REUTERS/Tingshu Wang
中国テンセントが3月24日に発表した2020年12月期の連結決算は、売上高が前年比28%増の4820億元(約8兆円)、純利益が同71%増の1598億元(約2兆7000億円)だった。同社の純利益が1000億元を超えるのは1998年の設立以来初めてだ。
そしてテンセント自身の勢いと並んで改めて注目されているのが、投資によって拡張してきた「テンセント連合」の強さ。テンセントの投資企業は国内外1200社に及び、同期は上場する約100社から約1200億ドル(約13兆2000億円)の投資収益を得た。投資規模はアリババやグーグル、フェイスブックを上回りソフトバンクグループのビジョン・ファンドに匹敵するとされる。
中国当局による締め付けで身動きが取りにくいアリババを横目に2020年も168社に投資し、グローバルに経済圏を広げている。
米テスラ、スナップにも出資
2020年にトランプ大統領がWeChatの禁止に動いたが、TikTokと同様うやむやのまま現在に至っている。
REUTERS/Dado Ruvic/Illustration
2020年8 月、トランプ大統領がショート動画アプリTikTokとメッセージアプリWeChatに矛先を向け、運営企業のバイトダンスとテンセントとの取引禁止を命じる大統領令に署名した際、慌てたのは米企業や政府だ。
売上高の3割をゲーム事業が占めるテンセントは、世界最大のゲーム会社でもあり、海外のゲーム企業にも出資している。最も有名なのは「リーグ・オブ・レジェンド(LoL)」を運営する米ライアットゲームズで、11年に出資しその後完全子会社化した。「フォートナイト」を運営する米Epic Gamesにも40%出資している。
大統領令の署名後、世界のゲーム業界は騒然となり、米政府側はすぐに「ゲームは対象外」と釈明したが、テンセントは他にもソーシャルニュースサイト「レディット(Reddit)」、写真アプリ「スナップ(Snap)」、そしてEVのテスラなど多くの著名企業に出資する。
中国の調査会社によると同社の投資規模は2019年時点でもアリババの2倍に達し、グーグル、フェイスブックをしのぐ。また、投資の30~40%は海外企業に向けられている。
トランプ大統領はTikTokについては強硬姿勢を崩さず、米事業の売却命令まで出したが、テンセントとの取引禁止の動きは尻すぼみした。テンセント経済圏はアメリカにも広く及んでおり、うかつに規制すると大きな混乱を引き起こすことが、改めて浮き彫りになった。
アリババ帝国に「陣営」で対抗
低所得者に特化したECの拼多多は2020年、ユーザー数で初めてアリババを抜いた。
REUTERS/Stringer ATTENTION EDITORS
同社が投資の体制を本格的に整えたのは、英国人のジェームズ・ミッチェル最高戦略責任者(CSO)をゴールドマン・サックス(GS)から迎え入れた2011年前後。劉熾平(リウ・チーピン)総裁もマッキンゼー、GSを経て2005年にテンセントに参画しており、M&Aやファイナンスに明るい。創業者の馬化騰(ポニー・マー)CEOを加えた3人が、投資の方向性や戦略の決定権を持っているという。
ではテンセントはなぜ投資を拡大してきたのか。目的は大きく2つある。
一つは、主力のゲーム事業の成長だ。ゲームはグローバル展開が期待でき、海外企業はテンセントと組むことで、巨大な中国市場へのアクセスが容易になる。テンセントは有望な知的財産権(IP)を獲得できる。2020年には「牧場物語」シリーズを展開する日本のゲーム会社マーベラスに約49億円出資し筆頭株主になった他、韓国のゲーム会社にも次々に投資している。
もう一つは、2011年にサービスを開始したWeChatの魅力を高めるため。特に以下の投資は、WeChat成長のための重要な投資になった。
- 2014年、アリババに次いでEC2位のJD.com(京東集団)に約2億ドルを出資し、筆頭株主になった。2019年のテンセントの株式保有率は17.8%。
- 2014年に口コミサイト「大衆点評」に出資。大衆点評は2016年、アリババから出資を受けた美団と合併し、「美団点評」(美団)になった。美団はこの後、アリババとたもとを分かちテンセント陣営に属することを選択する。美団は2018年にシェア自転車のモバイクを完全子会社化した。
- 2016年に創業間もないEC企業、拼多多(Pingduoduo)に出資。農村、高齢者に強い拼多多はECの第三極として、上位2社を脅かしている。
- 2017年以降、ショート動画「快手(Kuaishou)」に段階的に投資。株式の約2割を保有する大株主になった。快手は2021年2月に香港証券取引所に上場し、テンセントは巨額の含み益を得た。
テンセントは任天堂のスイッチを中国内で代理販売し、これまでに100万台以上を販売している。
REUTERS/Pei Li
WeChatはメッセージアプリに加え、決済機能「WeChat Pay」を持つ。また、投資先のECや出前アプリ、配車サービス、シェア自転車のサービスと連携しており、ユーザーは一つのアプリで生活のあらゆるサービスを利用できる。WeChatの月間アクティブユーザー数は2020年12月時点で12.5億人に達し、投資先はWeChatの経済圏に参加することで、労せずして膨大なユーザー基盤を得られる。
テンセントは「陣営」をつくることで、アリババ帝国に対抗できるようにもなった。WeChat Payはアリペイより10年近く後発にもかかわらず拮抗し、2強を形成している。
美団は出前アプリ事業でアリババ傘下のele.me(餓了麼)、モバイクはアリババのハローバイクと競合し、いずれもアリババ系をリードする。拼多多の2020年の利用者数は前年比35%増の7億8840万人となり、初めてアリババの7億7900万人を超えた。
また、ショート動画の快手はアリババではなくTikTokと競合しており、急激に成長する新興企業をも視界に入れているテンセントの投資姿勢がうかがえる。
ビジョン・ファンドとの違いは
1200社に投資しているテンセントは、ソフトバンクグループのビジョン・ファンドと比較されることもある。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
テンセントの業績には投資先の成長が大きく寄与していることから、ビジョン・ファンドを運営するソフトバンクグループ(SBG)と比較されることもある。
だがSBGが「投資会社」であるのに対し、テンセントはゲームやWeChatの「経済圏」を拡張する手段として投資を活用している事業会社である点が大きく違う。
また、投資先の株式の過半数を取得し、経営権を握ろうとする傾向が強いアリババに対し、テンセントはスタートアップの少数株主になる手法が目立つ。美団、拼多多への出資比率も2割前後にとどまる。
背景には投資の目的が、WeChatに組み込んで経済圏そのものを大きくすること以外に、スタートアップの商品やサービスを理解し、新技術や新しい市場の洞察を得ることにあると言われる。その点で、IPOでキャピタルゲインを狙うベンチャーファンドとは立場を異にし、上場しても株式を保有し続けることが多い。
政治リスクは避けられず
2020年はゲームが絶好調で、主要な投資先である美団、拼多多もコロナ禍で業績を伸ばし、快手も上場するなど、両輪ならぬ三輪、四輪で業績を拡大したテンセントだが、同社やその子会社も2020年、2021年と独占禁止法で罰金刑を受けた。
アリババとジャック・マー氏の陰に隠れて目立たないが、中国当局はITプラットフォーマー全体に規制の網を掛けようとしており、テンセント陣営では出前アプリで1位の美団への締め付けが厳しくなると予想されている。また、アメリカから警戒されている状況も基本的には変わりない。
馬化騰CEOは全人代や決算の会見で、当局との協調姿勢を前面に出し、独禁法も遵守すると強調している。コロナ禍を追い風にし、スタートアップの目利きで高く評価されているとは言え、政治リスクだけは避けられない点は、アリババと同じでもある。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。