3月23日、中国のLINE子会社からLINEのユーザー情報などにアクセスできる状態になっていた問題で、同社の出澤剛社長ら幹部陣は謝罪会見を開いた。
撮影:小林優多郎
メッセンジャーアプリ大手LINEの出澤剛社長が3月23日、ユーザーの個人情報管理の不手際を謝罪する記者会見を開いた。同月17日、「LINE、中国に情報漏れうる実態 識者『重大案件だ』」と題して朝日新聞がスクープしたことから、大きな話題となった。
LINEの出澤社長は会見で、「法的にどうこうではなく、ユーザーの感覚でおかしい、気持ち悪いと感じさせてしまう配慮が怠っていた」と問題を整理した上で、「多くのユーザーの皆さまからの信頼を裏切ることとなり、非常に重く受け止めている」と謝罪した。
今後のデータ取り扱いに関しては、中国企業への委託業務を終了し、韓国で保管・管理していたデータはすべて日本国内に移転させると発表している。
メディア側からは「明確な法令違反があったわけでもないなかで、このような対応に至った理由は」といった質問も出たが、「お客さまの信頼回復が何よりも大事と考えた」と答えるにとどめ、法令に関わる具体的説明はなかった。
「社会の論理」と「企業の論理」の決定的な違い
筆者は危機管理に関するコンサルティングを専門としている。
その視点から言えば、企業はこうした危機的な状況において、「社会の論理」で問題解決を図ることがきわめて重要になる。
しかし多くの企業はこの原則を理解していない。危機を脱出するために開いたはずの記者会見で「企業の論理」を優先することで、かえって状況を悪化させたりすることも多い。
また記憶に新しい東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長(当時)の会見では、「社会の論理」への理解が不足していたために、状況を悪化させたと言える。
つい数年前の2017〜18年、神戸製鋼所から始まり三菱マテリアル、東レ子会社にも及んだ一連の品質検査データ改ざん、SUBARU(スバル)や日産自動車、スズキの燃費・排ガス検査データ改ざん、KYBの免震・制振装置の検査データ改ざんなど、日本を代表する企業による品質不正が相次いだことを覚えておられるだろうか。
記者会見ではいずれの企業からも「法令基準には違反していない」「安全性の問題はない」などと「企業の論理」を優先する発言が聞かれた。
その点、LINEは「明確な法令違反がない」なかで謝罪し、大胆な改善策を即座に決定している。メディアが報じるまで「配慮を怠り」問題を放置してきたことは当然許されないが、「社会の論理」を優先することを忘れなかったという意味では、経営の危機管理が機能したと言えるだろう。
LINE社長の謝罪で見えてきた「本質的課題」
謝罪会見に臨んだLINEの出澤剛社長。
撮影:小林優多郎
今回の会見を経てLINEに対する社会の批判はひとまず収束し、問題は本質的な議論に移ってきていると筆者は感じている。
すでに「LINEだけの問題ではない」「新たなルールづくりが必要」という論調も出てきている。
では、本質的な議論とは何か。筆者が指摘しておきたいのは以下の3点だ。
第1に、中国の「国家情報法」(※)について、LINEの個人情報取り扱いが問題化するまで、多くの人がほとんど認識していなかったことだ。
※国家情報法……民間企業や国民に、国家の情報活動に協力することを義務づける法律。ただし、同法の見方は立場によってさまざま。例えば、通信機器大手ファーウェイは同社サイトで政府への情報提供の可能性を明確に否定している。
中国で国家情報法が施行された当時の報道も、日本では決して大きいものではなかった。
アメリカのトランプ前政権はファーウェイのような通信企業への警戒感を強め、その後排除に動いたが、それでも日本では海の向こうの出来事という雰囲気だった。
また日本では、2022年に施行される改正個人情報保護法により、個人情報の越境移転を行う場合、提供先に関する明確な情報を提供した上で本人の同意を得る必要があるとして、個人情報の外国への提供を厳格化している。
2017年6月27日に制定された中国「国家情報法」日本語訳の一部。「関係規定に 基づき、許可を得て、必要な証明文書を提示」すればいかなる情報にも場所にもアクセスできると読める。
出所:国立国会図書館調査及び立法考査局「中国の国家情報法」(2017年12月)
しかし、中国の国家情報法について正確に認識していなければ、知らずに同意してしまう人もいるかもしれない。
問題は中国に限ったものではない。世界にはほかにも中国と同じように国家への情報提供を義務づけている国があるかもしれないが、国民それぞれにそうした情報を収集せよというのはあまりに酷だ。
そう考えると、本人の同意を得られればいいという話ではなく、情報を移転する企業側にルールを課すのが、国民の個人情報を守る本質的な方法ということになるだろう。
法整備とデジタル庁新設に期待すること
本質的議論の第2は、IT産業のグローバル化に伴うレギュレーションの統一の必要性についてだ。
欧米諸国では、いわゆる「GAFA(Google・Apple・Facebook・Amazon)」のような巨大IT企業が引き起こしている多様な問題について厳しい激論が続いており、個人情報の活用ルールにとどまらず、独占禁止のあり方、ニュース転載の有償化など、さまざまなルールが生まれようとしている。
欧州連合(EU)は、これらの議論の成果をもとに「デジタルサービス法」「デジタル市場法」と呼ばれる2つの規制枠組みを法案化して2020年12月に発表。アメリカでも与党・民主党の主導でこうしたルールづくりが進んでいくとみられる。
日本も同様の法制度を早めに導入しないと、グローバル市場の変化に追いつかなくなる。
LINEの出澤社長は冒頭の記者会見で、「安心・安全な2つの国内化(=中国への業務委託終了と韓国から日本へのデータ移管)」を進めるとしつつも、「海外との協業は我々の強み。しっかりと手続きを踏んで、グローバル化を進める方針に変わりはない」と発言しているが、そうした企業にとってこそ、欧米のような法規制の整備が重要になってくる。
安易な国内化でお茶を濁すべき状況ではもはやない。
最後に、第3の本質的議論とは、新設予定の「デジタル庁」にグローバル戦略を求めていくことだ。
同庁創設のきっかけは、国民へのコロナ給付金の支払いが停滞し、その原因として行政のデジタル化の遅れがやり玉にあがったことだったが、デジタル庁をそういう後ろ向きな話の解決策で終わらせてはいけない。世界のIT市場で日本企業が競っていくための戦略を考える場とすべきだ。
法制面での各国との連携、技術面での他国企業との提携・協業の促進、日本の技術者の育成など、世界で勝負していくための戦略が必要であり、デジタル庁にはそうした戦略を議論できる人材が集まると聞いている。
LINEはヤフーと経営統合し、GAFAや中国勢に対抗していく「第三極」となることを宣言している。今回の謝罪会見で「社会の論理」を優先した精神を会社のすみずみまで浸透させ、問題をわい小化して「会社の論理」に閉じこもることなく、日本のIT企業が行政とともに本質的な議論を深めて産業競争力の強化につなげていくことを期待したい。
(文:土井正己)
土井正己(どい・まさみ):国際コンサルティング会社クレアブ代表取締役社長/山形大学客員教授。大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)卒業。2013年までトヨタ自動車で、主に広報、海外宣伝、海外事業体でのトップマネジメントなど経験。グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2014年より国際コンサルティング会社クレアブで、官公庁や企業のコンサルタント業務に従事。