老後の家計を大きく左右する、日本の年金制度。共働きのほうが老後も安心できる、という説は必ずしも正しいとは言えないようだ。
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日本の年金制度は、世帯収入に比例した保険料と年金になっているため、共働きか片働きかにより不公平が生じない制度であり、専業主婦(夫)が特別に優遇されているわけではないと解説した前回記事に対し、「老齢年金は同じだとしても、遺族年金には共働きか片働きかで差がある」という指摘をいただいた。
では、今回は遺族年金の違いについて考えてみよう。
配偶者死亡後、年金額はどう変わる?
夫婦世帯において、夫婦のうち一方が亡くなった後、支給される年金額がどう変わるかを示したものが次の【図表1】だ。
まず老齢基礎年金は(きちんと年金制度に加入した人に対して)1人あたり定額を支給する制度であるので、配偶者が亡くなったら配偶者分の老齢基礎年金は支給されなくなる。この点は、夫婦の働き方によって変わらない。
【図表1】配偶者が死亡したら年金額はどう変わる?
出所:法令等をもとに大和総研作成
夫婦の働き方によって差がつくのは、厚生年金である。
厚生年金は(厚生年金に加入していた時期の)現役時代の収入に比例して支給される。夫婦とも存命時は、世帯収入が同じなら年金の支給額も同じだ。
しかし、夫婦のいずれか一方が亡くなった後の支給額は、
- 配偶者の老齢厚生年金の4分の3
- 夫婦合計の老齢厚生年金の2分の1
- 自分の老齢厚生年金
のいずれか高い金額となる。
この「3つのうちいずれか高い金額」を支給するルールがどのように効いてくるかは、具体的な例で考えてみるとよく分かる。
まずは、典型的な「専業主婦世帯」の例で考えてみよう。
【図表2】は、現役時代は夫が平均的な収入で40年間働き、妻は40年間ずっと専業主婦だった「モデル世帯」の例である。この例では、夫婦とも存命中の年金額は夫婦の基礎年金年156万円と、夫の厚生年金年110万円を合わせて年266万円となる。
【図表2】専業主婦世帯の場合の老齢厚生年金。
出所:法令等をもとに大和総研作成
専業主婦世帯では、夫死亡後の妻より妻死亡後の夫に手厚い
夫が先に亡くなった場合、夫の老齢基礎年金はなくなる。厚生年金部分については、先述の1〜3のうち、1の配偶者(夫)の老齢厚生年金の4分の3が最も多くなるため、年83万円が支給され、計年161万円(夫婦存命時の60.5%)だ。
妻が先に亡くなった場合、妻の老齢基礎年金はなくなる。厚生年金部分については、1〜3のうち、3の自分(夫)の老齢厚生年金が最も多くなるため、年110万円が支給され、計年188万円(夫婦存命時の70.7%)だ。
この例からは、まず専業主婦世帯において、夫が亡くなった後の妻の年金額より、妻が亡くなった後の、夫の年金額のほうが多いことが分かる。
では、共働き世帯ではどうなるか。平均的には専業主婦世帯よりも共働き世帯の方が世帯収入が高いことが多いが、ここでは、比較のため【図表2】と同じ世帯年収だった共働き世帯の例を考えてみる。
【図表3】では、現役時代の世帯収入が【図表2】の専業主婦世帯と同じだが、夫婦それぞれの収入は半々ずつであった共働き世帯を想定する。
この例では、夫婦とも存命中の年金額が年266万円であることは【図表2】と同じで基礎年金部分も同じだが、厚生年金部分は夫婦とも各55万円となる。
【図表3】共働き世帯の場合の老齢厚生年金。
出所:法令等をもとに大和総研作成
この例では、夫婦のいずれが先に亡くなっても、配偶者死亡後に支給される年金は、元の自分の年金だけの133万円となり、夫婦とも存命時の50%まで減ってしまう。
厚生年金部分については、1〜3のうち、2の夫婦合計の老齢厚生年金の2分の1と、3の自分の老齢厚生年金がいずれも55万円で最大となり、遺族厚生年金が1円も支給されないからだ。
この夫婦の配偶者死亡後の年金額133万円という水準は、【図表2】の「専業主婦世帯」における妻死亡後の夫の年金額188万円、夫死亡後の妻の年金額161万円のいずれよりも少ない。共働きで世帯収入が均衡している世帯の方が、配偶者のうち一方が死亡した後の保障が薄いことになる。
なお、平均的には専業主婦世帯よりも共働き世帯のほうが世帯収入が高い(=支払う保険料が多い)ため、共働き世帯における配偶者死亡後の年金額が、専業主婦世帯よりも少なくなるとは限らない。
しかし、(同じ保険料を負担した)同じ世帯年収同士の世帯で比べると、共働き世帯には配偶者死亡後の保障が薄いのである。
夫婦の収入が均衡しているほど、1人になってから保障が薄い
パートナーがいなくなった後も、独りで生きていくのに十分な年金はもらえるのだろうか?
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ここまで、完全な専業主婦世帯と完全に夫婦の収入が均衡している共働き世帯という、極端な2つの例をもとに比較してみたが、実際には夫婦の収入の稼ぎ方にはもっとバリエーションがある。
【図表4】は、夫婦とも存命中の厚生年金額の世帯合計を100とした場合、配偶者の死亡後の厚生年金額がいくらになるかを「現役時代の世帯収入に占める自分の収入の割合」別に示したものである。
「現役時代の世帯収入に占める自分の収入の割合」は、自分がずっと専業主婦(夫)なら0%、逆に配偶者がずっと専業主婦(夫)なら100%、夫婦の収入が完全に均衡しているなら50%となる。
【図表4】配偶者死亡後の厚生年金額。
出所:法令等をもとに大和総研作成
【図表4】を見ると、日本の年金制度には2つの特徴があることがはっきりと分かる。
1つは、夫婦の収入が均衡していればいるほど、夫婦のうち一方が死亡した後の保障が薄くなっていること。もう1つは、夫婦の収入に差がある世帯では現役時代の収入が高かった方の保障が厚くなっているということだ。
時代の変化に合わせて遺族年金の見直し必要
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日本の年金制度は、原則として個人単位で設計されているが、夫婦は保険料を「共同して負担した」ものとして扱われている。
保険料を明示的に支払うのは働いている夫だけであっても、その夫は家庭内の分業の下で働いて収入を得る役割を担っているに過ぎないのだから、その保険料は「夫婦で共同して負担したもの」として扱う。
だから、世帯収入が同じであれば、共働き世帯でも片働き世帯でも保険料も年金額も同じとなっているのだが、その仕組みは配偶者の死後までは貫徹されていない。
家賃(持ち家であっても修繕費など)や光熱費などは世帯単位でかかるため、配偶者が亡くなっても生活費は夫婦2人とも存命の時の半分までは減らない。だからこそ、配偶者の死亡後も6〜7割の年金が支給されるよう制度が作られてきたが、収入がほぼ同程度の世帯にはその恩恵は及ばない。
現在年金を受給しているのは、男女雇用機会均等法(1986年)の施行前に社会人になった世代であり、収入が同程度の夫婦は数が少なく、まだ問題は顕在化していないかもしれない。
だが、時代が進むごとに男女の賃金格差は着実に縮まっている。収入が同程度の夫婦が珍しくない今の20〜30代が年金受給者となる頃までには、遺族年金のあり方を見直していかなければならないだろう。
(文・是枝俊悟)
是枝俊悟:大和総研研究員。1985年生まれ、2008年に早稲田大学政治経済学部卒、大和総研入社。証券税制を中心とした金融制度や税財政の調査・分析を担当。Business Insider Japanでは、ミレニアル世代を中心とした男女の働き方や子育てへの関わり方についてレポートする。主な著書に『NISA、DCから一括贈与まで 税制優遇商品の選び方・すすめ方』『「逃げ恥」にみる結婚の経済学』(共著)など。