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国民的関心は「移民」から「環境」へ。メルケル首相引退後めぐる独州議会選挙で「地殻変動の兆し」

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3月24日、イースター休暇の行動制限計画を撤回して謝罪したドイツのメルケル首相。

Stefanie Loos/Pool via REUTERS

ドイツのメルケル首相がイースター(復活祭)休暇に検討していたロックダウン(都市封鎖)について、「自分の過ち」だったと認め、国民に謝罪したことが大きく報じられた

政府が決断した厳格な行動制限措置に対し、国民から批判の声が強まり、結果的に政府が譲歩するというこれまでにない流れが見られる。

政府はイースター前後の5日間(4月1〜5日)、国民に外出自粛を呼びかけていたが、唐突に規制強化が打ち出されたことで逆に休暇前の店舗が混雑することや、企業の生産計画に影響が出ることなどへの懸念が浮上し、3月24日になってメルケル首相が規制強化を撤回する事態に発展した。

一度決めたことをあっさり撤回するのは、「鉄の女」と呼ばれ冷静沈着なリーダーシップを評価されてきたメルケル首相らしからぬ挙動だ。逆に言えば、厳格な行動制限に対する世論の風当たりがそれほどに強まっているということだろう。

「行動規制よりワクチン供給が先」という考え方は、今後どの国でも支配的になっていく。あらゆる国民がより本質的な解決策を欲するなか、時短要請を含む行動制限はあくまで時間稼ぎであって、何よりワクチン接種率が優先されることになる。

2021年のドイツは「スーパー選挙年」

メルケル首相が「ひとえに自分の過ち」と謝罪したのは、判断撤回を9月で引退する自身の責任にとどめ、与党へのダメージコントロールを図りたいと考えたからかもしれない。

実際、メルケル首相の所属する中道右派の与党・キリスト教民主同盟(CDU)をとり巻く状況は芳(かんば)しくない。最新の世論調査(3月19日実施)では、1年ぶりに政党支持率が30%を割り込んだ。3月14日に行われたドイツ西部2州の選挙では、ともにCDUの大敗が報じられている。

新型コロナウイルス関連の話題に隠れて注目されづらいが、2021年のドイツは上記2州を含めた計6州で州議会選挙が開催され、9月26日には連邦議会選挙(総選挙)が控えており、「スーパー選挙年」と呼ばれる。

日本ではドイツの地方選挙への関心は決して高いとは言えないが、メルケル首相を象徴とするドイツ政治が節目を迎え、新しい時代に突入するのが明らかなことから、関連報道も断続的に見られる。

メルケル首相の引退は欧州連合(EU)の先行きを左右する大事な転換点でもあり、間違いなく注目に値する。

ドイツの変化はたびたび「州議会選挙」から始まる

過去の例をふり返ると、ドイツの州議会選挙はその後の大きな政局につながることが多い。

およそ1年半前の2018年10月、メルケル首相がCDU党首の辞任(首相は続投)と2021年秋での政界引退を早々と決断したのは、同月実施された2つの州議会選挙で歴史的な大敗を喫し、党人事の刷新が不可欠と判断したためだった。

2015年9月に政策決定した難民の無制限受け入れや、2017年9月の総選挙惨敗(第1党を維持も議席は大幅減、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が躍進)に対する引責という面もあるものの、直接的な引き金になったのは、やはり州議会選挙の大敗だ。

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キリスト教民主同盟(CDU)は2020年2月に辞意を表明していたクランプカレンバウアー氏(左から2番目)の後任として、ノルトライン=ヴェストファーレン州のラシェット首相(右から2番目)を新党首に選んだ。2021年1月の党首選の様子。

REUTERS/Hannibal Hanschke

なお、メルケル首相からCDU党首の座を継いだクランプカレンバウアー氏も2020年2月、在任期間わずか1年余りで辞任表明に至っているが、こちらも直接的には東部チューリンゲン州での政権樹立をめぐる混乱を収拾できなかったことが直接的な原因とされる(ただし、同氏はそれ以前から失言が多く、そもそもの資質を疑問視する声があった)。

こうした過去の経緯に鑑みれば、州議会選挙は9月総選挙の「予行演習」と位置づけられ、メルケル引退後のドイツおよびEUを誰がどのような形で率いていくのかという、大きな未来を左右するイベントと理解すべきだ。

そして、ドイツ政治がどのように変わるかは、欧州に限らず世界の政治・経済・金融などあらゆるテーマにとって相応に大きな問題に違いない。

史上最低の支持率で敗れた与党CDU

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3月10日、バーデン=ヴュルテンベルク州の州都シュトゥットガルトにて。4日後に州議会選挙を制する「同盟90/緑の党」のクレッチュマン党首ポスター。

REUTERS/Ralph Orlowski

先に少し触れたように、西部2州(バーデン=ヴュルテンベルク州/ラインラント=プファルツ州)で3月14日に行われた州議会選挙は、いずれもメルケル首相の所属する与党CDUが史上最低の支持率で敗れるという惨憺(さんたん)たる結果になった。

具体的に見てみると、バーデン=ヴュルテンベルク州を制したのは、近年環境政党として支持率を伸ばす「同盟90/緑の党」(以下、緑の党)。CDUの得票率は約24%、前回(2016年)選挙から3ポイントほど低下した。なお、同州のクレッチュマン首相は州議会選挙を制した緑の党の党首でもある。

一方、ラインラント=プファルツ州では、連立与党の一角である中道左派の社会民主党(SPD)が制した。CDUは約28%で、前回選挙から4ポイントほど得票率を落とした。同州のドライヤー首相はSPDの所属であり、両州ともに現職が強さを見せたことになる。

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3月15日、前日のラインラント=プファルツ州議会選挙で勝利をおさめた社会民主党(SPD)所属のドライヤー首相。

REUTERS/Hannibal Hanschke/Pool

こうした選挙結果を受け、バーデン=ヴュルテンベルク州は、(1)緑の党+CDU、あるいは(2)緑の党+SPD+自由民主党(FDP)のいずれかの形で連立政権を模索することになる(本稿執筆時点で確報はない)。

(1)なら現状維持、(2)になれば、緑の党とCDUのミゾの深さを示す証左となる。同州がいずれの道を選ぶかは、9月末に予定される連邦議会選挙(総選挙)後の連立政権の姿を考える上で大きなヒントになる。なお、(2)の場合はドイツの左傾化が進んでいることを示す材料にもなる。

一方、ラインラント=プファルツ州では、今回の選挙後も現状通り、SPD+緑の党+FDPで過半数を確保することになりそうだ。

そんなわけで、国政におけるCDU+SPDという組み合わせは、州議会選挙においては第一の選択肢にはなっていない。SPDはCDUと連立して埋没することを嫌気している。

メルケル後継が決まらない

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3月15日、西部2州の議会選挙で惨敗を喫したキリスト教民主同盟(CDU)のラシェット党首。メルケル後継の最有力候補に名があがる。

Michael Sohn/Pool via REUTERS

これら州議会選挙における惨敗は、2021年1月の党大会でCDUの新党首に就任したばかりながら、メルケル後継の最有力候補とされるノルトライン=ヴェストファーレン州のラシェット首相(以下では便宜上、ラシェット党首と呼ぶ)の責任問題につながるだろうか。

いまのところ、敗戦の要因には(1)現職の州首相がもともと強かった、(2)政府によるマスク調達契約をめぐりCDU所属の連邦議会議員が多額の手数料を得ていたとされるスキャンダルがあった、(3)ロックダウンの長期化により政府・与党への不満が蓄積していた、といったことがあり、ラシェット党首の求心力に大きな影響はないとの見方が多い。

ただ、もとよりメルケル後継としては力不足との声もあるなかで、CDUが本当にラシェット党首を首相候補として9月の総選挙を迎えるのか、現時点では何とも言えない情勢だ。

バイエルン州を基盤とする姉妹政党・キリスト教社会同盟(CSU)のゼーダー党首(同州首相)のほうが国民的人気も高く、そちらに一本化すべきとの意見も聞かれる。

いずれにしても、このあと6月6日には、前出の極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持率が高い東部ザクセン=アンハルト州で州議会選挙が行われる予定で、その結果は「9月総選挙の看板を誰にすべきか」という問題に直結しそうだ。

なお、同じようにAfD支持者の多い東部チューリンゲン州のほか、北東部メクレンブルク=フォアポンメルン州、首都ベルリン州(特別市)でも選挙が行われるが、いずれも連邦議会選挙と同じ9月26日に実施されるので、やはり総選挙の結果を占うという意味では、ザクセン=アンハルト州議会選挙が大事になる。

「緑の党」の勢力拡大が意味するもの

3月14日に行われた2つの州議会選挙では、極右政党AfDの躍進は見られなかった。

前回の州議会選挙や連邦議会選挙では移民問題に関心が集まったため、反移民など排外的主張を強めた極右政党AfDが得票率を伸ばしたが、いまはその勢いはない。代わって頭角を現しはじめているのが、環境や気候変動への問題意識の高まりを追い風とする緑の党だ。

こうした右派ポピュリスト政党の後退は、ドイツに限らずEU加盟各国で見られる。

まだ確たることは言えないが、現状だけを見れば「移民」から「環境」へという、大きなシフトが過去5年で起きたということだろう。コロナ禍で人の移動制限が続く現状を考えると、移民に関する問題意識は一段と高まりにくい状況と言える。

9月の連邦議会選挙後、勝利をおさめた党が緑の党を軸とした連立政権を検討することになるのはほぼ確実だ。CDUの支持率がこのまま下降を続けるなら、緑の党とSPDで左派連立政権を樹立し、メルケル引退と同時にCDUも下野、という可能性もゼロとは言えない

しかも、そうした新たな時代が長期にわたって続くのかは定かではなく、もしかしたらドイツ政治の不安定化の始まりなのかもしれない。

抜群の安定感を誇った16年間のメルケル時代が終わり、ドイツ政治の漂流が始まることは、改革すべき事項を多く抱えるEUにとっても望ましいことではないだろう。メルケル首相ほどの指導力を発揮できる政治家がほとんど見当たらないことは、EUの抱える大きな不安要素のひとつでもある。

ドイツの州議会選挙は、日本にいると遠くの国で行われるいくつかの地方選挙、程度にしか感じられないかもしれない。だが、本稿で述べたように、グローバル規模での変化をもたらす政権交代の予兆を読み取れるイベントであることを考えると、注意喚起せざるを得ない。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文・唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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