2019年、起業家向けのコワーキングスペースを提供する米WeWork(ウィーワーク)は、新規株式公開の話から6週間で倒産寸前まで転落した。
それから1年半後、同社は再上場を果たすこととなった。3月26日に発表された今回の取引では、元NBAのスター選手、シャキール・オニールが顧問を務める特別買収目的会社(SPAC)と合併するという。
WeWorkとそのスポンサーらにとって、今回の上場は救済の物語だ。だが評論家らにとっては、SPAC市場が過熱していることを示す最新のエビデンスである。
しかし、資金調達の失敗が致命的となるシリコンバレーのスタートアップのエコシステムにとって、SPACブームがどのような意味を持つのかという根本的な疑問は、おそらくまだ十分に評価されていない。
SPACは、公開市場での資金調達に代わるルートを提示することで、優良な革新的企業が事業展開を遂げるためのライフラインを提供することになるが、問題のあるスタートアップにとっては、ある種の生命維持装置のような役割を果たすことになる可能性もある。
WeWorkのサンディープ・マトラニCEOは3月26日、2020年12月に複数のSPACからアプローチを受けたとCNBCに語った。「時には自分で道を選ばず、道の方が自分を選ぶことがあります」と同氏は言う。
WeWorkへの関心の高まりは、時間切れとなって投資家に資金を返さなければならなくなる前にターゲットを探したい435社のSPACが行う買収の行方に、買収マニアの関心が集まっていることの表れだ。
学者や規制当局などは、SPACのスポンサーはこのような競争の中で取引を行うために買収先の質を犠牲にする可能性があるのではないかと懸念している。
すでに米国証券取引委員会は、SPACを利用して上場を果たした医療保険のクローバーヘルス、電気トラックメーカーのローズタウン・モータース、電気自動車のニコラの少なくとも3社について調査している。
「セラノス(編注:アメリカの医療ベンチャー。一時期は企業価値90億ドルと評価されたが、ある調査報道がきっかけで同社の虚偽が暴かれ、2018年に解散)も設立があと数年遅ければSPAC経由で上場していたかもしれない」とTwitterで冗談を言う人もいる。
SPACでは、失敗からの教訓が得られない
シリコンバレーには、失敗を教訓にして革新的な製品を生み出した起業家の例が数多く伝わる。手のひらサイズ端末の「パームパイロット(Palm Pilot)」の考案者の1人、ジェフ・ホーキンスは、前の会社のグリッド・コンピューティングが精彩を欠いたため、別会社で先進的な手のひらサイズ端末の開発に乗り出した。TwitterもSlackも、創業者が失敗したスタートアップに関与した後に誕生した。
SPACが普及し、資金調達にコストがかからない現在の状況では、このような教訓が生かされない可能性もある。
複数のSPACを支援している投資銀行、B・ライリー・セキュリティーズのアンディ・ムーアCEOによると、SPACマニアと増え続ける民間市場からの資金投入を支えているのは、記録的な低金利の長期化だという。
「昨今のSPACの成長と台頭は、FRBのゼロ金利政策が明らかにした手段の1つにすぎない」とムーアは言う。「SPACがあってもなくても、資本調達にコストのかからない世界ではそうでない場合に比べて、スタートアップがはるかに長く存続できるだろう」
シリコンバレーを支えるベンチャーキャピタル(VC)は、失敗も想定している。大当たりする企業があれば、失敗を相殺してなおお釣りが来るからだ。
ソフトバンクの孫正義CEOは2020年、ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)が投資する100社のうち15社は成功しないだろうと述べている。その基準に照らせば、SVFのポートフォリオはコロナ禍にあってもかなり持ち堪えており、破産申請をした企業はわずか2社だった。その他の企業はSPACを通じて株式公開を果たしたり、公開を予定したりしている。
ハゲタカファンドとの競争
SPACの中には、ディストレスト・アセット(業績不振企業の銘柄)を狙う他の投資家と競って、命綱を必要とするような問題のある企業を物色しているところもある。これはつまり、公開市場に出てくる企業の中には、IPOロードショーを通過した企業とは異なるグレードのものもあることを意味する。
クレジット特化型のヘッジファンド、カスピアン・キャピタルを経営するアダム・コーエンは3月初旬にInsiderの取材に応じ、SPACマニアは泣きを見て終わるだろうと語った。同社は、過去半年間にSPACから公開されたディストレスト・アセット区分で少なくとも十数社を評価していたが、これらの企業は株式の投入によって負債を借り換えることができた。
「私たちは言うなれば謎に包まれたまま、怒りを抱え、嫉妬心さえ持った状態で投資しています」とコーエンは言う。
2億ドルのヘッジファンド、シュルツ・アセット・マネジメントは、こうしたディストレスト・ファンドに投資する機会を狙ってきた。同社のジョージ・シュルツCEOは2018年末にSPACを立ち上げ、2020年12月に大麻栽培会社、クレバー・リーブスを2億500万ドルの取引価格で取得した。
同氏は2021年3月上旬にInsiderに対し、SPACは同社がこれまで実行してきた投資戦略の延長線上にあると捉えていると語った。
「重なる部分はたくさんあります。私たちが日々着目している企業の中には、SPACのソリューションを利用できるようなところもたくさんあります」
大当たりを引く企業はごくわずか
学者たちは、SPACブームの進化の意味をまだそれほど理解していない。SPACがスタートアップの成長を促す燃料になることを示すエビデンスはいくつかある。しかし同時に、SPACのライフラインを得ても、業績不振の会社は業績が悪いままかもしれないというエビデンスもある。
イリノイ大学の教授1人とハーバード大学の教授2人の計3人が最近発表した論文によると、2003年から2020年にかけてIPOによって上場した企業と比較して、SPACと契約した企業は「リスクは高いが、成長率は同等またはそれ以上」だったことが分かったという。
SPACの対象企業は、株式公開時には規模が小さく、収益率も低かった。しかし数年後には、IPOルートをとった企業と同等以上の成長率を達成している。
しかし、SPACを介して公開市場に進出した後でも、どんなスタートアップでも失敗が続く可能性があることを示すパターンも現れている。サウスカロライナ大学の教授と、2人のフロリダ大学教授の計3人が2021年3月に発表した論文によると、SPACのライフサイクルが終了した時点で行われた取引は、プライベート・エクイティと同様、業績が低くなる傾向があるという。
SPACとの合併後、企業の業績が低迷したり、倒産したりした場合でも、シリコンバレーの失敗の方程式は依然として成り立つ。ただ結果が少し遅れてやってくるだけだ。そして、その責任を負うのはVCではなく、一般投資家である。
IPOのSPACインデックスを作成したジョセフ・シュスターによると、IPO実績に関する長期的な調査で、業績を低下させているのは小規模企業だったことが明らかになったという。まさにSPACを介してアメリカを襲ったようなものだ、とシュスターは述べ、こう続けた。
「大量の宝くじの中で、大当たりを引く幸運な企業はごくわずかでしょう」
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)