2020年2月に母校・国際基督教大学で学生が企画したトークセッションに招かれたときのことだ。
「見えないを見る〜衣・食・住・エネルギーから探る、これからの暮らし〜」というテーマで、民藝の立場から参加した古屋真弓(46)をはじめ、農業、自然エネルギー、哲学の分野の4人がセッションをする会だった。
資本主義経済のもと、企業が利益の最大化を目指して効率を推し進めた結果、CO2の排出量は増え、地球温暖化は深刻化している。
この地球規模の構造問題に個人としてどう向き合うのか、等身大で取り組むきっかけを議論したこの会で、自身の環境に関する問題意識と民藝の本質を結びつけて理解している学生たちがいることを知った。
ある学生はファッションへの関心からイギリスに留学し、巨大市場となったファストファッションの背景にある途上国の低賃金労働や大量廃棄など、環境への負荷の問題に目が向くようになった。環境に負荷をかけないエシカルな暮らしと自分の目指すファッションをどう結びつけられるかを考えたとき、その先に民藝があったと古屋に話した。
民藝のつくり手たちは、今も日本の各地域で手仕事によるものづくりをしている。陶芸、かご、漆器、織物、家具など、その土地で採取される材料をできるだけ使い、受け継がれてきた工法で、その土地の風土に合う使い方の模索を継承している。望めばつくり手に会うことができる。つくられてきた歴史を知ることもできる。
「若い人たちは民藝の受け止め方が柔らかく、しかも深いです。彼らは民藝の思想にぐっと入ってきます。彼らに出会えたことは、私にとっても希望です」
若者世代に渡される民藝のメッセージ
インタビューの冒頭で、民藝の根本にある思想は他者を認めることだと古屋は話した。そして、民藝は世界平和なのだと続けるにあたり、「こういうと笑われることがあるんですが……」と言う古屋にはためらいが感じられた。
だが、このインタビューが実現したのも、本欄を担当する28歳の編集者が、「アイヌの美しき手仕事」展に心を動かされ、この力強い企画を立てた学芸員に話を聞きたいと願ったのが発端だ。民藝のメッセージは若い世代に渡されている。
編集者はアイヌの伝統的な衣服「アットゥシ」を見て打たれた思いを古屋に次のように伝えた。
「アイヌの美しき手仕事」展示品の一つ、オヒョウ縞地切伏刺繍衣裳 (アットゥシ)。日本民藝館蔵
提供:日本民藝館
<森で採った木の皮を温泉につけてやわらかくしてから裂いて編んだ布を、狩猟に行く息子や夫が雨風を凌げるようにと願って着せる、その自然と暮らしの一体感が、衣服という『もの』を通して深く実感できた>
古屋が笑顔でうなずいた。
「そう言っていただいてうれしいです。詳しく解説文を添えなくても、『もの』を通して心が動き、幅ができるという体験をしてもらえるということの先に、異なる背景を持つ人たちへの受容につながっていく可能性があると、私も今回のアイヌの展覧会で確信を持つことができました」
根強いアイヌへの不理解、知るきっかけに
19世紀のアイヌ民族同化政策以来、現在でもアイヌ民族への差別は温存されている。国立大学が100年間にわたってアイヌの墓から研究目的で盗掘した2000体の遺骨は、今でもなお返還が終了していない。
REUTERS/Yuriko Nakao
日本政府がアイヌ民族を北海道の先住民族と認めたのは1996年。いまだにアイヌ民族への理解が社会で共有されているとは言いがたい。また、これまでにさまざまな研究者が集めたアイヌの手仕事の収集品には、政府の推し進める同化政策のもと経済的に厳しい状況にあったアイヌが、換金せざるを得ず、泣く泣く手放したという哀しみも隠されている。
「アイヌ語や伝統工芸などアイヌ文化の伝承の危機にある中、国立アイヌ民族博物館と国立民族強制公園、慰霊施設からなる民族共生象徴空間・ウポポイが2020年に北海道に開設されました。
アイヌへの関心が高まり、アイヌの人たちはやっとスタートラインに立った感じです。古くから鮭の刺し網漁をしていたアイヌの人たちが、先住権とサケ漁の権利を求めて裁判を起こしたのも、昨年のことです」
古屋自身、今回の企画を通して今後もアイヌと関わり続けていきたいと思わされたという。
少数民族やマイノリティ、環境問題を始め、現在進行形の社会課題に向き合うヒントが民藝にはある。アイヌの美しい仕事に「おもしろい」「かわいい」と直感する若い世代なら、民藝をきっかけに、暮らしや社会を問い直すいとぐちを見つけられそうだ。
「若い世代に希望を感じる」という古屋の言葉は力強かった。
(敬称略、完)
(第1回はこちら▼)
(文・三宅玲子、写真・伊藤圭、デザイン・星野美緒)
三宅玲子:熊本県生まれ。「人物と世の中」をテーマに取材。2009〜14年北京在住。ニュースにならない中国人のストーリーを集積するソーシャルブログ「BillionBeats」運営。