おしゃれな高層ビルも、ゴージャスなオフィスも、リビングルームから部屋着でログインする社員には関係ない。さらに今後は、「バーチャル本社」の導入が進みそうだ。
コロナ禍が徐々に落ち着きを見せるなか、企業はポストコロナ時代における事業運営のあり方を模索している。なかにはネイションワイド、モンデリーズ、バークレーズのように、一定の職種を永続的に在宅勤務にすることを検討している企業もある。また、アメリカン・エキスプレス、エトナをはじめ多くの大手企業は、既に柔軟な働き方を導入済みだ。
その結果、所有または賃貸する不動産を減らし、物理的オフィスの使い方を変える企業が増えている。
一方、新たな課題も生じている。見える化、日常的な会話、コラボレーションといった、対面では容易だった要素をいかに確保するかだ。こうした課題の解決に取り組むIT専門家は、「バーチャル本社」の設置を勧めている。従業員が自宅にいながら協働できるツールだ。
クラウドコンピューティング会社Citrix(シトリックス)のデビッド・ヘンシャルCEOは、「従業員のエンゲージメントを再び高める大きなチャンスだ。テクノロジーによって、従業員の戸惑いの多くを取り除くことができる」と語っている。
今後数カ月で、企業はこうした課題にどのように取り組むか。それは、最高の人材を獲得・維持し、企業文化を向上させるうえでの決定打となるかもしれない。特に、従業員が転職に慎重になっていた1年が過ぎ、新たな職場を考える人が増えてくると、その重要性は増してくる。
経営戦略の変革とあわせ、「バーチャル本社」が解決策になるかもしれない。
バーチャル本社が従業員のハブになる
「バーチャル本社」の一例。
Citrix提供
バーチャル本社とは、従業員が必要なソフトやアプリにアクセスしやすくする、いわば中心的ハブだ。従業員の満足度・生産性の維持に寄与するかもしれない。
Insiderの取材に応じたIT企業の幹部によると、バーチャル本社は複数の業務用アプリケーションとリンクしており、分散した場所にいるチームが協力してプロジェクトに取り組むためのツールを提供するという。従業員は、井戸端会議に終始することなく、バーチャル本社に集まり、協議できるようになる。
ハブの役割を果たしてきたプラットフォームはこれまでにもある。Citrix、Slack、Microsoft Teamsなどがそれだ。だが最近は、その使い方に変化が見られる。仕事目的だけではなく、インフォーマルなつながりが重視されているのだ。
もちろん、企業オフィスの変化によって失われたもののすべてを、テクノロジーだけで取り戻せるわけではない。そう語るのは、経営アドバイザリー会社フォレスターのシニアアナリスト、アンドリュー・ヒューイットだ。仲間意識を醸成し、従業員の成果を認め、インフォーマルな活動を推進する——こうした重要な取り組みは、やはり対面が一番だ。
今後は、リアルとリモートのハイブリッドが企業にとって有益となるだろう。Zillow、Spotify、TIAAなどは既にオフィスの設計変更を進め、個室を減らし、コラボレーション向きの会議スペースや交流スぺースを増やしている。
従業員の働き方をもっと把握するために
経営者は、バーチャル本社への進化に適応する必要があるかもしれない。
コロナ禍以前、経営者は部下から直接報告を受けており、メールやSlackメッセージを送る必要はなかった。従業員の労働時間や、誰が誰と仕事をしているかなど、直接的に把握することができた。同僚や関係者と打ち解けた会話を交わすこともできた。これらすべてが、椅子の向きを変え、あるいは何歩か歩くだけで可能だった。
しかし今日、経営者は、従業員が何を感じているかを明確に把握できないままに業務を進めなければならない。CitrixのヘンシャルCEOは、リモート環境下で優れたリーダーシップを発揮するためには、特別な研修を受ける必要があるかもしれないと言う。
過去1年、経営者はこうした課題を突きつけられてきたが、状況は今後さらに複雑化しかねない。従業員が、オフィスと自宅に分かれて働くようになるからだ。
バーチャル本社は、働き方(いつ、どこで仕事をするか)について各従業員の希望を把握するためのデータを提供する。しかしヒューイットらは、このツールの取り扱いには注意が必要だという。従業員データのプライバシー保護はもとより、ツールによる生産性評価が本当に正しいかどうかに留意する必要があるというのだ。
ヒューイットはこう述べる。
「時間(分)単位の量で測れる仕事は、時間単位で結果が得られます。しかし、知識労働、創造的労働、デザインといった仕事は、時間単位では測れません。生産性測定に関しては、時間単位で測ってはいけないというのが当社の助言です。そうではなく、結果を評価し、その評価に納得を得る必要があります」
例えばあるチームの従業員が、週明けのプロジェクト締め切りに間に合わせようと、週末を費やして仕事をしていたとする。それに気づいた経営者はすぐに締め切りを柔軟にして、週末に仕事をしていた従業員の負担を減らす——ヒューイットはそんな事例を挙げる。
プラットフォームから得られるこうしたデータを見ると、エンゲージメントや最善のコラボレーションのあり方が明らかになる。
Insiderの取材に応じたフェイスブックのアメリカ地域職場環境責任者によると、同社が使用するプラットフォームでは、誰が誰と仕事をしているかを全社的に把握できるという。またヘンシェルによると、Critixではプラットフォームから得られる調査結果を全社的に活用するための研修を行っているという。
「エンプロイー・エクスペリエンス」を高める
これまで職場関連テクノロジーに関する意思決定は、最高情報責任者をはじめとする技術担当幹部が行ってきた、とヘンシェルは指摘する。しかし今日では、人事をはじめ広範囲の関係者が関与している。特に、新たなテクノロジーとEX(エンプロイー・エクスペリエンス:従業員体験)の関係が注目されている。
ヒューイットによると、複数の大手企業が、デジタルEXを向上させるための新たな組織横断的チームを設置しようとしているという。ハイブリッドな働き方にシフトするなかで、仲間意識の醸成を推進する試みだ。
コンサルティング会社キャップジェミニのイノベーション部門を統括するサラ・ポープは次のように語る。
「(プラットフォームに)どういった機能を望み、どういった機能を最もよく利用するか、という観点で従業員が意思決定に関与するのは良いことだと思います」
経営幹部は、ツールをフル活用する従業員を見出し、社内啓蒙の役割を担わせることもできる。「その進め方のほうが、トップダウンや単なる推測で進めるよりもいいですね」とポープは言う。
ヒューイットによると、経営者は従業員の「業務日誌」を熟知すること、つまり従業員が使うツールやその使用頻度を知る必要があるという。
デジタル・エクスペリエンスというものには馴染みがないかもしれない。しかしヒューイットは、この新たな現実を受け入れるよう促す。「EXを、エンドユーザーのために創り出している“製品”としてとらえる必要があります」
(翻訳・住本時久、編集・常盤亜由子)