2021年、ベトナムで記録的なヒットを飛ばした楽曲の背景には、ある日本のアニメキャラがいた?
出典:TikTok
ベトナムの音楽チャートに、異変が起こった —— 。
2021年3月、ワーナーミュージックベトナムは、ベトナムのアーティストによる楽曲『2 phút hơn (Kaiz Remix)』がベトナムのアーティスト史上、Spotifyで最も再生された曲になった、と公式ツイッターで発表した。
この曲は元々、ベトナムのアーティストの「CM1X」さんと「Phao」さんが2020年2月に公開したオリジナル電子音楽だった。2021年1月にそのリミックス版が突如、Spotifyで世界チャートにランクインしたのだ。
この曲が世界でブームとなった理由として、ある日本のアニメキャラクターが関係している。いったい世界で何が起こっていたのだろうか。
なぜ?中国・日本・ベトナム“二次創作”動画が1億回再生
きっかけとなったのは2020年11月。ユーザーが自発的にアニメ映像を切り取り、編集した「二次創作」で、アニメのキャラクターがこの楽曲に合わせて踊る、通称「MAD動画」がYouTubeに公開されたことだ。
この動画は、公開から3カ月で再生回数1億回となっている。
動画: Light Night Music
動画の中でピンク色の髪を左右に揺らして踊るのは「ゼロツー」。日本のテレビアニメ『ダーリン・イン・ザ・フランキス』(ダリフラ)に登場するヒロインだ。
後述の通り、このクリップ自体はファンが描き、Redditに投稿したGifアニメを転載したもののようだ。茶色の髪色となり上下にジャンプしている別のバージョンも作成されている。
同じ動画内には、別の2人のアニメキャラも登場する。黒い衣装に身をまとい指揮棒でリズムを取っている「マリヤ」と、座りながら指を振り子のように揺らす赤い髪をした「ブロウ」。
彼女たちは中国のゲームデベロッパーPeroPeroGamesが開発したリズムアクションゲーム『Muse Dash』に登場するキャラクターだ。
これらのMAD動画はYouTubeでいずれも人気となり数百万回以上再生され、なかには1億回再生されている動画も見られる。
つまり、ベトナムの楽曲に日本のテレビアニメと中国のゲームのキャラクターの二次創作動画がつけられて拡散している……という、不思議な「多国籍」ヒットとなっているのだ。
TikTokでも大ヒットした「ゼロツーダンス」
なかでも、ゼロツーが動画内で踊るダンスは「ゼロツーダンス」と呼ばれ人気を集めている。
TikTokでもゼロツーダンス動画には700万もの「いいね」が集まり、7300万回以上再生されている。
TikTokに1人のユーザーが転載した動画をきっかけに、ゼロツーダンスはコスプレイヤーなどから広がり、怒涛の勢いで投稿が行われるようになる。
「ゼロツーダンス」に合わせて投稿を行う世界各国の人気TikTokユーザーたち。
出典:TikTok
全世界6000万フォロワーを擁するフィリピンの「Bella Poarch」さんなど、人気TikTokerも動画を投稿したことでブームはワールドワイドに押し広げられた。
TikTokでは、記事冒頭で紹介した『2 phút hơn (Kaiz Remix)』を音源にした380万件以上の動画が作られ、2020年11月から2カ月間、圧倒的なスピードで世界へ拡散された。
米ビルボードのアメリカ国外に特化したチャートの一つである「ワールド・デジタル・ソング・セールス・チャート」で第10位に入ると、Spotify・グローバル・バイラルチャート2021年1月14日付で全世界で9位を記録。ベトナムのアーティスト史上、Spotifyで最もストリーミングされた曲となった。
またゲーム情報メディア「Game*Spark」によると、「マリヤ」、「ブロウ」が登場するゲーム『Muse Dash』も大幅に販売数が増加したと報じられている。
『シン・エヴァ』スタッフ多数参加のアニメ『ダリフラ』
『ダーリン・イン・ザ・フランキス』は、エヴァンゲリオンの製作陣が多く参加したことで話題になった。
撮影:西崎圭一
さて、ベトナムの楽曲が世界中で爆発的に広まるきっかけとなった「ゼロツー」とは、そもそもどんなキャラクターなのか。先述の通り彼女は、2018年1月に放送されたSFアニメ「ダリフラ」に登場するヒロインだ。
ダリフラは、制作会社「TRIGGER」と「CloverWorks」(旧A-1 Pictures 高円寺スタジオ)の共同制作によるオリジナルテレビアニメーション。監督は公開中の映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』で総作画監督も務める錦織敦史氏だ。
他にも制作陣としてテレビアニメ・劇場版の『エヴァンゲリオン』シリーズ制作にも携わってきた今石洋之氏やコヤマシゲト氏などが参画。
2つの大手スタジオに加えて、庵野秀明氏が立ち上げた「株式会社カラー」がCGを担っており、当初から「エヴァスタッフが集結したアニメ」として話題となった。
人気はどうだったのだろうか。アニメの人気を測る売り上げ指標のひとつであるBlu-ray/DVDは全8巻が発売され、第1巻の初週売上は5900枚だったという。大ヒットとはいかないまでも、根強いファンを抱えたアニメといえる。
ダリフラが大きな反響を呼んだのは、むしろ海外からだ。
月間利用者数1800万人・世界230か国以上のユーザーが利用する世界最大級の日本アニメ・マンガのコミュニティ「MyAnimeList(MAL)」では、テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』が120万Members(※マイリストに追加したユーザー数)に対して、ダリフラも105万Members(3月28日現在)と、同規模で人気を集めている。
「自立した強い女性」像が令和の今にヒット?
ゼロツーの一人称は“ボク”。人ではなく「叫竜(きょりゅう)」と呼ばれる敵の血を引く少女だ。
撮影:西崎圭一
なぜ海外で突出し「ゼロツー」は人気を集めているのか?海外のアニメファンらの反応から、いくつかの理由が見えてくる。
まず、ゼロツーには頭に赤い二本角が生えている。無邪気かつ破天荒な性格で、主人公のヒロを「ダーリン」と呼ぶ。
この設定は『うる星やつら』のラムとも共通しており、実際に錦織監督はインタビューでキャラ作りの「足がかりにした」とコメントしている。
ダリフラの企画の指揮を担ったアニプレックス・鳥羽洋典プロデューサーは過去のインタビューで、制作時に大切にしたのがキャラクターデザインであったとも明かしている。実際に手がけたのは『君の名は。』のキャラクターデザインを手掛けた田中将賀氏だ。
ゼロツーは戦闘能力が他の誰より高く「自立した強い女性」だ。しかし、その強さゆえに周囲から距離を置かれたり、利用されるなど苦悩も味わってきた。
本作のオープニング主題歌を担当した中島美嘉さんは、楽曲とアニメ両方の世界観を表わすために「KISS OF DEATH(Produced by HYDE)」のミュージックビデオで、ゼロツーを彷彿とさせるビジュアルを披露。「強さの中にある儚さ、孤独」を表現しているという。
動画:中島美嘉 Official YouTube Channel
「自立した強い女性キャラ」は、アニメにおいては決してめずらしくはない。
しかしピンク髪にツノというコスプレしやすい見た目でありながら「可愛さ」ではなく「自立した強さ」を兼ね備えていること。『うる星やつら』にも通じる主人公とのラブコメ要素、陰のある裏設定……など、複数の要素が組み合わさってゼロツー人気は押し上げられているのではないだろうか。
こうした背景から、ゼロツーは放送時からネット上で話題を振りまいていた。
TikTokでは47億回再生、キム・カーダシアンもインスタ投稿
ゼロツーコスプレを投稿するコスプレイヤーたち。「#darlinthefranxx」134万件に対し、「#zerotwo」101万件と迫る勢いだ。
画像:インスタグラムより
ベトナムの楽曲をYouTube動画からチャート入りさせたことにとどまらず、ゼロツーは複雑なヒットの経緯を辿っている。
実は、そもそも「ゼロツーダンス」の起源すらベトナムや日本発祥ではない。
ネットミームの百科事典サイト「Know Your Meme」によれば、「ゼロツーダンス」の元素材となるGIF画像は、2019年に海外の掲示版サイト「Reddit(レディット)」のダリフラに関するスレッドに、あるユーザーが投稿したことがきっかけだ。このスレッドには12万人のメンバーがおり、いまも活発に投稿がされている。
放送と同時にインスタグラムでは自然発生的に世界各国の人気コスプレイヤーがゼロツーのコスプレ画像をこぞって投稿するようになり、写真共有サービス「Pinterest(ピンタレスト)」にもコスプレ画像は溢れかえっている。
テレビ番組『カーダシアン家のお騒がせセレブライフ』で知られるキム・カーダシアンさんは、2018年にヘアカラーをピンク色に染めた際にゼロツーにインスパイアされたとインスタグラムで明かした。
ピンク色の髪をしていながらも強さを感じさせるこのイラストは話題となり、ゼロツーの名は海外でも大きく報じられた。
TikTokでは関係するハッシュタグが付けられた動画は爆発的に再生されている。「#zerotwo」(ゼロツー)は再生回数47億、数字表記「#02」は37億、コスプレを披露する「#zerotwocosplay」で3億7000万と、「#darlinginthefranxx」の23億回を大きく上回った人気となっている。
ヒットコンテンツ「ポケットモンスター」の英語表記「#Pokemon」は92億回再生であることからも、驚異的な再生数であると言えるだろう。
こうしてゼロツーは、日本でも『ダリフラ』を見たことがなかったユーザーの前にも“逆輸入“のようにSNSを通じて姿を見せるようになった。
放送から3年、彼女はアニメという枠組みを飛び出して、いまも世界でムーブメントを起こす存在となっている。
「楽曲+アニメ」は現代の音楽ヒットのスタンダードか?
2021年に入ってからは「ゼロツーダンス」のように、楽曲にアニメ文化が加わり、バイラルヒットするケースが続いている。
2018年にアメリカのサウンドプロデューサー「Leat’eq」が制作した『Tokyo』。こちらは全編日本語歌詞で、日本のアニメを連想させるボイスで歌われている。
動画:MT Nightcore
この楽曲は、台湾のゲームキャラクターたちによるMAD動画がYouTubeに投稿されたことがヒットにつながった。キャラクターたちのダンスがTikTokで流行し、330万件の動画が作られた。2021年2月18日付のSpotifyグローバル・バイラルチャートでは第6位にランクインしている。
これも「日本語歌詞」に、台湾のアニメキャラクターの要素が加わり、TikTokで流行ったケースと言える。
また、TikTokでは「呪術廻戦」の人気キャラクターに成りきるコスプレ動画も人気だ。
出典:TikTok
主要な登場人物「五条悟」に成りきってセリフを真似した動画など、いずれも大きなトレンドとなっている。「#呪術廻戦」は32億回再生されており、世界中からコメントが寄せられている。
国を越えて、コンテンツに新しい世界観を与える存在となった日本の人気アニメキャラクターたち。
今後も、ひょんなことから世界で大きなムーブメントを巻き起こす日本のキャラクターは「ゼロツー」以外にも出てくるだろう。
(文・西崎圭一、編集・西山里緒)