新型ロケット開発はひんぱんには経験できない。しかし、開発を止めてしまうと複雑なシステムを実現する「知見の継承」ができなくなってしまう。

苛烈な衛星打ち上げビジネスにH3の入る隙間はあるのか?

ロケット

JAXA筑波宇宙センターには、1950年代に開発された「ペンシルロケット」から開発中の「H3ロケット」まで、JAXA(前身のNASDAも含む)が開発したロケットの実寸比模型が展示されている。開発中のH3ロケットは、写真右から3番目にある一番大きなもの。H3ロケットの左隣にあるのがH-IIBで、右隣にあるのはイプシロンロケット。

撮影:三ツ村崇志

H-IIAの開発が始まった1996年から、H3の開発が始まる2014年までの間に、衛星打ち上げロケットを取り巻く環境は大きく変化した。

1996年にデビューしたフランスのアリアン5(アリアンスペース)が商用静止通信衛星のデュアルローンチ(衛星の2機同時打ち上げ)という市場を切り開き、2010年にデビューしたファルコン9(スペースX)が低価格・高頻度という変革をもたらした。

2014年にH3の開発を開始した段階で、三菱重工のロケット市場の想定は「商業衛星機数は年間20機程度で微増傾向、衛星質量は 2.5~7トンの範囲に分布」というものだった。H3はその想定に対して、「競争力のある打ち上げ能力・価格」「お客様の希望時期に打ち上げ」「乗り心地の良い機体」を目指すこととなっていた。

1月23日、愛知県の三菱重工飛島工場でH3のコア機体の前に立つ岡田プロジェクトマネージャ。

1月23日、愛知県の三菱重工飛島工場でH3のコア機体の前に立つ岡田プロジェクトマネージャ。

撮影:秋山文野

H3に必要とされる打ち上げ能力は、H3-30S(エンジン3機、SRBなし)の形態で、地球観測衛星などの利用が多い軌道(太陽同期軌道:高度約500kmで地球を南北に周回する軌道)に4トン以上の輸送が可能なもの。

さらに、H3-24L(エンジン2機、SRB4本)では、静止軌道(地上から見た時につねに同じ位置にいるように見える軌道)に6.9トン以上の輸送も目標とされた(現在運用中の地球観測衛星だいち2号機は2トン級)。

H3の打ち上げ価格は「H-IIAの約半額」といわれる50億円。これは、H3-30Sが定常運用を開始した後に目指す価格だ。

残念ながら、この能力と価格だけでは、H3がアリアン5やファルコン9を押しのけて世界で大きなシェアを取れるとは言えない。

スペースXのファルコン9は、2015年に第1段の回収・再使用に成功して以降、打ち上げ頻度を高めている。11年間の運用で総打ち上げ数は110回、2020年に至って年間打ち上げ数26回と月間2回を超えた。

また、インドのPSLVは太陽同期軌道に1.8トン程度の小さい衛星を30億円程度という圧倒的な低価格で打ち上げることを実現。シェアを伸ばした。

種子島宇宙センターの大型ロケット発射場付近遠景。

種子島宇宙センターの大型ロケット発射場付近遠景。

撮影:秋山文野

当初2020年度中に初打ち上げを予定していたH3は、第1段のLE-9エンジンの不具合のため打ち上げの延期が発表されている。

機体やフェアリング、推進剤タンクや飛行電子部品、固体ロケットブースターなどはおおむね開発が完了し、試験機1号機の主要部品は製造、組み立てまでが終わっている。現状、エンジンの完成を待つ状態だ。

ロケット開発はトラブルの連続で、競争力は簡単に得られるものではない。

しかし、 市場で求められるロケットには、エンジンや輸送能力、価格だけではなく、衛星が届いてから速やかに射場作業を打ち上げまで進める運用の能力も重要だ。

初の実機を使用した開発試験であるこの3月の「極低温点検」は、機体組み立てから打ち上げ手順までの経験を積み上げていく貴重な場であり、この先、宇宙ビジネスの競争の土俵に立つためにも重要だった。

試験では人工衛星を搭載せずに、フェアリングやエンジンは試験用のものを取り付けた状態で実施された。

初めての「推進剤注入」は無事に完了

2021年3月17日早朝、整備組立棟から姿をあらわしたH3ロケット試験機1号機。1時間に7ミリ程度とかなり強い雨が降る中ではあったが、試験の気象条件はクリアしていた。

2021年3月17日早朝、整備組立棟から姿をあらわしたH3ロケット試験機1号機。1時間に7ミリ程度とかなり強い雨が降る中ではあったが、試験の気象条件はクリアしていた。

撮影:秋山文野

3月17日の夜明けごろ、鹿児島の南、種子島東南端の海岸にある種子島宇宙センターでは、組み立てられたH3ロケット試験機1号機が整備組立棟から引き出された。

H3機体は新しい移動発射台(ML5)に搭載されて第2射点まで移動。17日日中に推進剤を注入して、午後6時すぎから18日未明にかけてエンジン着火直前までのカウントダウンを実施する予定だった。

しかし、推進剤の充填作業を延長したため、第1回カウントダウンは18日午前1時9分から実施することとなった。

岡田プロジェクトマネージャによれば、H3では初めてとなる推進剤の自動充填手順に調整が必要となったため、時間を要したという。

三菱重工業宇宙事業部の奈良登喜雄プロジェクトマネージャは、試験結果について、

「新しい機体と新しい設備で、どのような条件がそろえば手順を進められるか、実際やってみて直すべきところが分かってきた。より良い手順に仕上げていくために、今回は良い結果だったと思っている。自動充填タスクをより洗練させていくものに仕上げる」

と述べている。

急拡大する宇宙ビジネス市場の要求に応えられるか?

2日間にわたるH3試験機1号機、極低温点検を終えた後のJAXA 岡田匡史プロジェクトマネージャ。

2日間にわたるH3試験機1号機、極低温点検を終えた後のJAXA 岡田匡史プロジェクトマネージャ。

撮影:秋山文野

今後、H3試験機1号機はLE-9エンジンの完成を待ち「実機型タンクステージ燃焼試験」と呼ばれる試験を控えている。

フェアリング、エンジンともにフライト用を取り付けた試験が成功すれば、いよいよ初の打ち上げだ。

試験機初号機からJAXAの地球観測衛星「だいち3号(ALO-3)」を搭載するというプレッシャーの強い打ち上げとなる。すべてはエンジンが完成するかどうかで決まるものの、打ち上げ時期は2021年後半、または2022年1~3月となる可能性もある。

同時期には、フランスの新型ロケット「アリアン6」、アメリカULAの「ヴァルカン」なども初打ち上げを控えている。はるか先を行くロケット勢に加え、豊富な運用経験を持つ米仏のロケット事業者とも競合することになる。

世界で対等に闘うための準備

H3側もロケット打ち上げ市場の変化を傍観していたわけではなく、新たな市場に対応する検討を進めている。

「ライドシェア」と呼ばれる複数の小型衛星を同時に軌道に投入する打ち上げプログラムへの対応がそれだ。

先行するインドのPSLVはライドシェア市場で存在感を高め、スペースXのファルコン9は2021年1月のライドシェア打ち上げで143機の衛星を一度に軌道投入した記録を樹立した。フランスのアリアン6もライドシェア打ち上げを計画している。

ライドシェアに対応することで、同型の衛星を複数機、軌道に投入して協調運用する「衛星コンステレーション」の打ち上げ需要を取り込むことができるため、ひんぱんな打ち上げ需要を喚起するビジネスとして期待されている。

実は、JAXAの固体ロケット「イプシロン」が2019年から始めた「革新的衛星技術実証プログラム」は、ライドシェアそのもの。複数の人工衛星の微妙に異なる希望を取りまとめて打ち上げを実現することで得た経験は、H3のビジネスにも適用できる。

ライドシェアの実現にあたっては、多くの小型衛星が目標の軌道に到達できるように、衛星分離の際に行く先を調整するハードウェアが必要だ。

岡田PMによれば、H3ロケットでもファルコン9の打ち上げなどで衛星放出を成功させた米スペースフライト社の衛星放出機構など、市場でこれまで実績を上げてきたライドシェア向けシステムの受け入れを検討しているという。

市場の要求に応えるため、高い視点から将来を見据えた検討と、足元で着実に試験機打ち上げを成功させるための一連の作業、H3ロケットはあと1年の勝負の年に入る。

(文・写真、秋山文野

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