性被害に遭った多くの子どもたちは、自分が何をされたのかを言語化できない。「自分のせいかも」「怒られる」といった不安感から、大人に相談することもできず、トラウマを抱え込んでしまうのが現状だ。
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一般社団法人Sowledge(ソウレッジ)代表の鶴田七瀬氏は、こうした性被害から若年層を守るため、「性教育トイレットペーパー」をはじめとする、独自プロダクトの普及活動を行っている。
資金調達の場としたのは、社会問題と向き合う人のクラウドファンディングプラットフォームGoodMorning。今回は、日本の性教育と真摯に向き合う鶴田氏を招き、GoodMorning代表・MASHING UPコミッティメンバーの酒向萌実氏と対談を行った。
親友が共通の友人から性暴力に遭っていた
大学在学中に「Sowledge(ソウレッジ)」を立ち上げ、現在は大学を中退し、「性教育トイレットペーパー」などのプロジェクトに取り組む鶴田氏。
親友が共通の友人から長期的な性暴力にあっていたと打ち明けられたのがきっかけで、性教育の活動に携わるようになったと語る。
この頃、時を同じくして起こったのが、世界的な「#metoo」のムーブメントだ。この動きに触発された鶴田氏は、デンマーク、オランダ、フィンランド、イギリスなどをまわり、学校や性教育に関わる団体など50校以上を視察。
帰国後にSowledgeを設立し、2019年2月に最初のプロジェクトである「性教育トイレットペーパー」を開始した。
「トイレットペーパー」なら個室で読める
Sowledgeの性教育トイレットペーパー。
「性教育トイレットペーパー」は、「そろそろ子どもに性教育をしたいけれど、きっかけをつくるのが難しい」と悩む大人のために作られた教材だ。
親しみやすい言葉とイラストで、月経、射精、受精、妊娠といった身体の仕組みや、子どもたちが性暴力の被害者・加害者にならないための知識が印刷されている。プライベートゾーンや性的マイノリティー、性的同意についての話など、学校教育ではあまり触れられないテーマも多い。内容は小学生向けで、Sowledgeのサイトから購入できる。
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「性教育に関心をもった当初は、メディアを作ろうと思っていた。しかし、記事をいくつかアップした段階で違うと感じた」と鶴田氏。
メディアを読んでくれるのは「性教育に興味がある人」。すべての人が尊厳を大切にして生きられる社会を実現するためには、「性教育に関心はあるけれど、調べるほどではない」「まだ問題意識を持っていない」層にこそ、最低限の性教育を届ける必要がある。
とくに重要なのが、性犯罪の被害を防ぐ予防教育として、子どもたちへ早期に正しい知識を伝えることだ。小中学生は学校指導要領により、性行為そのものについては教えられないことになっている。
そのため、何が性的なことなのか分からないうちに性暴力を受け、分かってから深いショックを受ける事例が後を絶たないと、鶴田氏は語る。
「それで思いついたのが、トイレットペーパーを性教育の“絵本”にすること。これならメディアやインターネットを介さずに情報を届けられるし、トイレという“個室”にあるから、他人の目を気にせず読める」(鶴田氏)
「個室で読めるメディア」という着想は、鶴田氏がメディアを作ろうとしていたときに生まれた。多くの場合、ネットメディアが読まれるのは朝か夕方の電車内。そこで性教育についてのメディアを読むのは気恥ずかしいし、本を買ったり、図書館で借りたりするのもちょっと……という声をよく聞いていたという。
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ひとりになれるトイレであれば、そういった心理的なハードルはない。より多くの人に見てもらうために、個人の家庭だけでなく、小中学校や図書館、児童養護施設にも設置を呼びかけているという。
「設置先では、『自分がしてきたことで、いやな思いをした人がいたかもしれない』と気づきを話してくれた人がいたり、図書館で『このトイレットペーパーも借りていいの?』と子どもに聞かれたりと、うれしい反応があった」(鶴田氏)
学童保育で働く先生は、「アセクシャル(※)について書かれたトイレットペーパーを、小学生と一緒に設置したら、『こういう人けっこう多いのかもね』と言われて驚いた」と話してくれたという。大人が考える以上に、子どもたちには性をフラットに捉える力があるのだ。
※アセクシャル:他者に対して、性的欲求や恋愛感情がない、もしくは持ちにくいセクシュアリティ。
クラウドファンディングへの誤解
鶴田氏は、GoodMorningで過去3回のクラウドファンディングを行っている。2019年5月の初プロジェクト「つよく、やさしい自分に1cm近づく性教育トイレットペーパーを日本に広めたい!」では、461人から約216万円の支援を得た。
その後、コロナ禍の臨時休校で困っている親のために、子どもの居場所と食事を無料で提供するプロジェクトを他団体と共同して企画。
親しみやすいイラストと言葉で、若年層に向けて性知識を発信している。
2020年8月の「5歳からの性教育を全てのこどもに!」では、全国の子ども食堂・子ども宅食などを通じて、1000人以上の子どもたちに性教育トイレットペーパーと教え方のガイドブックを届けるプロジェクトを企画した。
このとき鶴田氏は大胆にも、10日間で500万円を集められなければ、1円も手元に残らない「All or nothing」方式を選択。見事に572人から554万円を超える支援を集めた。
Goodmorningサイトより(現在は終了)。
この事例は注目を集め、鶴田氏自身もクラウドファンディングのノウハウをテーマに、講演に呼ばれることが増えたという。講演だけではとても話しきれないと、準備段階のポイントをnoteの記事としてもまとめている。
「クラウドファンディングは“勝手にお金が集まる装置”ではありません。いいプロジェクトページを作ることも大切ですが、それを読む人をいかに増やすかが鍵。重要なのは伏線です。私はプロジェクトページも、正式な公開の前にみんなにシェアします。アドバイスを求めることで、ページを読んでくれる人が増えるからです」(鶴田氏)
中絶という選択ができるように
鶴田七瀬氏:一般社団法人Sowledge 代表。大学時代、 親友からの性被害の告白や#MeTooなどのムーブメントを通じて自分の性被害に気づき、性教育の活動を2016年に開始。先進国で性教育を学ぶための留学を経て、帰国後ソウレッジを立ち上げる。2019年2月にソウレッジの最初のプロジェクトである「性教育トイレットペーパー」を開始し、これまでに2度のクラウドファンディングを行う。
いま鶴田氏は、望まない妊娠をした未成年の女の子がこれ以上傷つけられることなく、安心して、無料で中絶という選択ができるように、新たな基金の設立を進めている。
「これまで“中絶基金”という仮称で進めてきましたが、昨年末に『トコトコ基金』という名前に決まりました。もっと女性が選択肢を増やして進んでいけるように。ゆっくりでもいいから、前を向いて歩いて行くイメージにしたかった」(鶴田氏)
「トコトコ基金」は、ただ中絶にかかる費用を配るための機関ではない。辛い選択をせざるを得ない背景には、性教育が足りないことによる知識不足に加えて、家庭に居場所がなく、自分の存在意義を確かめるために性行為をしてしまう、貧しさから売春や援助交際をしてしまう──といったさまざまな事情がある。それらを見過ごさずにケアするためには、多くの団体と連携していく必要があると、鶴田氏は話す。
「以前、基金の名前を考えているという鶴田さんのツイートを見たときに、中絶の文字の使用を控えるべき場面というのは、確かにあるだろうなと感じました。
『中絶』という言葉が書いてある書類が家に届くのは困るとか、『中絶基金』と大きく書いてあるサイトを人目のある場所で読めないとか……。そこまで想像できるのは、誰かのために考え続けてきた鶴田さんだからこそだと思った」(酒向氏)
「『中絶基金』というと、中絶を推奨していると誤解を受けることもある。教育やサポートをつなげていき、望まない妊娠・中絶をなくすことが最終目標ですが、なかなか伝わりません」(鶴田氏)
対談の終わりに、酒向氏は鶴田氏が目指す理想の社会のイメージを尋ねた。
「目指すのは、困ったときに、すぐに助けてと言える社会。そのために必要なのが、知識を届けること、助けを求めるつながりをつくること。身近な大人が、それを言える環境をつくることが大切」(鶴田氏)
「Sow」と「Knowledge」を合わせたSowledgeという名前には、「知識の種をまく」という意味が込められている。
Sowledgeが手がける性教育トイレットペーパーや、保護者や教員向けの「性の課題を学ぶボードゲーム」は、日常に性教育を取り入れるための第一歩。小さな種は必ず芽吹き、性暴力を許さない社会への道を照らしてくれるに違いない。
【鶴田七瀬氏のプロジェクト】
5歳からの性教育を全てのこどもに!(終了)
MASHING UPより転載(2021年02月09日公開)
(文・田邉愛理)
田邉愛理:ライター。学習院大学卒業後、センチュリーミュージアム学芸員、美術展音声ガイドの制作を経て独立。40代を迎えてヘルスケアとソーシャルグッドの重要性に目覚め、ライフスタイル、アート、SDGsの取り組みなど幅広いジャンルでインタビュー記事や書籍の紹介などを手がける。