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“2兆円工場”で攻めるインテルが半導体業界を「激震」させた理由…地政学的リスクは次のトレンドか

インテル CEO パット・ゲルシンガー氏。

インテルCEOのパット・ゲルシンガー氏。

提供:インテル

世界最大の半導体メーカー、インテルが3月23日に発表した新経営戦略は、半導体業界の多くの関係者に驚きをもって迎えられた。

インテルが発表した新しいビジネスモデル「IDM 2.0」は、同社の従来のビジネスモデル「IDM」(Integrated Device Manufacturer、垂直統合型半導体製造)を進化させるものだ。

その肝となるのは、インテルが「ファウンダリーサービス」と呼ばれる「他社の半導体を受託製造するサービス」を始めることだ。

しかし、業界にショックを与えたのはこれだけではなかった。ポイントを解説しよう。

兆円単位の巨額投資を必要とする半導体工場

半導体メーカーは大きく言って、自社で設計・製造・販売まですべてを垂直的に統合して行なう「IDM」と、製造は他社の工場に委託して設計と販売に注力する「ファブレス」(ファブ=工場、レス=持たないの意味で、工場を持たないメーカーの意味)、そしてファブレスの半導体メーカーから委託を受けて製造工程を担当するファウンダリーという3つのビジネスモデルがある。

設計、製造、販売を垂直統合して行なう「IDM」と呼ばれる製造手法

設計・製造・販売を垂直統合して行う「IDM」と呼ばれる製造手法。

会見動画よりキャプチャー

インテルはその誕生のときから自社工場を持ち、設計・製造・流通を垂直統合的に行うIDMモデルを続けてきており、それがインテルの強みになっていた。

IDMモデルは、半導体工場という「天文学的な初期投資」(後述するが工場2つで約2兆円の投資になった例がある)を伴うリスクはあるが、実際に製造が始まってしまえば、作れば作るほど利益を生むのが強み。

これによりインテルは長い間、グロスマージン(粗利)が60%以上という、製造業としては驚異的な利益率を誇ってきた。粗利の高さから、インテルが作る半導体を「宝石」と揶揄(やゆ)する関係者もいるほどだ。

インテルをむしばんだ「失われた10年」

ところが、近年それが揺らいでいる。

インテルが2021年1月に発表した2020年の通期決算によると、グロスマージンは56%と、2019年の58.1%から2.1ポイント下落している。

グロスマージンが56%という数字は製造業としては依然として驚くべき数字だが、長期的にこの傾向が続けば、インテルは危機を迎えることになる……それがアナリストらの一貫した見方で、ここ何回かインテルの決算説明会では証券アナリストからその点に関する質問が集中していた。

こうした状況に陥った最大の要因は、インテルにとって2010年代が技術的に「失われた10年」になってしまったからだ。

インテルが他の半導体メーカーに対して大きな優位性を維持できた最大の理由は、インテルの製造施設や技術が、他社を1~2年は常にリードしてきたからだった。

しかし、2010年代半ばから徐々に他社に追いつかれ、自社工場で半導体を製造するよりも、外部(ファウンダリー)工場で製造したほうが高性能な半導体を製造できる状況になっていた。

そうした状況を受け、インテルも最先端の製品の製造をファウンダリーに委託して製造する可能性を昨年来探ってきた。

ただし、その選択は自社の工場を捨てるのとほぼイコールだ。

インテルはそのジレンマに悩み、最終的な決断を下せずにいた……というのが、2021年初頭までの状況だ。

「地政学的に」信頼される半導体サプライチェーンとは

IDMモデルがIDM 2.0へと進化

IDMモデルがIDM 2.0へと進化する。

会見よりキャプチャー

だが、2021年1月にパット・ゲルシンガー氏が翌月からCEOに就任することが発表されると、潮目は完全に変わった。

ゲルシンガー氏は18歳でインテルに入社。同社勤務のかたわら大学に通い、サンタクララ大学で学士号、スタンフォード大学で修士号を取得し、1980年代には同社の躍進の理由の1つになったプロセッサ「Intel 386」の開発者の一人となった。

その後インテルの副社長に昇進し、2000年代後半には次期CEO候補の一人と見なされた。しかし、当時のCEOレースからは脱落した。

2008年にEMC(現Dell EMC)に移籍すると、12年には傘下のソフトウェアベンダー・VMwareのCEOとなり、同社が大躍進するきっかけを作った。

インテル時代にはテクノロジーに詳しい経営者として有名だったが、EMC・VMware時代の経験を通じて長期的な戦略や会計まで理解できるバランスのとれた経営者に成長を遂げ、2019年のGlassdoor調査では「best CEOs in America」の一人に選ばれている。

ゲルシンガー氏はインテルに復帰するやいなや、すぐにデータの洗い出しを行い、特任チームを招集して新戦略の策定に入った。

その結果が、今回発表されたプランだ。誰もが前任者であるボブ・スワン氏の時代に決まっていた「自社工場と外部ファウンダリーをミックスして利用する」という”消極策”を継承するだろうと考えていた。

しかし、フタを開けてみると出てきたのは、インテルが他社に対して受託製造サービスを提供するという、180度反対となる“積極策”だった。

インテルが今回こうした発表をしたことについて、2月に就任したばかりゲルシンガーCEOは、

「半導体をめぐる環境は大きく変わりつつある。現在ファウンダリーの最先端の製造施設の大部分はアジアにある。このため、業界では地政学的にもっとバランスを取ってほしいという声が増えている

という、今日の世界情勢にあって、非常に印象的な声明を発表した。

「そうした中で、インテルの製造施設は米欧に集中しており、ユニークなポジションにある。新しいニーズ、具体的には『信頼される半導体のサプライチェーンの構築』というニーズに応えることができる」(ゲルシンガー氏)

この指摘の背景には、ファブレスの半導体メーカーやその顧客(例えば、今回の半導体ひっ迫で一番の被害者とされる自動車メーカー)、さらには米欧各国の政府がより地政学的にバランスの取れたファウンダリーの配置が必要だと考えている、という業界動向がある。

世界の上位半導体工場は「韓台中」に集中している

最先端の製造技術で製造するファウンダリーは80%がアジアに集中している。これは半導体業界では誰でも知っている事実だ。

最先端の製造技術で製造するファウンダリーは80%がアジアに集中している。これは半導体業界では誰でも知っている事実だ。

会見よりキャプチャー

会見でゲルシンガーCEOが示したスライドでは、最先端の半導体工場の80%はアジアに集中していることを示す図が含まれていた。

半導体製造大手のTSMCとサムスンという最先端の工場を構える2社に加え、台湾のUMC、中国のSMICという最新世代から1~2世代は遅れているファウンダリーも入れると、確かにほとんどの工場は、台湾・韓国・中国の3カ国に集中している。

自動車産業が懸念する半導体需要ひっ迫の要因に、台湾や韓国のファウンダリーが応えられていないというのは、業界なら誰もが知っている事実だ。

半導体の生産は、実はけっこう足の長いビジネスで、ファウンダリーと契約し、実際に製造を開始するまで半年~1年ほどの時間がかかる。そのため、需要が急激にひっ迫したときにはどうしようもない、というのが現状だ。

やや専門的な話になるが、ファウンダリーの構成を見直してみると、台湾TSMCと韓国サムスンが1位と2位で、今後はそこに中国のSMICが追いつくと考えられていた。

しかし、中国のSMICが米商務省のエンティティ・リストに掲載されたことで、米欧の企業は利用しにくくなった。

また、TSMCやサムスンの台湾や韓国も、それぞれ中国や北朝鮮と地政学的なリスクを抱えている。

インテルの工場は欧米とイスラエルにある。

インテルの工場は欧米とイスラエルにある。

会見よりキャプチャー

そうした地政学的なリスクを抱える東アジアに半導体の製造が集中していることを、今回の半導体ひっ迫があぶり出してしまった格好だ。

そうした中で、「米欧(とイスラエル)にだけ」工場があるインテルは「東アジアの地政学的リスク」のリスクヘッジになり得る。インテルが受託製造サービスを開始する最大の理由はそこにある。

もし、仮に半導体ひっ迫だけが要因であれば、インテルは受託製造サービスに進出することなどは考えもしなかっただろう。

それでも、半導体ひっ迫が地政学的なリスクであることに気づいてしまった米欧諸国の政府は、ファウンダリーに対して米欧域内で製造を求めていくことになるだろう。補助金などを出すことも厭わないはずだ。

つまり、この半導体ひっ迫というトレンドは長期的なものになると米欧諸国の政府などは考えていて、インテルはそこに大きなビジネスチャンスがあると考えたわけだ。

戦略の「転換点」に立つインテルと半導体メーカー

地元のメリット、200億ドルの投資とそれによる雇用拡大。

工場建設先のアリゾナ州には200億ドルの投資とそれによる雇用拡大というメリットがある。

会見よりキャプチャー

ゲルシンガー氏は新しい受託製造サービスを開始するにあたり、今後200億ドルという莫大な投資をして(1ドル=105円換算で2.1兆円)、アリゾナ州に新しい工場を2つ建設すると明らかにした。

同発表にはアリゾナ州のダグ・デューシー知事と米商務省のジーナ・レイモンド長官の名前も登場し、両者からの援助もあることが明らかになった。

インテルがアリゾナ州に所有するインテル・オコティージョ・キャンパス。ここに新しい工場が2つ追加される

インテルがアリゾナ州に所有するインテル・オコティージョ・キャンパス。ここに新しい工場が2つ追加される。

提供:インテル

また、ゲルシンガー氏の会見では、前任者時代には見通せなかった次世代のテクノロジー(専門的に言うと7nmの製造技術)開発も一挙に進み、実用化のめどが立ったことも発表した。

こうした進化には、ゲルシンガー氏がインテルに復帰してから多くのベテラン開発者たちがインテルに復帰したことが影響していると考えられる。

インテルの「失われた10年」はたった2カ月で、新たなリーダーと方針を得て、トンネルの出口を完全に見つけ、新しい行き先を完全に見つけたように見える。

さらに、半導体業界の誰もが多かれ少なかれ感じていた地政学的リスクの問題について、インテルが真正面から言及し、「欧米回帰戦略」として中核に据えた事実は、業界にとっては大きなショックであり、業界構造そのものを変えていく可能性まで秘めている。

インテル中興の祖とされる故アンディ・グローブ氏の言葉として知られる「戦略転換点(Strategic Inflection Point)」(=技術革新や環境変化などにより競争軸が変わっていくタイミングのこと)に、インテルひいては半導体産業全体がいま立っている気がしてならない。

(文・笠原一輝

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